誰かを責める前に読んで欲しい――今回の公演中止と、言いたくても言えない本当の理由
まずはじめに
今回のミュージカル『バーレスク』公演中止の発表を受けて、
僕自身も一ミュージカルファンとして、楽しみにしていただけに率直に残念な気持ちでいます。
ここ最近、タレントや俳優の不祥事が取り沙汰されることが増えたことで、
今回の件に対しても
・「何かあったのではないか」
・「言われていない理由があるのではないか」
と、余計に不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
特に 礼真琴 さんが
退団後初主演となる予定だったこともあり、
その舞台を心待ちにしていた方々にとっては、
単なる公演中止以上に、
気持ちの整理がつきにくい出来事だったと思います。
楽しみにしていたものが、突然なくなる。
しかも理由がはっきり語られない。
その状況で、怒りや戸惑い、やり場のない悲しみが生まれるのは、とても自然なことだと思います。
ただ今、SNSではその気持ちの行き場として、
「誰かがやらかしたのではないか」
「主演や主催に問題があったのではないか」
といった憶測が、
特定の個人や団体に向かってしまっているようにも見えます。
この流れを見て、
感情そのものではなく、この向かい先だけは一度立ち止まって考えたい
そう思い、この文章を書くことにしました。
いま実際に本国で起きていること
今回、多くの人が一番知りたいのは
「結局、本国で何があったの?」という点だと思います。
まず知っておいてほしいのは、
海外ミュージカルの公演中止は、
何か一つの事件や不祥事が起きたから即中止が決まる、
というものではないということです。
実際には、
制作・労務・契約・資金といった複数の要素が重なり、
海外展開を続ける前提条件そのものが崩れていく過程で
判断されることがほとんどです。
今回の Burlesque The Musical のロンドン公演については、いくつかの出来事が、すでに公に報じられています。
①英国労働組合が動いている
イギリスの舞台俳優・スタッフの労働組合である
Equity が、
本作のロンドン公演に関して公式に関与していること。
Equity は、労働時間や作業条件など、
舞台運営に直結する労務面の懸念が寄せられていることを認め、制作側と協議を行っているとしています。
②クリエイティブチームの大幅な入れ替え
West End 上演に至るまでの過程で、
クリエイティブチームの大幅な入れ替えが行われていたことも報じられています。
地方公演(マンチェスター、グラスゴー)で関わっていた
演出・振付・衣裳などの体制が変更され、
ロンドンでは新しいチームで公演が進められていました。
③それに伴う準備不足
公演準備の面でも、
・衣裳の用意が間に合わなかった
・プレビュー初日の上演時間が3時間を超えた
といった報告が複数の取材記事で伝えられています。
これは作品の評価とは別軸で、
現場運営が不安定な状態で走り出していた可能性を示すものです。
④本国制作側の巨額な借入
さらに、制作側が
数百万ポンド規模(数十億円規模)の借入を行っていたこと、つまり制作全体が
大きな財務リスクを抱えていたことも報じられています。
これは今後の公演継続や海外展開を判断するうえで、
到底無視できない、軽視できない要素です。
ここで強調しておきたいのは、
これらはすべて、
• 出演者の力量
• 作品の完成度
• 観客の反応
とは別次元の話だということです。
当事者が詳細を「言えない」本当の理由
僕はミュージカル俳優として舞台に立っていた時期があり、
また一時期、海外ミュージカルの買付や
ライセンス契約の仕組みにも触れていました。
その立場から言えるのは、
当事者であればあるほど、語れないことが増える
という現実です。
契約やライセンス、労務や法務の問題は、
• 契約上、口外できない
→秘密保持契約(NDA)を結んでいる事で、詳細を語る事が情報漏洩にあたること
• 説明することで、別の誰かを傷つけてしまう
→詳細を語れば語るほど本国で頑張っている人達や、すでに日本公演で出演が決まっていた人達にファンの感情が向いてしまうこと
• 将来の公演や関係性に影響が出てしまう
→日本はライセンスを借りるという弱い立場にあるからこそ、今後の関係性に影響が出てしまう
こうした理由から、
「分かっていても言えない」という選択を
迫られる場面が少なくありません。
特に日本の興行は、
信頼関係を前提に長期的に成り立っている世界です。
だからこそ、
主催や劇場から出てくる言葉がどうしても抽象的になってしまうのは、
無責任だからではなく、
守るべきものが多いがゆえの沈黙
である場合が往々にしてあり、
今回の梅芸さんのリリースもこのケースが考えられます。
最後に
今回の公演中止は、
誰か個人の失敗や不誠実さとして
語られるべき出来事ではないと、僕は思っています。
悲しみや怒りが生まれるのは当然です。
ただ、その気持ちが
誰か一人を疑う形に変わってしまう前に、
• 本国で起きている現実
• 海外ミュージカルが抱える事情
• 当事者が言えない理由
こうした背景がある、という可能性を
少しだけ頭の片隅に置いてもらえたらと思います。
悲しみが消えるわけではありません。
でも、
誰かを責めずに受け止められる形に変わる余地はある。
この文章が、
行き場のない気持ちを
ほんの少しだけ消化する助けになれば幸いです。


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