第234話 宇垣と総理の対立
―宇垣視点―
国会へと向かう車中で、できる限り身体を休めるために、目を閉じる。本来ならやらなければいけない仕事もあるが、無理だけは禁物だ。せめて、あの法案が成立するところを見るまでは、死ぬわけにはいかない。
でも、よかった。確証こそ得られなかったが、英治君に愛を任せることができた。これなら妻も安心できるだろう。あんなに優しい少年が、大切な娘の恋人になってくれたんだから。もし、そうなったらいいなと思っていた事が実現してしまった。
幸せな気分で、身体を休ませていると、スマホが鳴った。総理からだ。
「はい、宇垣です」
「ふ、やってくれたな、宇垣君」
彼は、してやったりのような笑みを浮かべているのがわかった。嫌な予感がする。
「どうしたんですか?」
「どうしたも、こうしたもない。県警に潜ませている私の協力者が教えてくれたよ。どうやら、キミは勝手に近藤と接触していた。私を裏切ろうとしていたのは、わかっている」
なるほど、こちらの動きに勘づいたか。
ついに、来る時が来たわけだ。
「否定しても、信じてはくれないのでしょう?」
こちらは、少しだけおどけるように言う。これには、長年の積もりに積もった軽蔑の意味を込めていた。
「ふざけるな‼」
それはこちらのセリフだ。
「ふざけてなどいませんが……」
「いいか、よく聞け。こちらのスキャンダルを握って、有利に立ったと思っているのだろうがな。そうはいかないぞ。きみが進めていた法案。私の派閥が全員、反対に回れば、潰すことだって可能だ。そうなれば、キミの政治的な生命も終わりとなる。さらに、そのスキャンダルを公表して、政権を吹き飛ばして、次の総理の椅子を目指しているのであれば、それこそ無駄だぞ。この最悪のスキャンダルによって、支持率は地に落ちて、引き継ぐ政権も短命に終わる。そうなれば、キミの夢であったこの法案成立は絶対に叶わない。大人しく、手を引け」
脅されている。こうなるリスクもあるからこそ、愛を自分のもとから遠ざけておいたんだ。よかった、その対策は無駄にはならなかった。
「なるほど……」
しかし、次の政権が欲しいからという理由で反乱を起こそうとしていると思われたことは、正直に言えば、失望を禁じ得ない。もう少し、できる人だと思っていたのに、まるで、権力の座を追われかけている独裁者のようだ。
「さあ、わかったなら、あきらめろ。今なら謝罪だけで許してやる」
こちらに頭を下げさせるつもりか。なるほど、顕示欲と猜疑心に凝り固まった人間の末期症状だ。
もういいだろう。
「……お話はそれだけですか?」
私は、黙殺と言う権力者が一番屈辱に感じる方法を選んだ。自分の指示を無視されることは、権力者のプライドをズタズタにする。
「それがどういう意味か、わかるのか」
「わからないとお思いですか?」
長い沈黙が続く。
そして、これからの動きは、お互いの政治家生命をかけた権力闘争となる。
私たちの夢を邪魔するものは誰であろうと許さない。そして、目の前の権力者は、妻の死と娘の心に永遠に消えない傷をつけた男だ。こいつだけは、許すことができない。
「キミには失望した」
「それはこちらのセリフです」
電話の向こう側で青筋を立てる彼の顔が思い浮かぶ。もう、あとには引くことはできない。こちらから、もう話すことはないと無言で電話を切った。
最後の戦いが始まった。
※
今日は南のおじさんが夕食に来ていた。
俺はおじさんの席に近づく。
「おお、どうしたんだい、英治君?」
俺は、静かに笑みを浮かべて言う。
「父さんと宇垣のおじさんのことを詳しく教えて欲しいんだ」
―――
(作者)
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