第233話 英治の決心
俺は、みんなと合流して、夕食を食べ始める。
今日は、デミグラスハンバーグとカニクリームコロッケだ。ランチの大人気メニューで、カニクリームは外がサクッと、中はふんわり。デミグラスはかなり煮込んであって、まろやかでコクがあるタイプ。生クリームも少し入っているので、クリーミーなコクがある。
「とても美味しかったです」
愛さんは満足そうに笑う。俺たちはレストランではなくて、家の台所の方で一緒に食事をしていた。そちらの方がゆっくりできるからだ。
「よかった」
俺が笑うと、彼女はうなずく。
食事が終わるまで、あえてさきほどまでの話はしなかった。隠すつもりはないけど、せめて美味しいご飯を一緒に食べたかったからだ。
「あのさ……」
俺が切り出そうとした時に……愛さんはそれを察して、先に言葉を紡ぐ。
「父と会ったんですね」
彼女は、少しだけ悲しい顔になっていた。
「知っていたの?」
「いえ、でも、お店で待っている時に、父の車が見えて、すぐにセンパイが帰ってきたからもしかしたらと思ったんです」
「そっか。急に帰りに呼び止められたんだよ。それで送ってもらった」
愛さんは優しくうなずいた。もしかしたら、怒っているかもしれないと思ったけど、それは杞憂だった。
「実はセンパイと初めて出会ったとき、『どうして、このタイミングで』って私が口に出したのおぼえていますか?」
胸がドキリとした。
「確かに言ってた」
あれは、自分が死のうとしていたタイミングで人が乱入してきたから、そのことを言っていたとばかり思っていた。でも……
「父からセンパイのことは少しだけ聞かされていました。私たち、面識はありませんでしたけど。親友の息子が、私の一学年上にいるって。写真を見せられたこともあったから……顔だけはうっすら覚えていて、すぐに父の関係者だとわかったんです」
少しずつつながっていくのが分かった。
「そうだったんだ」
「最初は父の命令を受けて、私を監視しているだけかと思いました。でも、すぐに違うとわかった。あんな演技、普通出来ないですよ。それに、センパイの話を聞いて、悪い噂の件も思い出しましたから。ただの偶然だとわかったんです」
教えてもらって、少しだけ不思議に思うことが出てきてしまった。
「でも、俺に対して敵意や警戒心を抱いたことはないって」
愛さんは自嘲気味に笑った。
「不思議ですよね。あの日の屋上で、センパイの顔を見たら、なぜか安心できたんです。父の関係者かもしれないって思ったのに、不思議に……でも、助けてもらった今ならわかります。私は、きっと誰かに手を差し伸べてもらいたかったんですよ。死にたくなかったんです」
その気持ちは痛々しいほどによくわかる。そして、俺は察した。
彼女があえて俺に伝えないようにしていたことを。いや、そうじゃないかもしれない。
まだ、本人も気づいていないのかもしれない。
きっと、愛さんは……
お父さんが自分のことを心配しているんじゃないかって少しだけ希望を持ったんじゃないか。あの出会いの中で……
答え合わせはできない。でも、そうだったら……このすれ違いは、悲しすぎる。
「父はなんて言っていましたか?」
多くのことを語るべきではないと思う。それは、他人から知らされるよりも本人同士で語るべきことだから……
「愛さんを心配していたよ」
意外なことだったのか、少しだけ驚いて、そして苦笑を浮かべる。
「センパイは優しいな」
どこまで伝わったのかわからない。でも、伝わって欲しい。
そして、俺は宣言した。
「まだ、書いていない物語があるんだ。できる限り早く完成させるから、出来上がったら一番に読んでもらえないかな?」
これで何かが変わるかはわからない。変わらないかもしれない。
でも、何かを変えるためには、この方法しか自分にはないのだと悟った。
※
―宇垣視点―
運転をしている秘書から確認される。
「よろしいのですか、お嬢様とはお会いにならなくて……」
そう言われて一瞬、心が傾きそうになるのを我慢する。
そして、続けた。
「構わない。愛については、一番信用できる男の子に任せている」
少しだけ目を閉じて、いくつもの思い出を重ねながら、複雑な感情にふたをする。明日からはついに決戦の幕開けだ。
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