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性被害者に格差があるという視点

伊藤詩織さんが制作したドキュメンタリー映画が国際的なとても大きな賞にノミネートされた。
私はひとりのジャーナリストとしても性被害者としても、伊藤さんの性加害者に立ち向かう姿を応援してきた立場だ。

伊藤さんの作品について、現在、大きな反響があり、私の周囲のジャーナリストたちも様々な立場から発信している。あまりに多くの発信があるので、個々には触れないが、賛同の多くは、国家も絡んだ性加害の問題が世界中に広く知られることへの「公益性」を重視している。

ドキュメンタリー作品の映像使用問題が噴出した際にこれまでどう扱われてきたかの視点で、少し考えてみた。例えば、マイケル・ムーア作品には、著作権侵害その他諸々の問題と「公益性」についてのせめぎ合いがこれまでもあった。

米国におけるドキュメンタリーやその評価の界隈では、マイケル・ムーア的手法が「公益性」優先で評価を受けてきたが、欧米と日本の違いについては、かなり丁寧な議論が必要だろう。

伊藤さんによる使用映像をめぐって、日本では、批判の声も上がっている。

かつての伊藤さんを支えた弁護士たちが伊藤さんを提訴するに至った。
伊藤さんが勝訴した性被害裁判において、証拠としてのみ使用するはずの映像が無断で映画に用いられている問題について、「公益性」があったとしても、人権侵害について、もっと丁寧に扱うべきだという意見が、ジャーナリストや専門家から続いている。


私は、ジャーナリストとして、性被害者として、性被害者支援団体代表として、伊藤さんの映画により、今後、性被害者のための証言や証拠が減ってしまう可能性をとても危惧している。

性犯罪、性暴力裁判において、証拠は極めて重要であり、もっとも保全が難しい。
裁判の行方を左右する決め手となるのが物証だ。情報提供者との約束は、反故にされてはならないはずだ。

現在交わされている議論の中では、ドキュメンタリー制作について、裁判資料を許可なく使ったこと、使って欲しくないという人の存在を軽んじたことが、「公益性」から考えると、許されるのかという点が、最も重い論点となっている。

これは、ここ数年、性暴力問題で最も重要な「よきことの中で消される」問題と同じに見える。

伊藤さんの映画はとても重要な作品であるからこそ、
情報提供者や証拠について、細心の注意と話し合いが必要だったのではないか。

そして、最も私が重視しているのは、性被害者格差への配慮だ。

多くの方々が、裁判資料利用問題と「公益性」で語っている中、なかったことにされてきた性被害者たちのへの視点を忘れないでいて欲しい。

私はひとりの性被害者でもあり、性被害者支援側としては、弱者に寄り添いたい。

性被害者にとって、強い立場と弱い立場が存在するのは、
明らかだ。

強い立場であるからこそ、弱い立場の人たちへの配慮は、軽視されてはいけない。

表現者や取材する立場では、弱者への配慮は、必須だと私は考えている。

まさに、今回の伊藤さんに寄せられている批判で、この視点を持って欲しい。伊藤さんだけでなく、ジャーナリストにもメディアの人たちにも。

よきことの中でなかったことにされる痛みを配慮しない問題が性暴力の問題の軸であり、強い立場の性被害者が忘れてはいけないことだ。

弱い立場の性被害者への配慮という意味で、裁判資料映像無断使用についても、弁護士が指摘する後々の性犯罪、性暴力裁判への影響についても丁寧に考える必要があった。これは、性被害者の連帯や自身より弱い人たちへの配慮が十分ではなかった問題と関連している。


最後に二次加害の問題について。今回はドキュメンタリーにおける裁判資料の無断使用、他の性被害者映像の使用の問題である。
伊藤詩織さんに起きた性加害については、佃弁護士のインタビューにあるように、伊藤詩織さんがすでに勝訴している。

今回の問題に乗じて相次いでいるアンチフェミニストなどによる伊藤詩織さんへの性暴力についての二次加害に断固抗議する。

追記1 (2025年2月19日)

上記のnoteを書き終えた後の
2025年2月19日、伊藤詩織さんのドキュメンタリーが、問題部分を削除して再編集し、2月20日のFCCJ記者会見場で公開されることが決まった。
「よきことのなかでなかったことにされる問題」が解決することを願う。

追記2(2025年2月20日)

2025年2月20日10:30からのFCCJ記者会見をオンライン視聴した。

冒頭、FCCJから、午後の伊藤詩織さんの会見中止と編集版が上映されないことが発表された。

午前中の弁護士らによる記者会見では、たくさんの真実が明らかになったので、多くの方々に観てほしい。


日本でなぜ上映できないのかという問題について、伊藤詩織さんの海外での発信や映画関係者への説明が、真実を伝えていない問題、
伊藤詩織さんからの西廣弁護士への数々の名誉毀損と人権侵害の問題、角田弁護士の言葉、佃弁護士による詳細解説は、多くの人に知って頂きたい。単に修正版を出せば、解決する問題ではないことも。

ある外国人記者から、伊藤詩織さん監督作品は、他の多くの性被害者をエンパワメントするものになるのでは?というもの、ドキュメンタリー公開後に議論しては?という質問があった。

私も香港のFCCに参加した時に感じたのだが、 FCCに所属するジャーナリストの多くが特権階級だ。彼らは、性被害者格差に気づけないのだと、今回の会見でも感じた。
人権侵害、ことに
「よきことの中でなかったことにされる問題」を放置して、上映が強行されることは、いくら公益性があるからという大義名分があっても、
許されてはいけない。

弁護士らの主張の通り、
伊藤詩織さんの良心を信じたい。

会見詳細についての追記
(2025年2月21日)

2025年2月20日の記者会見では、とても重要な事実が語られたので、会見内容を文字変換します。

🔳アカデミー賞選考前の記者会見が急に延期された経緯

まず、佃克彦弁護士が、会見にあたってお知らせしたいとした前おきから。

映画受賞の選定日の前に設定されていた会見日が延期された経緯について。

(佃克彦弁護士の説明)

本題に入る前に一点お話をさせてください。本来今日のわれわれの記者会見は先週、2月12日火曜日に行われる予定で準備をしておりました。それに対し伊藤さん側から自分たちにも発言という説明をする機会をもらいたいと言う話がこちらFCCJ側にあったと私は聞いております。FCCJもうその映画をご覧になった方がいいと言うお話があったととのことで、結果的に今日午前中が私たちそして午後が伊藤側さんという予定で会見が開かれることになりました。我々は、せっかく準備したんですから2月12日に皆さんにお話を聞いていただきたかった、1週間以上伸びたということについては残念に思いました。

2月12日は我々だけが話す予定でおりましたんですけれども今日は伊藤さん側も会見してくれると言うことでそのことについてはむしろ我々は歓迎しました。


🔳ノーディベートを貫いた監督の問題と説明責任

それはなぜかというと私たちも伊藤さん側の説明を聞きたかったからですなかなか伊藤さん側と話し合いをする機会が得られなかった。昨年来ですね起きているこの状況について昨年7月こうなかなかコミュニケーションが取れない中で今日の午後の会見を我々は楽しみにしておりました。

