佐上邦久(さがみくにひさ)
1960年大阪生まれ。近畿大学卒業。
「日本屈指の高級住宅街芦屋六麓荘のさらに、奥。限られた者にしか許されない絶景を臨むロケーションに、その人の自宅はある。しかも「たまたま隣が空いたので」購入した200坪と合せて1000坪を超える広さ。安藤忠雄、岸和郎、小林恒など著名な建築家が「ぜひ設計させてほしい」と何人も押し寄せたという。
芦屋市の納税額第1位の住人の邸宅、さぞ豪華絢爛なインテリアかと思いきや、拍子抜けするほどシンプルだ。全室南向きの日当たりよい間取り、リビングには、数匹の犬と猫が気持ちよさそうにくつろぐ」
「佐上氏は近畿大学卒業後、3年ほど商社に勤める。途中、遊園地の企画運営会社社長の息子から「一緒にベンチャーをやらないか」と誘われ転職。仕事は忙しく、28歳にして取締役企画開発室長の仕事を全て代行するほどの活躍だったが3年ほどで退社。
「もともと、会社に属するよりも、個人で自由にやりたい願望があったんです。大勢の部下を指揮する、というのは苦手で。辞めはしましたが、といって目標もなかった。29歳でプータローですよ(笑)」
自嘲気味に笑いながら、当時を振り返る。ほどなくタイで宝石を仕入れていた幼なじみの仕事を手伝い始めるのだが、ここから佐上氏の大躍進が始まる。宝石の中卸、そして通販へと事業を展開させるのだ。だが、その手法はユニークだった。
「通販システムを考え、商品発送の仕組みを考え、雑誌や新聞の広告を企画する。これらをすべて、既存の会社へアウトソーシングしました。人を雇って自分でやろうとは思わなかった」
結果、みごと成功し年収は数億円に達したという」
(GOETHE12月号 2009)
佐上邦久は「恋が実るペンダント」などとアクセサリー専門誌などで宣伝してペンダントやネックレスなどの装身具の通信販売業を営む有限会社エピックスの社長を務めていた。
平成10年6月26日、大阪国税局が、3年間に約2億円の所得を隠して法人税約7500万円を脱税したとして、同月25日にエピックス及び佐上邦久を法人税法違反の容疑で大阪地方検察庁に告発し、エピックスに対し、重加算税と合わせて約1億円を追徴課税した。
エピックスの所得隠しの手段は、装身具の原材料として安価なルビーを輸入していたが、架空の仕入先名を輸入申告書に記載するなどの手口で仕入価格を水増しして、平成9年1月までの3年間の法人所得が赤字であるかのように見せかけて申告したというもの。同社は同年6月に解散したが、新たに設立された別会社が営業を継続していた。
佐上邦久が代表取締役を務める有限会社アイエスシーは、平成8年11月18日に設立された会社で「国際超能力学会公認パワーストーン」の店舗名でインターネットを利用した装身具の通信販売業を営んでいた。
アイエスシーは、上記店舗の取扱商品の一つである「妖精の小箱」というペンダント(販売価格は一括払い2万9800円、分割払い3万3000円)につき、少なくとも平成24年2月24日まで「IS C 国際超能力学会が公認 」「1998年7月スイス・ジュネーブにおいて開かれた第34回IS C 国際超能力学会総会で発表された「妖精の小箱」に関する研究論文はそこに集まった世界中の科学者、霊能者たちの注目を集めました(中略)5000人に及ぶ被験者のほぼ全員が今も最高に幸せな人生を送っているのです。(中略)そのものすごい願望達成パワーを臨床実験により科学的に解明、証明したのです」「「妖精の小箱」にセットされている総計2カラット以上もの最高級天然ルビーはいずれもIS C 国際超能力学会の霊媒ルビー鉱山で産出された最高度のオーラを発生する超高級霊媒体石です。最高度のストーンパワーがあり現在ではほとんど入手不可能なものです」「今回は日本でのモニター臨床テストの無事終了に感謝しIS C 国際超能力学会特別会員の皆様のため限定500個の特別生産枠を設定し約10日でお手元に届けることができます。一流デパート、高級宝飾店とうの一般ルートであれば数倍をはるかに超える値が付くほどの高品質と、洗練されたデザインを誇る「妖精の小箱」は、信じられないほど魅力的な価格でご入手いただけます」という説明を掲載して販売していた。
平成25年当時、佐上邦久は、上記学会に出席したことも上記研究論文を読んだこともない、IS C 国際超能力学会は今はもうないと述べている。
佐上邦久は「宝石販売などを業とする有限会社アイエスシーの代表取締役として同社を経営している」とも主張しているが、アイエスシーは、遅くとも数年前から、リピートオーダーのみで媒体に出さない化粧品の通信販売や年に数個売れる程度の「妖精の小箱」のようなアクセサリーのリピートオーダーで多少の売上げがあるが、ほぼ休眠状態である。
富岡操財団は、亡富岡操が拠出した財産により昭和63年6月21日に神奈川県内に主たる事務所を置く財団法人として設立された。
佐上邦久及びその妻は平成17年6月5日、従前の理事3名の退任に伴い富岡操財団の理事に就任した。
佐上夫婦は、ほどなく財団の名称から「富岡操」の名を外すこと、富岡操財団が県から承認を受けて基本財産の取崩しにより建設を予定していた第2飼育場の場所を変更して計画を立て直すこと及び同財団が運営していた清川村の飼育場(シェルター)の閉鎖を決めた。
神奈川県の担当者は、佐上邦久が上記計画変更の手続につき相談した際、第2飼育場建設計画が白紙に戻るのは問題がある。富岡操財団は、従前から金銭にまつわるトラブルが多いと認識しているので、県としてはこれ以上信頼関係を続けるのは難しい旨指摘した。
従前から富岡操財団の評議員を務めていた者2名が、平成17年12月13日、神奈川県に、新たに兵庫県から加わった理事が勝手なことをしている、会長や他の理事において佐上夫婦が作成した資料の確認ができておらず、提出を求めても断られている旨相談した。
清川村の飼育場の閉鎖に関し、平成18年1月から2月にかけて、同施設で飼育されていた動物の譲渡が適切に行われていない。最近、同施設から急激に犬や猫がいなくなっているが、こんな短期間に里親が見つかるはずがなく、現理事に行き先を聞いても教えてもらえない。何頭かについては不審な死亡情報がある旨、神奈川県に情報提供や相談があった。
富岡操財団につき、平成18年2月28日に開催された理事会において、以前に佐上夫婦が提出していた解任要求に基づき、5名の評議員が解任された旨の議事録写しがある。佐上邦久は、上記評議員らは任期満了であったと記憶している旨を述べている。
富岡操財団は、その後、財団の名称を「どうぶつ基金」に変更し、平成22年2月に公益財団法人格を取得し、同年3月4日、主たる事務所を兵庫県芦屋市に移転した旨を登記し、公益財団法人どうぶつ基金となった。
以上は、ある民事事件において裁判所が確認した事実に取材したものです。
公益財団法人どうぶつ基金の推進する TNR 先行型地域猫活動には、様々な議論があるかと思いますが、まずは事実としてお読みいただければと思います。