榊正宗と言うペンネームについて
こんにちは、榊正宗です。今日は、僕がなぜ「榊正宗」というペンネームを選んだのか、その背景にある思いを少しお話しさせてください。
さて、僕は、本名は「榊真史(まさふみ)」といいますが、ペンネームに「正」という字を使っているのには、ちょっとした理由があります。というのも、「真史」という名前が「まさし」と読み間違われることが多くて、クリエイターとして活動する上で、もっと覚えやすい名前にしたいなと思ったのがきっかけです。でも、ただ単に覚えやすさだけで文字を選んだわけじゃないんですよ。
「正」の字を選ぶときに、実はある人物に対する強い思いを込めました。
この「正」という字、実は田中正造という人物からいただいたものなんです。田中正造は、日本史の中でも「真の正しさ」を貫いた人として知られています。彼は、足尾銅山の鉱毒事件に一生をかけて立ち向かい、生活が困窮しても決してその道をあきらめませんでした。地元の人たちや自然を守るために、誰かに評価されることもなく、ただ自分の信念だけを頼りに戦い続けたんです。その姿勢に、僕は心の底から感銘を受けました。
田中正造には「路傍の石」や「財布の石」と呼ばれる有名なエピソードが残っています。あるとき、彼の財布の中に「石のかけら」が入っているのを見た人がいました。この石は、正造が「自分は路傍の石にすぎない」という気持ちを忘れずにいようとするために持ち歩いていたと言われています。道端の石は、誰かに踏まれても壊されても、そこにあり続けるもの。正造はその石を自分の在り方の象徴として大事にしていたんですね。
僕はこの話にすごく心を打たれました。田中正造のように、自分も派手な名声やお金を追いかけるのではなく、ただ「路傍の石」のように、静かに自分の道を歩んでいけたらと願っています。称賛されなくても、その場で信念を貫き続ける強さ。そんな彼の生き方に少しでも近づきたいと思い、「正」の字を自分のペンネームにいただいたんです。
これからも、田中正造のように、自分なりの「正しさ」を信じ、派手さよりも真っ直ぐな心を大切にして活動していきたいと思っています。
クラウドファンディングを多く行っていると、「お金に執着しているのでは?」とか、「集めた資金で贅沢してるんじゃないか?」と疑われることもあります。実際、5chなどでは「クラファンで集めたお金で豪遊している」なんて書かれていたりします。正直、そういった書き込みを目にすると悲しくなりますが、ここで断言させてください。クラファンで集めたお金を、自分のために使ったことは一度もありません。
例えば、東北ずん子のプロジェクトでも、実際ほとんど無償で関わってきました。デルタもんの開発に関しても、最低限の作業費だけを受け取り、AIの発展につながるような開発に役立てるよう、blendAIさんにお願いしています。僕自身が求めているのはお金や贅沢ではなく、クリエイティブなプロジェクトが広がっていくことや、新しい技術が成長していく未来なんです。
現在、僕は家賃3万5000円のアパートで暮らしていて、贅沢なんてまったくしていません。プロジェクトに賭ける気持ちが、僕にとっての大きな原動力であり、皆さんからいただいた支援はすべてその実現のために使わせてもらっています。
田中正造の時代、彼が戦っていたのは巨大な資本や権力という「見える敵」でしたよね。しかし、今の時代に立ちはだかる「悪」は、もっと見えづらくなっているんです。それが、暴走した「正義」つまり、キャンセルカルチャーなんですよ。今は正義の旗を掲げた途端に、いとも簡単に他人を叩いたり排除したりすることが正当化される。まるで正義の名を借りたテロリズムのような状況があるんです。
正義を語るとき、人はそれが「絶対に正しい」と信じてしまいやすくなるんですよね。そうなると、他人を傷つけたり、時には攻撃することすらためらわなくなる。でも、それって本当に正義なんでしょうか?そうじゃないと僕は思います。
だからこそ、今の時代こそ、田中正造の「路傍の石」という考え方が大事だと思うんです。自分はただの「道端の石」にすぎない、そういう謙虚な気持ちを持つこと。誰かを批判したり、自分が正しいと思うことを叫ぶ時ほど、「自分の正義がすべてじゃない」という気持ちを忘れない。田中正造は、どんなに正義を貫いても、最後まで自分を「路傍の石」として位置づけました。その姿勢が、僕たちにとっての本当の「正義」への道しるべになるんじゃないかと思うんです。
正義を掲げるなら、自分自身を常に問い、謙虚でいることが一番大事。田中正造のように、ただただ地に足をつけて、真実を追い求めながらも、冷静で慎ましい姿勢を持って行動していきたい。それが、僕が信じる「本当の正義」です。
そんな僕の歩みを、これからもどうか温かく見守っていただけたら嬉しいです。


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