結果として今日の午後会見がなされないということについてはまあちょっと残念に思います。

そういう意味で我々は伸びてしまったこと、それから今日伊藤さん側の説明を聞けないという意味で、二重の意味で残念ですけれども、気を取り直して行きたい。

🔳映画『ブラックボックスダイアリーズ』について、人権と倫理の観点から議論が必要

前置きが長くなってしまいました。まず私(佃弁護士)からなぜ本日の会見を開いたをご説明いたします。今日は、現在57の国と地域で展開されている伊藤詩織さん監督の映画『ブラックボックスダイアリーズ』について、人権と倫理の観点から必要な議論をしていただくために集まっていただきました。


🔳日本での上映に向けた作品の再編集だけを求めているものではない

私(佃弁護士)はこの映画については、昨年10月に霞が関の司法記者クラブで記者会見をして、人権上の問題そして倫理上の問題を指摘してそして必要な削除修正をしていただきたいとに訴えてきました。しかし今日の会見は決して日本での上映に向けた作品の再編集だけを求めているものではありません。

昨年2024年の1月以降この映画は世界各国で上映され数多くの映画賞を受賞してきました。この映画に対する海外での評価は、こんなに素晴らしい作品をなぜ日本ではそのまま上映できないという国内の声につながっています。

現在世界中で流通していて米国のアカデミー賞にノミネートされている『ブラックボックスダイアリーズ』、それが議論の対象です。その事を念頭においてこれからの話を聞いていただきたいと思います。

🔳3つの点についての指摘を無視し続けた監督

本日聞いていただきたいポイントは3点あります。1点目、ジャーナリストとして当然に守るべき取材源の秘匿及び公益通報してくれた人の保護これらが全く守られていない点です。

2点目、映画について人権に関わる問題を指摘された場合にドキュメンタリー作品の監督として説明をする責任そしてそれに対処する責任。

3点目、ドキュメンタリー作品を作るにあたって当然に果たされるべき手続き即ち関係者から許諾を得るなどの手続きそれがおろそかにされたことによる当事者の苦しみ。

以上3点ですねこの映画の問題点について私たちは2023年12月以降伊藤さんに対して何度も説明をし働きかけ対応をうながしてきました。しかし私たちがそのような働きかけをしても伊藤さんからは映画に対して特段の対応がなされないまま海外での上映が続けられました。このように上映が続けられたことによって伊藤さんに8年半にわたって寄り添って弁護活動をしてきた今ここに居る西廣弁護士それから事件当日の状況を伊藤さんに話してくれたタクシー運転手、さらに警察の捜査の秘密を伊藤さんに明かしてくれた捜査官A、こういう人たちの人権がないがしろにされました。


🔳軽視してはいけない四つ目の視点

他にも昨年10月に私たちが記者会見をして以降私たちのところには承諾なく自分の映像が使用されているという相談が何件か来ました。私たちのところに届いたその声については、私たちは特段具体的に声を上げませんでしたが、それは自分の名前を出してもらわなくていい、自分は表に出たくないそういう人たちだったからです。本日お手元にお配りの資料の中には、この問題にこの映画について問題点が四点あると言うことを指摘しておりますが、実は、今申し上げた通り、「声を上げられない声の問題点」そういうものも、実はあったと言うことが、私たちは知ったと言うことです。

🔳新たに重要な提起がなされた
監督の説明責任問題
日本語圏と英語圏とで異なるナラティブ

さて私たちは今日昨年10月の会見の時に提示しなかった新たな議論も提起します。それは伊藤さんが海外の57を超える配給会社や50を超える映画祭に対して正しい説明責任を果たしてきたのかという提起です。

ではまずフリーランスライター蓮実里菜さんに、バイリンガルの観点からご説明いただきます。蓮実さんは本日お配りしている資料⑤を執筆したかたです。

(バイリンガルライター蓮実里菜さんの説明)

よろしくお願いします先ほどエキスパートというご紹介をいただきましたが日米二言語話者の立場から本作品が日本および海外でどのように評価を受けてきたかについて分析をして来たという経緯のもとに本日ここに立つことにしたと言う経緯を補足させていただきます。

本作品がなぜ日本では上映の予定がないかについて「日本語圏と英語圏は異なるナラティブが存在する」ことについてお話をさせて頂きます。

なぜ日本では上映できないのか、伊藤さんは過去一年間にわたりこれまで多くの英語インタビューで質問をされています。その答えとして伊藤さんは日本には性暴力に関する議論の文化がないことや政治的にセンシティブな問題であることを理由として説明されていらっしゃいました。

例の一つがお手元の資料4のトップにありますイギリスの新聞ガーディアンの報道です。ガーディアン2024年10月に、映画の内容は法的に問題はないが配給会社や映画館は上映のリスクを恐れていて政治的にセンシティブな問題であるためだと伊藤さんは回答されています。

2つ目は同時期の米国の映画ビデオ上のインタビューです。彼女はそこで日本での上映の障壁は何ですかと聞かれ、日本人は何がダメかはっきり言わないから分からないけれど、海外での上映実績ができたら日本も受け入れる準備ができていると思ってくれると思うと、文化や先例の有無に対する国民性の問題であると答えています。

3点目の例は伊藤氏がアメリカでドキュメンタリー新人監督賞を受賞した際のインタビューで、日本公開の見通しについて進捗を聞かれた時で、努力を重ねているけれどもドアが開けられない、日本で問題とされている論点は防犯カメラを使うことに防犯カメラの映像を使うことによるプライバシーの侵害であるが、自分はホテルにお金を払って映像をもらっているので問題はないはずであると答え、日本ではこの問題について議論をすることがいかに難しいか毎日感じていると語りました。⚠️(←防犯カメラ映像を購入した事実はないと、佃弁護士らは説明しています)


しかしこの(伊藤さんの)説明は、何が国内で問題視されているかを正確に説明していません。日本国内で問われていたのは、主に関係者の同意許諾の問題であり、プライバシーという単語は記者会見で提起された点のごく一部です。そしてプライバシーという単語はジャーナリストとして取材対象者の情報源の秘匿義務を守れているかという側面においてあげられたもので、防犯カメラの中の映像のプライバシーはそもそも問題にはされていません。


また防犯カメラの映像についても日本語圏と英語圏では、情報のギャップが存在します。

伊藤さんは海外で、防犯カメラの映像をどうやって手に入れたのかについて、とても難しかったけれど何とかしてなんとか手に何とかしてそれを手に入れたのだと発言をしています。一方日本国内では、防犯カメラの映像に許諾がなかったことを認められています。こちらの件に関しては配布資料の記事内にてご確認いただけます。

私がこの言語の説明会のギャップに気がついたのは、もともとこの映画に興味を持っていて、偶然見かけた西廣弁護士の10月の記者会見に驚き、アメリカではそれがどのように論じられ受け止められているかを知るためにリサーチしたことが原因です。結果として10月の記者会見の詳細を英語で報じた英字主要紙はなかったため、会見での提起の詳細はその後数ヶ月国内に留まる情報となり、同じ作品に対して得られる日英の情報情報のギャップが非常に大きいことに気がつきました。


しかし数か月の報道のギャップを埋めるかのように今月に入って日本初の国際ニュースとして一本の英文記事が出ました。2月2月13日付の共同通信の英語記事です。その記事は先の記者会見に触れ西廣弁護士の主張として防犯カメラの映像に許諾が無い点に触れますが、伊藤さん側の主張として防犯カメラ映像は裁判資料の一部で閲覧制限がないものであると書いています。それは2024年の12月から伊藤さんが日本語圏で、許諾はないが、許諾がないかないからこそ努力を重ねてきたと認めてきた点そのものと矛盾する話なのではないでしょうか。私は防犯カメラの映像を伊藤さんが映画に活用したこと自体の是非を論じるつもりはありません。ただグローバルに流通している作品に対する監督の説明が言語によって違うかもしれないという点は一つ提起されるべき点であると考え、その観点から今日はお話させていただきました。

