第241話 最終決戦

―総理視点―


 宇垣を官邸に呼び出して、勝利宣言をする場を整えた。すでに、あいつの派閥には揺さぶりをかけている。もうじき、崩壊へと向かうだろう。そうすれば、念願だったはずの法案も否決に向かう。


 それを避けるためには、こちらへの全面降伏しかない。そうすれば、法案は通してやるが、今後は表舞台から遠ざかり、政治生命は事実上、絶たれるわけだが。


 才能豊かな人間の生殺与奪の権を握るのはこんなに楽しいのか。

 おぼえてはいけない権力の蜜の味だ。この国の最高権力者でしか味わえない最高の瞬間だ。


 テレビのニュースでは、あの崩落事故の被害者の告白を基にしたウェブサイトの小説が大きな話題を呼んでいると報じられている。これがあいつの切り札かもしれないな。だが、この程度の内容ならこちらの致命傷にはならない。なぜなら、決定的な証拠もない。そもそも、その小説がどんな内容かは読んでいないが、どうあっても証拠が外に出るわけがない。警察はこちらが掌握しているのだ。


 あの事件が再調査される流れとなっても、最終的にはうやむやになる。そして、私は権力の絶頂を守り切る。たとえ、この席を失ったとしても、権力の大部分は残る。あと10年は、私が決定権を握る。


「失礼します」

 入ってきた宇垣には疲れている様子が見えた。勝利に近づいている。


「謝る気にはなったかな」

 勝ち誇った様子で、残酷な事実を突きつける。このままであれば、やつはすべてを失う。仲間も復讐心もそして、夢だった法案も。そのうち、1つだけは残してやる。それが勝者の恩情だ。


「……」

宇垣は何も言えない様子だ。


「まあいい。だが、私に勝つことは不可能だ。党内の多数派工作では、こちらが圧倒的優勢であり、お前が警察を動かそうとしても、そちらも掌握している。国会議員は国会中は逮捕されない不逮捕特権もあるし、法務大臣に命令して、指揮権を発動させれば捜査そのものを中断できる。お前が勝つのは不可能だ。政治生命は失うが、ここで降伏するのが最善だぞ」

 顔をしかめている。これが弱者の顔だ。たとえ、どんなに優秀な人間であっても、私に仇を成せば、こうなる。


「総理の切り札は、古田という刑事ですか」

 ほう、そこには気づいていたのか。だが、気づいていたとしてもどうすることもできないだろう。


「古田? 誰だね。それは……」

 わざわざ、こちらの切り札を教えてやる道理もない。すでに、こいつの首根っこは抑えてある。親友の息子と実の娘がどこにいるのかも。あの二人をこちらが握ることができる立場にいると知っているなら、あいつは無条件降伏をのむことしかできないはずだ。


「そうですか」

 この敗者が絶望に染まる瞬間がたまらない。宇垣という優秀な人間ですら、私を超えることはできない。それが証明された瞬間だ。


「最後に聞くぞ。こちらの提案を受け入れて、全面降伏しろ」

 最後通告を突きつけた。あいつの手は震えている。これは敗北を受け入れる寸前の人間の挙動だ。


「……まさか、本当にそれで私に勝ったつもりですか」

 そうか、まだ最後の希望にすがるつもりか。


「ふん、現実逃避はよせ。お前の敗北は決まっている」

 その言葉を聞いて、渋い表情をしていた宇垣は、不敵にも笑った。

 そして、続ける。


「その反応を見て確信しました。私の勝ちです。もう時間でしょう」

 おもむろに立ち上がると宇垣はテレビのリモコンを手に取って、番組を変える。

 番組では大スクープが報じられていた。


「さあ、総理。政治を始めましょうか」

 目の前の男は、勝ち誇ったように笑った。

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