新作料理 前編 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 電話のけたたましい呼出音が厨房に鳴り響く。 その電話の音に、勝手口の外から角刈りの若い板前が飛び込んでくると五度目のコールが 鳴り止まぬうちに急ぎ壁の受話器を取り上げる。 「毎度ありがとうございます、『六道(ろくみち)』です」 「おうワシだ。久しぶりだな、ロクはいるかい?」 応ずるとその向こうから老人のダミ声が流れてきた。 その声が名刺代わりとでもいわんばかりに名乗りもせずに話を進めるのは間違いなく 馴染みの客である『山本興業』の社長のものだ。 板前は「少々お待ちください」と電話口を押さえ、厨房の奥の廊下に向かって店主を 呼ばうと、程なくしてきた壮年の男が受話器を受け取った。 この男がこの料理屋『六道』の主人である『六場 道三郎』である。 用件は極めて簡単、酒宴を一席設けたいという予約の電話であった。 日程は三日後の土曜夕刻、同業者の会合に4名分という事である。 ・・・ただしこんな注文が一つ追加されるのだが。 「お前の得意なやつを出してくれや」 「・・・それは構いませんが、よろしいんですか?」 「なぁに構わねぇよ、変わったものを食いたいと言ったのは連中なんだからな」 そう言って山本は楽しそうにがははと笑った。 山本が言う『得意なやつ』・・・それは実装を素材とした料理である。 知名度を得て一般的になっているとはいえ、未だに路地裏や公園で屯する野良の印象の ために抵抗感を示している者も少なくは無い。 しかし、そのゲテモノ喰いをしているような印象とは裏腹に、先人達の地道な努力に よって積み重ねられた飼育や調理に至る様々なノウハウによってその風味は他の食材に 決して劣ることの無いものへと成長している。 「ただよ、連中に実装石ってのが手間と腕でどれだけ美味いものになんのかを教えて やんのが目的だからな。ワシだけの時みたいのはカンベンしてやってくれや」 山本社長が好むものは活き作りのような生食を基本としたものが多い。 実装石の多くが何故に仔喰いを好んで行うようになっているかは、調理の手を加えぬ ままの生肉を噛み締めてみればすぐさま理解する事が出来るのだが、如何せん 「こればかりは・・・」と忌避される傾向が強い。 「・・・わかりました、では煮物などを中心に取り混ぜる事にいたしましょう」 やや間を置いてから六場は答えた。 これでもきちんとした親方の元、一流の料亭で板前として修行していた事もある。 食材としての実装石の可能性に惹かれ、六場は一念発起して独立し、こちらの扱う道へ 移ったがやはり実装料理だけでは客足を維持して店を続けてゆくのは難しい。 その為に『六道』は和食をメインとした創作料理の店としての形態を取っている。 「それから・・・今回のものに新作を出してみたいのですが構いませんか?」 「お! 久しぶりに店に出したいヤツが出来たか!?」 声を弾ませて尋ねてくる山本に六場は「ええ」とだけ答えた。 己に厳しい完璧主義者である六場は自分で納得がゆく出来にならなければ新作の 料理を店には出さない。 その男が自分から口にしたとあればそれは期待の出来るものという事なのだ。 「では明日の定休日あたりに店の方に。いつものように味見をお願いしたいので」 六場は新作の料理が出来る度に、その味見を山本へ頼むのが『六道』開店当時からの 決まり事のようになっている。 外見だけならば何にでも醤油をぶち撒け、料理ではなくその醤油味のみを美味いと 褒めそうないかつい容貌の老人なのだが、その舌は確かだ。 六場にとっての貴重なアドバイザーであり、実装料理へのよき理解者でもある。 「いいともいいとも。いい酒持って遊びにいくからよ」 「はい、それではお待ちしております」 「よしよし、では明日な」 がはははという笑い声を残して電話は切れた。 受話器を置いた後、六場はホワイトボードに予約の状況を書き込む。 そして腕を組んで少し考え込んだ後、余白にいくつかの料理の名を書き並べてまた 考え込む。そして、 「おい龍次、『ジソエビ』と『繭篭り』の在庫はどうなってる?」 と、背後で野菜の皮むきを続けてる先程の板前に尋ねた。 『ジソエビ』とはこの店では蛆実装の呼び名である。 