会見引用終わり。

蓮実里菜さんが、会見で話した内容をnoteに公表されました。

蓮実里菜さんnoteから関連記事を貼付する。


ここまで、バイリンガルライター蓮実さんのご意見を文字化した。蓮実さんの指摘、佃弁護士が示した「声を上げられない声の問題点」(性被害者格差問題)は、とても大切な視点だ。FCCJ会見アーカイブがあるので、多くの方に知って頂きたい。

会見についての追記3
(2025年2月23日)

🔳映画賞のエントリー資格を満たしていない可能性の指摘

(佃弁護士の説明)

現在この映画については、日本での公開を求める声が大きくなっています、しかし、この映画をノミネートしている米国アカデミー側は,この映画について十分な情報のもとに判断をしているのかと言う疑問を私たちは持っています。

アカデミー賞のウェブサイトによると、エントリーする作品に対しては、劇場公開のために必要な権利処理が完了していることを求めています。

東京新聞のウェブサイトの報道によりますと、伊藤さん側は、問題になっている映像の削除をするバージョンを作っている最中のようです。

このように削除していると言う事は、必要な権利処理が完了していることと言う米国アカデミー側の要求をこの作品は満たしてはいないのではないかという疑問を私たちは強く抱きます。

いずれにしてもこの映画の人権上倫理上の問題は、海外で上映される前にきちんと正されるべきであったと、私たちは考えます。

私たちは2023年12月以降、一貫してこの映画について人権上倫理上の問題を指摘してきました。
しかし、伊藤さんは、私たちの言い分に向き合ってくれませんでした。

🔳海外先行上映による規制事実化により、人権上倫理上の問題を封じようとするものではないかと弁護士らにはうつる

今まで伊藤さん側がやってきたことは、海外での上映を既成事実化して、私たちの人権上倫理上の問題を封じようとするものであると言うふうに私たちにはうつります。

繰り返しますが、日本上映版だけ再編集したということでは、問題を解決したことにはなりません。

私たちは、伊藤さんに対して、50をこえる映画祭に対して、また国際社会に対して、この映画の人権上右上の問題について、適切な形で評価されているのかを問いたいと思っています。

皆さんにおかれては、今日私たちが述べた問題についてしっかりと報じて、そして今後必要なディスカッションを始めていただきたいと言うふうに、私たちは切に望みます。

会見の引用終わり。

上記の問いに関して、弁護士団は、米国アカデミーなどにアクションを起こすのではなく、伊藤詩織監督が自主的に、この映画の人権上倫理上の問題を説明すべきであり、それを信じていると、佃弁護士は、記者の質問に答えた。

追記 記者会見詳細
(2025年2月25日)

🔳揺らいだ信頼

西廣陽子弁護士の主張をすべて丁寧に記載したメディアがなく、SNS上で会見をみていない人たちから心ない誤情報が流されるなどの問題が起きている。

ここに西廣陽子弁護士が会見で話した内容を全文文字起こしたので、多くの方に読んで頂きたい。

(西廣陽子弁護士の説明)

記者会見でのコメント
2025 年 2 月 20 日
弁護士 西廣 陽子

2018 年 4 月、ホテルの防犯カメラ映像について「裁判手続以外の場では一切使用せず、報 道やインターネット配信しません」と書かれた誓約書に伊藤さんはサインをしました。彼女 がこれを守ってくれると信じ、私も同じ書類にサインし、裁判所に提出しました。
2021 年 12 月、彼女に、この事件を映画にする場合、事前に見せてほしいと要望し、伊藤 さんから了承を得ました。伊藤さんの事件を受任してから既に 6 年経過し、信頼関係の下、 訴訟をしてきたつもりでいましたので、彼女を信じていました。
しかし、2023 年 12 月、インターネット上で映画がサンダンス映画祭に出品されることを 知りました。それまでに、伊藤さんから、映画が出来上がったという連絡も、事前に映画を 見てくださいという連絡も、ありませんでした。
同月 19 日、伊藤さんに会い、説明を求めました。この時、映画を通してではなく、弁護団 が映っている場面だけを見せてくれました。また、ホテルの防犯カメラ映像も使用していた ことを初めて知りました。弁護士は信用があるからこそ仕事ができています。信用を失い、 私が今後被害者救済をできなくなるのを避けるため、ホテルの承諾を得るように伝え、彼女 はすぐに動くと言って別れました。
翌年 1 月 10 日、映画の配給会社であるスターサンズの社長であり弁護士でもある四宮隆 史氏名義で「ご指摘の防犯カメラ映像を同映画において使用しない方向で対策を検討中で す」とのファックスが届きました。配給会社の社長であり弁護士でもある責任ある立場の人 からの通知でもあったので、そのようにされるものと信じていました。もちろん、伊藤さん からこれと異なる内容の連絡はありませんでした。
しかし、それから半年後の 2024 年 7 月 11 日、東大キャンパスで上映された映画には、ホ テルの防犯カメラ映像は使われたままでした。
さらに、映画では、伊藤さんが私と電話で話している映像が使用されており、私は、もう 数年前から伊藤さんと私との通話内容が無断で録音・録画がされていることをこの日に知 りました。
タクシー運転手の音声と映像、捜査官の音声と映像にショックを受け続けていた私が決定 打をくらった瞬間でした。「ズタズタな気分にされた」その瞬間でした。
試写会での上映を見終わると、暗闇でエンドロールが流れる中、この会場にこれ以上いる ことは耐えられなくなり、そそくさと会場を出ました。エレベーターが来るのを待っている と、伊藤さんが通りかかり、「先生、また相談させてください」と言ってハグをされました。 私はなされるがまま彼女にハグされ、エレベーターが来ると適当に言葉を交わしてその場 を去りました。

私には、彼女のハグを拒否する気力すらありませんでした。
「今後も真摯に協議していく所存です」、昨年 10 月、私たちの司法記者クラブでの会見に 際しての彼女の言葉です。しかし、その後に届いたのは、私を非難する通知でした。問題点 を指摘してきた映画は、海外では上映され続けていました。インターネットでも配信され、 お金を払えば、世界中至る所でも映画を見ることができる状態になっています。
幾度も約束は守られませんでした。そして、私は、彼女側から「底知れぬ悪意を感じます」 とも非難されています。
こんな将来が来ることなど予想すらせず、私は 8 年半もの時間とエネルギーを、彼女を守 るために必死に費やしてきました。
なんて、みじめなんでしょう。
そして、そう感じる以上に、8 年半もの長期にわたり一緒に戦い信じていた人の問題点を 指摘しなければいけないこの辛さに、私自身が押しつぶされそうです。
彼女は、2020 年、米 TIME 誌の「世界で最も影響力のある 100 人」に選ばれました。
ジャーナリストとしてペンもカメラも持ち合わせて、言いたいことを言い、映したい世界 を表現できます。そんな力のある彼女に勇気づけられ、パワーをもらった人は数多くいます。
彼女は影響力をもった素晴らしい存在なのです。
だからこそ、定められたルールを守り、モラルを守るべきです。
彼女が、様々なことに立ち向かってきたこと、真実を勝ち取ったこと、誹謗中傷にあいな がらもこれが繰り返されないように訴訟を続けてきたこと、彼女がひるむことなく勇敢に 立ち向かってきたことは事実であり、その行動が多くの人を勇気づけてきたことは、間違い なく真実です。
そのことを映画にしたければ、相手の同意を取り付けることを精力的にすべきです。約束 を守り、誰かを傷つけない方法ですることもできたはずです。
ホテルの映像は、裁判で閲覧制限がかかっていないから公のものだとか、自分がホテルに お金を払って提供されたものだとか、そんな理屈は、動画を使用することを正当化する理由 にはなりません。なぜなら、日本では裁判の証拠を裁判所で自由にコピーすることは認めら れていません。また、彼女は防犯カメラ映像にモザイクをかけるためにお金を払いましたが、 ホテルから映像を放映する権利を購入したわけではないからです。何より、ホテルには、「一 切使用しない」という誓約をしているのです。
また、私の無断録音録画も使わないでください。私は通話を録音録画されることに承知し ていません。また、映画での使われ方は事実に反する印象を与えると感じます。それは私が

