なぜ悪いことしないのか? ー社会的絆理論とは何か
はじめに
社会的絆理論(Social Bond Theory)は、アメリカの犯罪学者トラヴィス・ハーシ(Travis Hirschi)が1969年に提唱した犯罪原因論の一つです。
この理論は、なぜ人が犯罪を犯すのではなく、なぜ犯罪を犯さないのかを説明する点で特徴的です。犯罪を防ぐ要因として、個人と社会との間にある「社会的絆」の強さに焦点を当てます。
本記事では、社会的絆理論の基本的な概念、その応用と批判、さらには犯罪原因論との関連性について解説します。
犯罪原因論の概要
犯罪原因論は、なぜ人が犯罪行動を選択するのかを説明する学問分野です。主に以下の2つのアプローチが挙げられます。
1. 犯罪を「積極的に引き起こす要因」に注目する理論
例:分化的接触理論(Differential Association Theory)やアノミー理論(Anomie Theory)
これらの理論は、犯罪行動を選択する背景にある社会的、文化的、経済的な要因を探ります。
2. 犯罪を「抑止する要因」に注目する理論
例:社会的絆理論
ハーシの理論は、犯罪を抑止する要因として「社会とのつながり」を重視します。
社会的絆理論の基本概念
ハーシは、社会的絆を構成する4つの要素を提唱しました。これらの要素が強いほど、犯罪行動に対する抑止力が高まると考えられています。
1. 愛着(Attachment)
大切な人間関係のことです。
他者やコミュニティとの感情的なつながりを指します。
家族、友人、教師など、周囲の人々との関係が強い場合、その人々を失望させたくないという感情が犯罪を抑止します。
2. 投資(Commitment)
投資はこれまでの社会的活動の実績です。個人が社会における目標や価値に対してどれだけ投資しているかを示します。例えば、これまでちゃんと学校に通って卒業した(教育への投資)、また仕事で努力してキャリアを形成してきたなどが多いほど、犯罪行動によってそれらを失うリスクが抑止力として働きます。
「犯罪などに関わったらこれまでの努力が…」といったものです。
現代では「無敵の人」と呼ばれるような「失うものがない人」は、投資のない状態ともいえそうです。
3. 巻き込み(Involvement)
日々の生活に忙しくしていることです。
社会的に有益な活動に積極的に参加することを指します。部活動や地域のボランティア活動などに時間を費やすことで、犯罪行動を行う余裕が減少します。
時間的な余裕は、犯罪に関わるスキマともなります。
夏休み期間中の子どもたちが非行に関わらないか心配されることがあります。これは、学校生活に「巻き込まれて」いないためです。
4. 信念(Belief)
社会のルールや規範を尊重する気持ちを指します。法律やモラルを守ることが正しいという信念が強い人ほど、犯罪行動を避ける傾向があります。
社会的絆理論の応用
1. 青少年非行の防止
社会的絆理論は、特に青少年の非行行動を防ぐための政策やプログラムに応用されています。たとえば、家庭内での親子関係の強化や、学校での教育プログラムが犯罪抑止に寄与します。
2. 地域コミュニティの改善
地域活動への参加を促進することで、住民同士のつながりを強化し、地域全体で犯罪を防ぐ環境を作ることが可能です。
3. 刑事政策
更生プログラムでは、受刑者が社会とのつながりを再構築することが重視されています。具体的には、家族との再会や就労支援が挙げられます。
結論
社会的絆理論は、犯罪行動の抑止に焦点を当て、犯罪学においてユニークな視点を提供しています。ハーシの提唱した4つの要素(愛着、投資、巻き込み、信念)は、犯罪を防ぐだけでなく、個人が社会の一員として健全に成長するための重要な基盤となります。
しかし、この理論を活用する際には、構造的要因や個人の内的要因を補完的に考慮することが求められます。社会的絆を強化する政策やプログラムを通じて、より安全で調和の取れた社会を目指すことができるでしょう。


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