「危機の35年」としての冷戦終焉後の時代

アメリカが中心となった「西側」の勝利として理解された冷戦の終焉は、「両大戦間期」と似ている。冷戦終焉後の時代は、自由民主主義の政治思想あるいは経済思想の普遍化を理想としたグローバル化を、アメリカが中心となった欧米諸国が主導して進めていく時代だった。

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グローバリストは、グローバル化を自分たちの価値観の押しつけとは考えず、普遍主義の運動だと考える。自分たちが普遍主義を推進しているのは、単に自分たちの価値観が普遍的だからである。そのためグローバリストたちは、自分たちの思想が普遍化していかない様子を見ると、苛立つ。そして、普遍主義に抵抗する者たちを、間違った勢力として、糾弾する。

これに対して、反グローバリストたちは、グローバル化を推進する者たちがグローバル化を推進しているのは、単に自己利益のためにすぎない、と考える。グローバル化主義者は、自己利益の推進を、説教じみた普遍主義のごまかしで正当化しようとするので、偽善者である。その証拠として、グローバル化推進者は、都合の良いときだけ普遍主義を唱えるが、都合が悪くなると黙りこくる「二重基準」主義者でもある。

E・H・カーが描き出した両大戦間期の対立の構図は、ぴったりそのまま冷戦終焉後の世界の対立構造にもあてはまる。「自由民主主義の勝利」と謳われた冷戦終焉は、欧米諸国が推進するグローバル化の流れを加速させた。欧米諸国主導で新しい規範も作られ、国際秩序を確立する努力は進展した。

だが、グローバル化から利益を得ることがなかった諸国の人々は、違う風に感じていた。欧米諸国の人々が普遍主義を理由にしたグローバル化を唱えるのは、それが自分たちの利益になるからである。利益にならなければ、唱えない。

ウクライナがNATO加入を目指すのは普遍主義だが、ロシアが影響圏を拡大させるのは反普遍主義である。ウクライナで発生した戦争犯罪は許さないが、ガザで続いている戦争犯罪には沈黙を貫く。カーが言うように、欧米諸国に反対していたり、懐疑的な態度を見せたりする諸国は、欧米諸国の理念の妥当性に反対しているのではない。それらの諸国は、ただ欧米諸国が、自らの「二重基準」を反省しようともしない「偽善者」である、と感じているので、距離を置くのである。

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