してきた訴訟活動とは異なります。なにより、「依頼者の意向を大切にする」という私が大 事にしてきたプロセスを捻じ曲げるような切り取られ方には、憤りすら覚えます。
彼女は、2024 年 7 月末の協議の場で、問題点を指摘する私たち元弁護団に対して、「私が 責任をとります」と言いました。
参加してきた世界の映画祭や配給会社にも説明することを切に願います。
説明責任を果たすこと、そしてルールやモラルに反していればそれを改め守ること、勇気 のいることかもしれませんが、それが、「責任をとる」ということだと、私は思います。
以上

会見引用終わり。

続いて、角田弁護士の言葉を紹介する。

角田由紀子弁護士の話には、慣用句が含まれており、会見現場で、海外の記者に真意が伝わりにくかったようだったが、性被害者を守る立場の角田弁護士の信念が現れた言葉だ。


(角田由紀子弁護士の説明)

🔳伊藤詩織さんのドキュメント映画をめぐって
2025年2月20日
弁護士 角田由紀子

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角田由紀子弁護士の言葉

引用おわり。

《伊藤さんの映画制作の目的がどんな崇高なものであったとしても自分が約束を破り、そこからくる不利益を弁護団を代表して誓約書にサインした西廣弁護士の責任にしてしまうことは、社会人としては、断じて許されません。伊藤さんの映画制作が性犯罪被害者を元気づけるため、性犯罪を撲滅させるためという目的があったとしても、取るべき手続きを取らず、他人の利益を侵害することがゆるされるなどということは、あってはなりません。しかも、作られた映画は商品です。他人を踏み躙って、商品を作ることは、許されないはずです。》

「他人を踏み躙って、商品を作ることは、許されない」

私は、この言葉をAV問題の際に角田弁護士が繰り返し用いたことを覚えている。

他人の尊厳を踏み躙り商品化することをいつも角田弁護士は、憤りを持って問題視し続けてきた人権弁護士だ。

「他人を踏み躙って商品化する」ことを角田弁護士が強く批判した理由は、AVに反対してきたフェミニストなら、容易に理解できるはずだ。
これを理解できない人たちは、wokeでSWIWに親和的な思考ではないか。
角田弁護士はAV批判でこの文言を用いて来たことを知っているラディカルフェミニストは多い。


ようやく英字メディアがこの問題を報じ始めた。

会見現場でも通訳が難しかった角田由紀子弁護士が用いた慣用句「恩を仇で返す」を英語に訳すと、
「to repay someone's kindness with ingratitude」
もしくは、
「to return a favor with ungratefulness」
となるだろうか。

角田由紀子弁護士が用いた慣用句「恩を仇で返すな」の通訳が会見で適切な英語表現がすぐ出てこなかった。文化的背景から通訳しにくいことに加え、日本の性暴力民事訴訟で性被害者側が勝訴するのが尋常ではない困難があることや勝訴に導いた弁護士の尽力を外国人記者らに伝えるのは、難しいと感じた。

FCCJ記者会見で司会を担当していたフランス人ジャーナリスト西村カリン記者がインタビューで、今回の問題の責任を監督だけに問うのは違うと指摘した。


作家の深沢潮さんは、性被害者が自らの被害についての作品を世に出す際には、周囲の丁寧なサポートが必要であること、制作会社の責任、当事者消費の問題をXで指摘した。


作家の深沢潮さんのコメント

PTSDの病識がほとんどないのに、PTSDを抱える人のつくるものを安易に世に出してしまった会社はあまりにも無責任だと思う。作り手を守る気がないとしか考えられない。

私自身、PTSDを抱えていた時は、解離症状があり、約束を守れない、連絡を取るということもできない、判断力がなくなる、支離滅裂になるなどした。
PTSDのある人はこうしたトラブルなどが起こりうる可能性があることを理解した上で、それでも作品を出す覚悟はあったのか。
もっとちゃんと、細かくサポートするべきだったし、
今も前に出てこない、会社側のその態度が信じられない。

騒ぎになり、けっして健康ではない人を
みなが消費している。

PTSDがあるからと言ってミスや間違いが免責されるわけではない。表現者の私も、批判は妥当だと思う。

しかし、作品は1人で作ったわけではない。

商業出版ならば、著書のみならず、編集者、校閲、ときに会社の役職クラスの人が目を通す。

なのに、このたびの件はなぜ、監督ひとりのせいになっているのか。映画はまた違うシステムなのか。

すべてを作り手の責任にして、出てこない会社は、性被害者を利用し消費している。美味しいところ、いいとこどりをしたと思われても仕方ないのではないか。

もちろん商業映画なのだから世の人々に消費されるのは当たり前だが、最新の注意を払い、権利関係や許諾に気をつけ、批判が出ないようにするのは、制作会社やプロデューサーの務めではないか。
ましてや危うい疾患のある人がセルフドキュメンタリーとして描いたものを世に出すのだから。
任せっきりなどあり得ない。

PTSDを軽く考えすぎている。

私も性被害者として、西村カリン記者と深沢潮さんの視点の通り、伊藤詩織さんとのかかわりかたを周囲が誤っているように感じた。

プロデューサーや制作会社がなんら釈明もせず、会見にも出て来ないまま、性被害者である監督を矢面に立たせることは、作品や映画祭出品規定違反の指摘を「性暴力二次加害」「victim blaming」として回避していると見られてしまう可能性が大きく、実際に、ジャーナリストとしての取材元の秘匿が守られていない問題や作品自体の問題や手続きの不備を指摘する声に対し、「性被害者である監督をいじめるな」という、一般の人たちの感情を煽る結果となっている。

こういった事態を引き起こした制作会社は、性被害者とのかかわりかたとして、大変に不適切であり、当事者消費を助長している。制作会社の今回の手法こそが、性暴力二次加害だ。

ジャンヌダルク的な女性を消費し、都合が悪くなれば、責任を負わせるという流れはこれまでにも日本では様々な場面で多くあった。プロデュースのやり方として、女性蔑視を感じる。

会見最後のあたりで、東京新聞の望月衣塑子記者が、
プロデューサーや神原元弁護士は伊藤詩織さんに代わり、記者会見すべきだと声を上げていた。

望月記者の指摘通り、FCCJの会見場にまでプロデューサーは、わざわざ来ていていたのだとしたら、伊藤詩織さんが体調不良であったのだから、プロデューサーが会見すべきだった。

