カーを読んで、孫子を実践する
E・H・カーのような古典を読むことの意味は、いわば孫子の教えを、よりよく実践する、ということである。
「敵を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」
敵は何を考えているのか。己は何を考えているのか。より冷静に、より反省的に、人間を分析することは、次の戦略的一手を構想するためにも、絶対に必要だ。
カーの洞察を回避したい、という願望は、誰の心の中にも根深く存在する。われわれは正しく、プーチンは邪悪だ。だからわれわれが勝ち、悪は滅びる。それでいったい何が悪いというのか。そう考えてしまいたい、という強力な欲求が働く。
率直に言って、それで本当に何もかも上手くいくのであれば、まだましであろう。しかしもし期待を裏切る現実が生まれた場合に、ただ現実を否定し、他者を糾弾するだけに終始するとしたら、どうだろう。敵を知らず、己も知らないまま。失敗を繰り返していってしまうことは必至ではないだろうか。
成功をしたいのであれば、孫子の言葉を繰り返し自らに言い聞かせ、不断の努力をしていかなければならない。