「憎悪型ストーカー」には長期戦の覚悟を 新宿女性刺殺、惨事を防ぐには?

2024年05月19日

 東京都新宿区のマンションで女性(25)が刺殺された事件で逮捕された男(51)は、過去にも女性へのストーカー行為で逮捕されていた。男は逮捕から2年経って凶行に及んでおり、刑罰は抑止力として機能しなかった格好だ。専門家は男について、「恨みの火種が消えるまで長期間かかる『憎悪型』ストーカー」と分析。同様の惨事を防ぐ上で、被害者と加害者の双方に加え、警察や弁護士にも取れる術があると解説する。(時事ドットコム編集部 榊原康益)

「言い分を吐き出させる」

 「男の言い分を、客観的な判断を得られる場所で吐き出させることができていれば、少なくとも殺人事件は起きなかったと思う」

 NPO法人「ヒューマニティ」の小早川明子理事長はそう話す。小早川氏は、3000人以上の被害者だけでなく、700人超の加害者にも向き合ってきた、ストーカー問題の第一人者だ。「言い分」とは、男が主張していたとされる「お金を返せ」を指す。

 警視庁の発表や報道によると、男は女性が過去に経営していたガールズバーの客だった。口頭注意や警告を受けても待ち伏せしたため、2022年5月にストーカー規制法違反容疑で逮捕された。起訴猶予となり、接近禁止命令を受けたが、1年後に解除された。

 24年5月8日、男は新宿のマンションで女性を刺して逮捕された。「1000万円以上を渡しており、返してほしいと思い自宅に行った」と供述。「(女性のバー)経営を応援していた」「結婚を前提に金を貸していた」「(バイクや車を売った金で)1800万円使った」とも話しているという。

 前回の逮捕から2年、禁止命令の解除からは1年近くが経っていた。「返金を求めて付きまとっていたのであれば、口頭注意や警告を受けたり、規制法違反で逮捕されたりした2年前の時点で殺意まではなかった」。小早川氏はそう分析する。

司法の場で堂々と

 もっとも、女性が男と直接話し合いをするのは安全ではない。小早川氏は、「裁判の場で堂々と主張を戦わせ、言い分を吐き出させるべきだった」と話す。具体的には、▽女性が「返金しなくていい」と司法のお墨付きをもらうため債務不存在の訴訟を起こす▽警察や弁護士、あるいは男の親が、損害賠償請求を起こすことを男に勧め、返金の是非を司法に判断してもらう-という、2通りの方法がある。

 裁判とは別に、男を医療機関につなげて「無害化」する必要もあったと小早川氏は指摘。「男の場合、単に金を取られたと思い込んだだけでなく、大金をねん出するために大切な車やバイクも失ったといい、喪失感と孤独感は壮絶なものだったはず。その手当という面でも医療措置は不可欠だった」と説明する。

 全国の警察は2016年から、連携する医療機関での受診を加害者に働き掛ける取り組みを続けている。警視庁が男に受診を勧めたのかどうか明らかではないが、強制力はない。その場合でも、▽被害者が返金と引き換えに男を受診させる▽男の家族が医療機関につなげる-ことはできる。適切な医療機関を知らなければ、各都道府県警に連携先を紹介してもらうのが望ましい。

 男は2年前の逮捕時に起訴猶予処分となっており、今回は当てはまらないものの、加害者が起訴された場合は「保釈時の制限住居を病院に指定することで、半ば受診を義務付けることも可能だ」という。

平気で5年、10年

 男は当初「拒絶型」ストーカーだったが、次第に「憎悪型」ストーカーになっていったと、小早川氏はみている。拒絶型が「崩壊した関係を再構築しようとする」のに対し、憎悪型は「被害を受けたと感じ、復讐でストーカー行為をする」傾向がある。ひどい振られ方をしたり不当な仕打ちを受けたと思い込んだりした場合に憎悪型へ転じるといい、「憎悪は長く続く。私の経験では平気で5年、10年かかる」と明かす。

 似たような事件で小早川氏はかつて、恋愛対象だった女性から数百万円を取られた男性が、交際相手の関係者を刺した事件を扱った。この男性は数年間刑務所に収監され、満期で出所したが、「恨みが消えていない、ばりばりのストーカー」だった。

 小早川氏はこの男性をまずヒューマニティの事務所近くに住まわせた。精神科に連れて行っても不眠対応しかできず、恨みを解消させる効果はない。「話を聞いてあげることしかできないので、何百回と繰り返し聞いた」。恨みが抜けて無害化され、新しい生活に踏み出すまで出所から5、6年、事件の発生からは10年以上が経過していたという。

知られている場所に近づかない

 憎悪型ストーカーだとみられる男に対し、女性がどれだけの危機感を抱いていたのかも一つのポイントだ。女性が接近禁止命令の延長を希望せず、転居もしていなかったとみられることから、男の逮捕後は身の危険を感じていなかった可能性が高いと、小早川氏はみる。

 「強い恨みを募らせる加害者にとって、接近禁止命令の足かせ効果は低い。ましてや命令が解除されたら抑止力はゼロに近い」。小早川氏はそう指摘し、「禁止命令を終わりにしましょうと警察に言われても、粘って延長してもらうべきだ。法律の運用上の留意事項に、『禁止命令を継続する必要があると認めるとき』の筆頭に、被害者の『不安の状況』が挙げられている」と強調する。

 被害者が転居や休職・転職すべきか否かをめぐる議論があることについて、小早川氏は「加害者に知られた場所に近づかないのは鉄則。知られていない場所に引っ越すべきだ」と断言する。事情があって転居や休職ができない場合は、夜間や一人の出入りは避け、仕事はオンラインで対応するのがよいと説く。

 加えて、現在はSNSで相手の言動が容易に分かる時代だ。小早川氏は「被害者が投稿するキラキラした近況は、加害者をちくちくと痛め続ける。もしも加害者が仕事を失ったり、お金もなくなって希望が全くない苦しい生活を送っていたりすると、一気に発火する」と危険性を説明。加害者が無害化されるまではSNSの利用を控えるべきだと訴える。

 警察は見取り図を示して

 被害者はいつまでも逃げたり隠れたりし続けなければいけないのか。「そこを示すのが警察の腕の見せ所だ」。小早川氏はそう強調し、「警察はまず、過去の類似事例を被害者に示し、置かれている危険性を理解させてほしい」と訴える。被害者は自分の事例しか知らず、客観的に危険度を把握できないためだ。その上で、警察は解決までの「見取り図」を被害者に示すべきだと話す。

 「いついつまで引っ越してくれていれば、警察はこれとこれをやりますよ。できないところは弁護士にやってもらいましょう」「医療機関につなげるためにこういう段取りでやったらどうですか」―。そういった見通しや手順を警察や専門家が具体的に語ってくれないと、被害者は行動をためらってしまうためだ。

 警察に相談しにくかったり、警察の対応に不信があったりする場合はどうすればいいか。弁護士や小早川氏のような専門家、配偶者暴力(DV)相談支援センターなどの行政機関に、どこでもよいから相談し、一人で抱え込まないようにしてほしいと、小早川氏は訴える。

 さらに、加害者への対応では、「保護観察所の『りすたぽ(犯罪・非行の地域相談窓口)』が最近、立件されていない人への対応も始めたほか、東京都の一部の精神保健福祉センターが加害者の相談窓口を設け始めている」とのこと。小早川氏は「加害者本人に限らず、周囲の家族らも『おかしい』と思ったら相談してほしい」と呼び掛けている。

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