佃克彦弁護士は、望月記者の質問への回答のなかで、伊藤詩織さんが望月記者を提訴している代理人である弁護士ではなく、作品自体についての弁護士(制作会社代表)とのやり取りが必要であると話した。

佃克彦弁護士らの会見は、とても重要なことが盛り込まれており、この映画について考えるとき、確実に記者会見を全編みる必要がある。


追記2025年2月25日

アカデミー賞ノミネート作品について、制作関係者のインタビューが公開された。
佃克彦弁護らの会見の後で開催されたものだ。
伊藤詩織さんはビデオメッセージ、プロデューサーの一人であるスウェーデン人ジャーナリストがインタビューにこたえている。

プロデューサーの1人、
Hanna Aqvilinさんのインタビューから、明らかPTSDの解離に苦しむ状態で映画が制作されていて、そのサポートがなされないまま、作品が世界に公開されていることの問題意識がないことがわかる。

また、日本での会見の後なのに、なんら問題に触れないのは、無責任ではないか。

性被害者サバイバーの映画を制作するにあたり、サバイバーを守る体制が著しく欠如しており、伊藤詩織さんの周囲が、トラウマ、PTSDの知識が不足したまま、無意識に、彼女を当事者消費しているように見えた。


この映画について考え始めてから、気付いたことがある。
性被害者が自らの被害をなんらかのかたちで表現する際、
トラウマインフォームドな支援体制が必須だということだ。

周囲の万全のサポートだけでなく、サバイバー自身が、
自身はトラウマ・PTSDの渦中にあるのだと知るための心理教育が必要だ。

病識がないまま、周囲に搾取されたり、当事者消費されたりしないために。

追記2025年2月26日

北原みのりさんのコラムから会見場での雰囲気が伝わる。

《反権力という大義名分の前に個人の同意や許諾などたいしたことない》という人たちは、伊藤詩織さんを反権力アイコン化し当事者消費しているように見える。
「よきことの中で蓋をする」問題を感じる。
反権力のアイコン化は、結果的には、伊藤詩織さんのためにはならないだろう。しかし、反権力こそがすべてと考えている人たちは、それに気づけない。


東京新聞デジタルの記事は、無料登録で限られた本数読めるので、ぜひ、読んで欲しい。
伊藤詩織さんが望月衣塑子記者を提訴した件に関わる、性被害に遭ったジャーナリストなどの女性ら声が掲載されている。

記事内に、伊藤詩織さんは、事件により、組織ジャーナリストとしての教育を受ける機会を失った点が指摘されていた。しかし、プロデューサーや制作会社には、組織ジャーナリストとして訓練を受けたプロもいたはずであり、伊藤さんの周囲の責任は重いのではないか。ジャーナリストでもあるサバイバーの自伝映画制作において、ジャーナリストの基本が守られていないこと、サバイバーを守るトラウマインフォームドな環境も整備されていなかった。問題を未然に防ぐための準備が足りなかったことは、今後のジャーナリスト教育において、丁寧に検証して反省を活かしていく必要がある。

性暴力に関する報道、ドキュメンタリーを制作する際には、性被害者間には、格差が起きてしまう現実を知っていただきたい。

より弱い性被害者の存在を、
声を上げることさえ困難な状況にいる人たちの存在を、
忘れないで欲しい。
Victim/Survivor Focusで考えることが必要だ。

追記 2025年3月9日
産経新聞のインタビューに答えました。


弁護士による丁寧な説明記事
を読んで頂きたい。
被害を軽視してはいけないこと、大義のために被害を無視することが、あってはならない。


伊藤詩織監督にかかわりがあったジャーナリスト、ライター、研究者たちが問題について話した記事


アカデミー賞の結果が出る直前、XなどのSNS上では、映画について、批判的な立場をとるジャーナリストや弁護士らへの理不尽な悪魔化ともとれる攻撃が、監督擁護派からあったのは、後々検証されなければならないだろう。

追記2025年3月20日 

2025年3月18日、伊藤監督側から望月記者への提訴を取り下げ、元弁護士らへの紛議調停も取り下げられた。
《伊藤詩織氏が自身の監督映画「ブラック・ボックス・ダイアリーズ」を巡って東京新聞の望月衣塑子記者の記事で名誉毀損されたとして望月氏を提訴した問題で、伊藤氏の弁護団が18日、訴訟を取り下げると表明、紛議調停も取り下げ。》

《望月記者「記事に誤りはなく、記者個人を狙い撃ちにした言論抑圧の悪しき先例を作らないためにも賢明な判断だった。(映画の)制作会社同席での会見を開くべき。修正を約束した後も修正未了の作品の海外での上映を続けている。速やかに修正を」と問題視した》

上記の動きを受け、佃弁護士らがコメントを発表した。

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佃弁護士らのコメント(掲載許可を得ました。)


週刊金曜日が2025年3月21日発売号で、
伊藤詩織監督インタビュー、
想田和弘監督の論考を掲載した。


追記2025年3月30日

伊藤監督が考えなければならないことは、性被害者として勝訴した裁判で、伊藤詩織さん陣営のブレーンだった弁護士らが、伊藤詩織さんのための証言が不当に使用された問題について、伊藤詩織さんの問題を社会に訴えなければならなかった重みだ。そして、伊藤監督に善意で協力した性被害者を含む女性たちのうち、公開を打診もされず、公開を希望しておらず、削除要求後の削除編集の実施もないまま、世界中で公開、販売されている問題は、いまだに解決していない。

追記2025年4月4日

想田和弘監督の寄稿、
この問題に関心のある方々は読む必要がある論考です。オンライで読めるようになりました。ジャーナリズム、ドキュメンタリーに関わる人には絶対に必要なことが書かれています。歴史的に刻まれるべき論考です。


追記2025年4月17日

蓮実里菜さん、ヤンヨンヒ監督、西山ももこさんの対談。
今必要な議論が記事になっています。
多くの人に読んで頂きたいです。

前編

後編


追記 2025年6月5日


伊藤詩織監督のBBDがまたひとつ新しい海外の賞を受賞しました。

佃弁護士にこの件について質問した回答は、以下の通り。

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佃克彦弁護士の回答 2025年6月5日

性被害者やその他の方々への許諾の問題が解決しないまま、海外で受賞や販売が続くということは、被害者の人権が踏み躙られ続けているということです。

監督の栄誉のために、ほかの人たちへの人権侵害が放置されている状態です。

監督は、誹謗中傷される日本には帰らないと報道でのインタビューで回答しているが、性被害者であることを盾に監督としての説明責任を回避するのは、他の多くの性被害者への甚大な性暴力二次加害にあたります。

手放しで監督を賞賛する人たちは許諾なく使用された弱い立場の性被害者を踏み躙り、目立つアイコンだけに共鳴するメサイアコンプレックスでは?そういった人たちは、なぜ当事者消費に気づかないのでしょうか。


画像
都内


追記 2025年10月26日

https://b1d31439-1394-4a7e-96ea-9452286e8747.usrfiles.com/ugd/b1d314_35124a2c76b8480eb0d94ae5cc4f0daa.pdf%0A%E3%80%90%E9%80%9F%E5%A0%B1%E3%80%91%E4%BC%8A%E8%97%A4%E8%A9%A9%E7%B9%94%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%8C%E8%A8%98%E9%8C%B2%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E8%AC%9D%E7%BD%AA%E6%96%87%0A2025%E5%B9%B410%E6%9C%8826%E6%97%A5%2020%E6%99%8205%E5%88%86%0A%E5%85%B1%E5%90%8C%E9%80%9A%E4%BF%A1%0Ahttps://www.47news.jp/13351069.html

