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Conversation

「研究者がウクライナを語るなら、ガザもベネズエラも台湾も、同じくらいの時間と熱量を費やして語れ!」って騒ぐのって、ちょっと違うんじゃないの?と、個人的には思うんですよね。 「国際」政治学者にも、それぞれ専門とする領域があるわけで、東南アジア研究者が東南アジアを、ヨーロッパ研究者がヨーロッパを、南米研究者が南米を、注目される時もされない時も地道に毎日分析し続けることによって、突発事態にも対応できるし、専門やカバー領域が異なる研究者との対話が実り多いものになるわけで。 ウクライナだろうがガザだろうがベネズエラだろうが、何か起こった時には全てのことがらに対して詳細に専門的にコメントできる人がいたら、それはシンプルに尊敬に値すると思いますが、有事の時には各研究者がそれぞれ地道に積み上げてきた知見をみんなで惜しみなく出し合って、集合知を積み上げて解決方法を考える、というのが望ましいんじゃないかな、と思うんですよね。