ジャーナリストの伊藤詩織さんが26日までに、自らの性被害をテーマに監督したドキュメンタリー映画について、一部の証言映像を、許諾を得ずに使ったことを謝罪する文書を公表した。


2025年12月11日追記

あす、伊藤詩織監督の映画が、問題が解決されないまま都内で上映される。

自身の物語のために、他者の、特に、他の立場の弱い性被害者の尊厳を無視したままの作品は、ジャーナリズムと言えるだろうか。性被害者格差の問題、メサイアコンプレックス、当事者消費にどれだけの人が気づけただろう。これまで伊藤詩織監督を支えてきた人たちも分断されたままだ。伊藤詩織監督の行動の問題を指摘できる記者も限られていることも、日本のジャーナリズムに影を落としているように見える。

今年2月のFCCJの会見から10か月が経とうとしています。

私たちがFCCJで会見をしたその日に、伊藤さん側は「個人が特定できないようにすべて対処します」というコメントを配布しました。

しかし残念ながら、「対処した」という連絡は、現在まで私たち側には届いていません。

これまで、幾度となく私は「蔑ろにされた」と感じてきました。

① ホテルに誓約書を連名で差し入れたのに、伊藤さんにはそれを破られました。

② 防犯カメラ映像を映画で使いたければ承諾をとって、と言ったのに守られませんでし た。

③ 映画ができたら事前に確認させてと約束したのに、確認させてもらえませんでした。

④ 電話での会話を無断で録音されました。

⑤ スターサンズ代表の四宮弁護士から、防犯カメラ映像は「使わない方向で」という回答だったのに、使われ続けました。

⑥ 今年2月のFCCJでのコメントで「対処します」と言ったのに、修正のない映像が流され続けてきました。

その都度、今度こそは信じたいと思いながら、結局残念な思いを強いられてきた、その繰り返しでした。

伊藤さんの代理人弁護士から、本人から説明するので日程調整をという連絡を9月8 日に受けました。しかし、断りました。

6月下旬以降、こちらから映画について問い合わせをしても、「海外向け配給権を譲渡したので把握していません」等の返事の繰り返しでした。「映画を修正した」とか「修正バージョンを見て」という話は一切ありませんでした。

9月になり、突如として、「本人から説明するので日程調整を」と連絡がきました。 私は、日本で映画を上映するための既成事実をつくり、それに利用されるのだと感じました。 また無断で録音されるのだろうとも思いました。

繰り返し残念な思いをさせられてきた立場として私は佃弁護士を代理人に立てており、佃弁護士からは伊藤さん側に、会う前にこちらの問合せに答えて欲しいと申し入れをしました。

この対応は正解だったと思っています。というのは、伊藤さんの代理人弁護士はメディアに対して 「くり返し修正バージョンを見てほしいと言ったが拒絶されています」と言っているからです 。

しかしながらそのような事実はありません。

私たちが指摘した問題点は、修正されないまま上映されています。

また、全く修正されていない映画が、海外で販売されています 。

残念ながら、法的な問題は解決されてはいません。

伊藤さんは「公益性」という言葉を何度も使って映画を正当化していますが、私たちは、「公益性」はないと考えていることを説明してきました。

また、「映画を見て判断して欲しい」と幾度も口にしていますが、私たちからすれば、問題のある映画を上映すること自体が「問題」なのです。殴られている人を見せて「どう感じるか判断して欲しい」と言っているのと同じだと考えられるからです 。

「公益性」や 「映画を見て判断して欲しい」という彼女が使う言葉自体が、具体的な説明のない、いかなる意味にも受け取れる、「ブラックボックス」として使われています 。

今度公開される伊藤さんの映画は、これまで私たちが問題にしてきたことがほとんど改善されていないと聞いています。

私たちが訴えてきたとおり、ホテルとの約束に反してホテルの映像を映画に使用することは、今後、ホテル等から裁判上の立証への協力を得られなくなるおそれを生じさせるものです。ただでさえ立証の手段が限られる性被害について、伊藤さんの映画は、その救済の途を閉ざすものであるとの批判を免れません。

また、捜査官の音声や映像を使用することは、 本来守らなければならない“公益通報者”や 取材源を世の中に晒すことであり、これは、ジャーナリストとして決して行なってはならないことです 。

伊藤さんの映画は、重大な人権上の問題を孕んでいると言わざるを得ません。これ以上、傷つく人がでないことを願っています 。

2025年12月11日 西廣陽子


追記 2025年12月15日

FCC Jでの会見
この会見は、いろいろフラッシュバックするので、サバイバーは、気をつけて欲しい。
私はこの件では、望月衣塑子記者に賛同します。

https://www.youtube.com/watch?v=60H7u2KqSZA

追記2025年12月17日

記者会見を観た仁藤夢乃氏の発言が注目されている。
ここに来て、伊藤詩織監督と同じwoke派で同じTRA派でも伊藤詩織監督の記者会見の問題に言及するインフルエンサーが増えてきた。

西広弁護士の代理人を務める佃克彦弁護士は産経新聞の取材に対し、伊藤さんが口にした「4回の謝罪」について、「そのような事実はない。謝罪したというならいつどうやって謝罪したのか具体的に言うべきだ。こちらは反証できる」と語った。伊藤さんと西広弁護士が面会したのは昨年7月が最後だったという。

伊藤さんは会見で、「今年に入ってから、修正版を弁護士に見せようと4回アプローチしたが、毎回断られた」とも語ったが、佃弁護士によれば、伊藤さん側からの修正版に関する連絡は今年10月17日が初めてで、かつ、修正「部分」を見せるものだったという。

産経新聞

フランスメディアの記者、西村カリンさんは、海外メディアの受け止めかたと日本国内の評価との違いを指摘している。

伊藤詩織監督が英語と日本語で、違う説明をしているという指摘がある。

バイリンガルジャーナリストの蓮実里菜さんも、伊藤詩織監督の英語での説明と日本語での説明の違いを指摘している。

ヤン・ヨンヒ監督の指摘


追記2025年12月18日

一連の問題について、伊藤詩織監督の支持者がわから、元弁護士団について、守秘義務等を指摘するSNSでの書き込みが増えていることから、弁護士規則についてまとめておきたい。
1. 弁護士職務基本規程の「適用範囲」と「限界」
伊藤詩織監督支持者側が引用している弁護士に関する規程は確かに存在しますが、これらには「正当な理由」や「職務の範囲内」といった限定条件が含まれています。
守秘義務(第23条)の例外
弁護士には厳格な守秘義務がありますが、これには例外があります。例えば、「依頼者から弁護士が訴えられた場合」や「弁護士が不当な攻撃を受け、自らを防御する必要がある場合」などは、必要最小限の範囲で事実を公表することが「正当な理由」として認められる傾向にあります。

信頼関係(第6条)の崩壊
この規程は「信頼関係があること」を前提としています。もし依頼者側がSNSやメディアで弁護士に対して事実無根の誹謗中傷を行い、信頼関係を一方的に破壊したのであれば、弁護士側だけに一方的な「名誉尊重」を強いるのは、法的なバランスを欠くと判断される可能性があります。

2. 「正当防衛」的な反論の法的妥当性
もし元依頼者が、客観的な事実に反して弁護士を罵倒したり、名誉を毀損したりしている場合、弁護士側には「反論権」が生じます。

名誉毀損に対する防御として、弁護士も一市民であり、自身の社会的評価を守る権利があります。相手が元依頼人であっても、相手が嘘をついて攻撃してくる場合にまで、沈黙し続けなければならないというルールは法にはありません。

公共性・公益性として、弁護士が「実際にはどのようなやり取りがあったのか」を説明することが、虚偽の情報流布を防ぐという観点から、正当な反論とみなされるケースもあります。

3. 伊藤詩織監督の一部の支持者側の主張には、以下の論理の飛躍があります。
【一部の支持者側の論理 】
規程があるから、弁護士は何を言われても黙るべき 。
辞任後も永遠に依頼者の味方でいなければならない 。
秘密を一切漏らしてはならない 。

【法的・実務的な現実 】
弁護士にも自己防衛権があり、不当な攻撃には反論できる。
信頼関係が破綻し、攻撃を受けた場合は、その義務は制限される。
自身の名誉を守るために不可欠な範囲であれば、開示が認められ得る。
以上から、
依頼者側が事実に基づかない形で弁護士を批判しているという前提に立つならば、一部支持者が「規程を守れ」とだけ主張して弁護士の口を封じようとするのは、法的な衡平(バランス)を欠いた主張と言わざるを得ません。規程は弁護士を縛るためだけでなく、適切な司法制度を維持するためのものです。依頼者が弁護士を「盾」にして嘘をついたり攻撃したりすることまで保護する意図はありません。

この対立において、「どちらの主張が客観的事実に合致しているか」が最も重要なポイントとなりますが、弁護士側が具体的な証拠を持って反論している場合、一部支持者側の「規程違反だ」という批判は、説得力を失う可能性が高いでしょう。

もしこの問題がさらに深刻化し、裁判(名誉毀損訴訟)になった場合、「どちらが先に沈黙の合意を破ったか」や「反論の内容が真実である証明(真実相当性)」が争点となっていくでしょう。

伊藤詩織監督の一部の支持者が主張する「規程を守れ」という論理は、あくまで「依頼者が誠実であること」を前提とした平時の議論です。
一方、弁護士側が「真実相当性」のある証拠(例えば、伊藤監督の発言内容と矛盾する客観的記録)を提示している場合、法は「嘘をついて攻撃する者」よりも「事実に基づいて自己防衛する者」を保護します。したがって、弁護士側の反論に確実な証拠が伴っているならば、一部の支持者側の主張は法的には「無理筋」であるという評価に落ち着く可能性が高いでしょう。


追記2025年12月18日午後


FCCJでの会見時の問題を指摘した蓮実里菜さんの記事

佃弁護士、西廣弁護士の記者クラブでの会見映像をこちらに貼っておきます。

追記2025年12月19日

倫理と表現の境界線をめぐる議論として、伊藤詩織監督が関係各所との信頼関係を損ね、映像として使用した、映り込んだまたは音声として使用した多くの方々、特に脆弱な性被害者の権利や感情を侵害したという点は、動かしがたい事実です。

そのバウンダリー侵害をどうみるかについては、
それについて語る人たちの立場や視点により意見が分かれるのは、
実際に仕方ないことです。

それを敵味方のように分断する行為や性加害者を利するから批判はいけないなどとのトーンポリシングは、
とても政治的に見えてしまう。

「サバイバーとして」を重視する立場の人たちでも、伊藤詩織監督作品への評価は、割れています。当事者であるという文脈を鑑み、不義理や信頼関係毀損があっても、免責や情状酌量が必要という人、自己治療を見守れという人、他の脆弱なサバイバーへの配慮がまったくないという批判など、様々です。

「普遍的な倫理・信頼」を最優先する立場からは、どのような背景や事情があろうとも、プロフェッショナルとしての倫理や人間関係の基礎となる信頼こそが、何よりも優先されるべきであるとする考え方は、ジャーナリストや映像制作のプロからの発言が多い。

私は、性被害者でジャーナリストという立場から、「性被害」を「ビジネス」にのせることの「危うさ」とそれに伴う「トラウマインフォームドな環境の足りなさ」「FCCJのアンフェア」をみて、
性被害や報道現場でのパワハラなどのフラッシュバックを起こしました。

今回の件で、多くの人は内省の機会があったはず。分断ではなく冷静な議論が必要なときではないでしょうか。


追記2025年12月28日

『Black Box Diaries』について、川上拓也さんが一人のドキュメンタリー制作者の立場から記した連載です。
特に、7の記事は、衝撃的なことが語られています。


蓮実里菜さんによる映画ビジネス・商業映画として巨大プロジェクトだったBBDと制作者たちの説明の幼さのコントラストについての記事。


ジャーナリストとしての手法の問題を指摘する記事。私も以下の内容と同様の考えだ。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/cef77391e264bd2805a8c704d02533ace668358f


物証を私物化する行為は、ジャーナリスト全体の社会的信用失墜に繋がる可能性は否定できない。後々の性被害者を取り巻く状況が悪化するであろうことも予測できたはずだ。



高橋ユキさんの記事
高橋さんは、Xで伊藤詩織監督擁護派から酷い嫌がらせを受けて一時的に鍵アカウントになった。
BBDに倫理的、人権的な問題を指摘すると、いわゆるしばき界隈から、
酷い嫌がらせを受け、ジャーナリストや記者、映像制作関係者が沈黙し、アカウントを制限もしくは削除する事態になっていることが、この問題の背景に迫ることの難しさの現れであり、BBDそのものの問題と言えるだろう。

追記2025年12月30日


伊藤詩織監督が神原弁護士、師岡弁護士辞任についてXでコメントを発表した。


この時点でも、すでに海外で販売された版や今後の性被害者は物証あつめが困難になってしまうであろうことについての言及はない。
神原弁護士、師岡弁護士から佃弁護士あてに送られたFAXが、伊藤詩織監督のX投稿に貼付されている。

https://b1d31439-1394-4a7e-96ea-9452286e8747.usrfiles.com/ugd/b1d314_4ea7e63c9b8743249edb00caaf30b089.pdf

日本において許諾が得られていない版が海外で流通しており脆弱な性被害者の尊厳が毀損され、それによる利益をあなたが得ていること、当初支援していた女性たちが去った事実、日本において性被害者が物証を得ることが困難になったことについてどうお考えなのか日本語で発信すべきではないですか。

郡司真子X投稿2025年12月30日


追記2026年1月1日

川上拓也さんがドキュメンタリー制作者の立場から記した連載の8が公開されました。


追記2026年1月8日

伊藤詩織さんの説明に元代理人の西広陽子弁護士らが反論 「事実に基づいて発言してほしいと切に願う」【反論全文あり】東京新聞


2026年1月8日 「Black Box Diaries」公開に伴う伊藤詩織氏のリリース内容について
西廣陽子・加城千波 代理人弁護士佃克彦
映画「Black Box Diaries」(BBD)の公開に伴い、伊藤詩織氏は、2025年12月12日に舞台挨拶をし、同日に4つの文書をウェブサイト上にリリースし、また、同月15日に日本外国特派員協会(FCCJ)で会見をしました。
それらのいずれにおいても伊藤氏から事実に反する説明がなされましたが、これを逐一正すには多大なエネルギーと紙幅を要します。
このため、誤りを簡単に指摘できる以下の点に絞って当方の認識を明らかにします。
1 ウェブサイトで公開されている「西廣陽子弁護士のステートメントについての伊藤詩織の見解」(見解)の「2」において伊藤氏は、BBDをあたかも事前に自発的に西廣側に確認させたかの如く述べています。
(1) しかし、伊藤氏が西廣側に映画を見せたのは、伊藤氏がBBDを既にサンダンス映画祭に出展した後のことであり、しかもそのような確認の場は、西廣側が要求したことによって初めて実現したものであって、伊藤氏から自発的に設けられたものではありません。
即ち、2023年12月7日付けの朝日新聞「伊藤詩織さんによる初監督ドキュメンタリー、米サンダンス映画祭に選出」という記事に西廣が気付き、驚いた西廣側が伊藤氏に連絡をとって、同月19日に初めて実現した場なのです。
(2) このような確認の場が設けられるに至ったことについては更なる説明が必要です。民事裁判の係属中、伊藤氏が打合せの場に何度も突然カメラクルーを連れてきて弁護団会議を無断で撮影しようとしたため、弁護団が“撮影した画像を公開する際には事前に弁護団に内容を確認させる”ということを条件に伊藤氏に撮影を認めたという経緯がありました。
このような約束をしたにも拘わらず上記(1)のように、弁護団に事前に確認させることなく伊藤氏が映画をサンダンス映画祭に出展したという事実を西廣が知り、映像の確認をさせるよう伊藤氏に求めてようやく確認の場が設けられたのです。
(3) 更に言うと、その確認の場において伊藤氏は、西廣との電話の無断録音の場面を西廣側に示しませんでした。
2 ウェブサイトで公開されている「防犯カメラ映像を巡っての時系列」には、「2024年10月3日」の出来事として「伊藤側から喜田村洋一弁護士を通じて佃弁護士側に経緯説明を行った」とありますが、このような事実はありません。この日に限らず、およそ喜田村弁護士(この当時の伊藤氏の代理人)から当方に対して経緯の説明はなされていません。
もっとも、同年10月4日に喜田村弁護士から佃宛てに電子メールで連絡がありましたが、その内容は、
「(中略)私が伊藤氏の依頼を受けて代理人となりましたので、ご通知申し上げます。私がこの件で伊藤氏から連絡を受けましたのは今年8月の最終週でした。
その後、事実関係の把握と法的問題点の整理、関係者との打ち合わせを続けております。
先生からは、状況についてのお問合せをいただいておりますが、考えなければいけない論点が多数あり、しかも法的な検討だけでは済まないものも多いため、まだ解決の方向性を見出すに至っておりません。
誠に申し訳ありませんが、皆さまにとっての良い方策を模索しておりますので、今暫くお待ちいただければ幸いです。」
というものです。これが経緯の説明でないことは明らかですし、仮に伊藤氏がこれをもって「経緯説明」だと言うのであれば、実態の歪曲であるとの批判を免れません。
もとより、この後も伊藤氏側からは経緯の説明は全くありません。
3 見解の「4」で伊藤氏は、
「私の側からは、2024年7月の試写会以降、修正内容について文書で説明し、何度も映像を見てほしいと伝えています。これらはメールにも文書にも残っています。2025年2月にも代理人を通じて修正版を見てほしいと提案し、さらに2025年9月にも『本人から直接説明したい』との面会を申し入れてきました。」
と述べていますが、悉(ことごと)く事実に反します。
(1) 第1に、伊藤氏側から、「修正内容について文書で説明」をされた事実はありません。上記の喜田村弁護士のみならず、その後の伊藤氏の代理人である師岡康子・神原元両弁護士からも説明はされておりません。それどころか、当方は伊藤氏に対し、伊藤氏が2025年2月に「今後の海外での上映についても、差し替えなどできる限り対応します」とFCCJに配付した文書で表明して以降に海外で上映されているBBDが、オリジナル版と異なるのか、仮に異なるとすればどこが異なるのか等の質問を、2025年6月以降、何度も何度も文書で行ないましたが、遂に本日に至るまで伊藤氏側からはその点についての回答がありません。
この一連のやりとりを当方は伊藤氏の代理人と文書を用いて行なっており、つまり、修正内容について伊藤氏側が当方に“説明をしていない”という証拠のほうこそまさに文書に残っているのです。
(2) 第2に、「2024年7月の試写会以降、…何度も映像を見て欲しいと伝えています」と述べていますが、これも事実に反します。伊藤氏側が当方にBBDの修正版を見せると申し入れてきたのは、既に品川での上映が内々に決まっていた2025年10月17日のことです。
(3) 第3に伊藤氏は、「2025年2月も代理人を通じて修正版を見て欲しいと提案し」た旨述べていますが、そのような提案がなされた事実はありません。何よりもそのように言える根拠は、そもそもこの時点では修正版は存在していないという事実です。
(4) 第4に伊藤氏は、「2025年9月にも『本人から直接説明したい』との面会を申し入れてきました」と述べていますが、これは、修正版を見せるという話があったわけではありません。
当方が、上記(1)のとおり、2025年2月以降に海外で上映されているBBDが、オリジナル版と異なるのか等の質問をしたのに対し、伊藤氏の代理人がこの質問に答えずに、おうむ返しのように“本人が会って説明する”と言ってきた、というだけの話です。
これに対して当方は、電話の内容を無断で録音された上その内容を切り取られた西廣が代理人を通じてのやりとりを望んでいたこと、及び、やりとりに関する認識の齟齬によるトラブルを避けたかったことから、伊藤氏の代理人に対し、“文書で回答して頂きたい”旨を返答し、その結果やりとりが平行線を辿った、というのが実際の経過です。
かかる次第で、伊藤氏側は当方の質問に対して最後まで回答をせず現在に至っています。
正しい経過は以上のとおりです。繰り返しますが、当方にBBDの修正版を見せるという伊藤氏側の話は、2025年9月の話ではなく、上記(2)のとおり、品川での上映が決まった後の10月17日の話です。
4 なお12月15日の記者会見で伊藤氏は、当方に対して、映画の修正版を見せようと4回アプローチしたが断わられたという趣旨の発言をしていましたが、伊藤氏側が映画の修正版の確認の提案をしてきたのは上記3(2)のとおり2025年10月17日のことであり、それまでは一度もなく、したがって、伊藤氏が「4回」もアプローチをしてきたという事実はありません。
伊藤氏は会見でこちらが事実に反することを述べているかのような発言もしていましたが、当方はすべて事実を述べています。伊藤氏には事実に基づいて発言をして欲しいと切に思います。
5 最後に、BBDの上映時に販売されているパンフレットにも間違った認識を導く記述がいくつもあります。それらの記述については訂正をして頂きたいと思っています。

東京新聞2026年1月8日


性被害者からも声が上がっている。

追記2026年1月9日

ここにきて、BBD問題をとりあげる女性記者、女性ライター、女性ジャーナリストの行動を執拗に見張り取り上げ揶揄している一部の「擁護派」実態が指摘されています。
「女性の敵は女性」の構図を作り出したい人たちがいる問題が、起きています。

この件が解決するまで、追記を続けます。

ジャーナリスト
性暴力被害者の会 代表 
郡司真子

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