実装料理を求めてきた客ならばともかく、そうではない客の前でその名を連呼して 食欲を減退させない為との配慮だ。茹で上げた形状からの便宜上の呼び名だけでなく、 本物の海老と同じ様な調理方法で扱われる為でもある。 そして『繭篭り』は蛆実装が仔実装へと変態する過程で繭を作った状態のものだ。 成長過程の段階によって味や食感に従来のものとは異なった独特の変化が現われる為に 六場が最も注目している素材である。 「ええと、ジソエビが・・・20匹、繭は・・・あと5つッス」 記憶にある実装石の数を思い出し、龍次が答える。 「それから仔実装の方も今日の分くらいしか残ってない筈ッス」 「そうか、少し足りないな・・・ならそろそろ発注かけとくか」 「へい」 龍次に今日の分の仕込みを指示すると、六場は厨房の隅に置かれた段ボール箱を 抱えると勝手口を出て、外付けの階段を上がっていった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 三階建ての中古ビルを改装した『六道』の屋上には前オーナーの趣味で作られたガラス 張りの温室がある。 屋上の半分を占める中々大きなものだ。 「「「レフー、レフー!」」」 扉を開けた途端、舌足らずな蛆実装達の合唱が六場を迎えた。 そこに一歩踏み込むとむわりとした独特の臭気を含んだ空気が周囲を取り囲む。 六畳程の柵の中には20匹あまりの蛆実装が蠢いている。 ここは六場が店で用いるジソエビ・・・蛆実装の飼育場であった。 「よーしよし、メシにしようなぁ」 「「「レフーン、レフーン!」」」 六場が棚に置かれた蛆実装用のフードの袋を振り、がさがさと音を立てるとそれを 合図に蛆実装達は中央に置かれたドーナツ型の餌入れに集まってゆく。 「テッチ、テッチュー!」 押し合いへし合い、騒々しくも与えられた食事を平らげてゆく蛆実装達の間を一匹の 仔実装がちょこまかと走り回っている。 テチュテチュと繰り返しながら仔実装はまだ餌入れに到達できない蛆実装を後押ししたり、 満腹になって餌入れの縁で眠り込んでしまったものを起こしたりと甲斐甲斐しくも 動き回る。 蛆実装とはいえ食用とする為にある程度成長させているので仔実装よりも一回り小さく、 コーヒーのショート缶程の大きさがある。 六場が店で用いる仔実装や蛆実装は契約した牧場で野育てしたものが使われるが、 ここにいるのはおよそ生後一ヶ月前後の個体ばかり。もうじき繭を作って『繭篭り』 となる頃合であり、この飼育場はそんな蛆実装を確実に確保する為の場所であるのだ。 「頑張ってるな、ボウズ」 「テチュッ!」 六場の声に応える様に、『蛆飼い』の仔実装は片手を上げて一声鳴いてみせた。 それがこの仔実装の名前であり、その呼び名が示す通りにその頭には毛髪が無かった。 しかも服も緑色をしたあの実装服ではなく、白い手ぬぐいの切れ端から作られた簡素な 冠頭衣と頭巾、緑色をした輪ゴムのベルトだけだ。 『蛆飼い』とはその名の通りに蛆実装の世話をする仔実装である。 蛆実装は「誰かに触れて貰えない=保護されていない」と感じる状況が長く続けば不安を 起因とするストレスで衰弱する事が多く、極端な話では半日放置しただけで死ぬ個体も 少なくはない。 その為に飼い主の目が届かぬ間に代わりとなり、世話をさせるというものだ。 仕入先の牧場は素質のある仔実装にその任を与えて試験的に導入してみた所、蛆実装の 死亡率が大幅に減少したという結果が出ているという。 「テッチュ、テッチュ」 「レーフ、レーフ」 蛆実装達は食事を終えた後、思い思いの場所に移動するところりと仰向けに転がると 腹を晒して尻尾を振って甘えた声を上げる。 ボウズはその蛆達の所へ行ってはその腹を単純なリズムで数回叩くと満足したように 蕩けた声を上げ、くたりと身体を弛緩させる。 ボウズは元々『六道』に届けられた蛆実装の箱に混じっていた規格外品である。 どこで入り込んだのかは分からないが、六場が蛆実装の箱の中に混じっているのに 気づいた時から服も髪も無い禿裸の状態であった。 見つけた当初、六場はそのまま廃棄するつもりであったが、忙しさに二三日その事を 失念しているうちに誰に言われた訳でもなく蛆実装達の世話をするその姿に牧場の 『蛆飼い』を思い出し、名前と手製の服を与えて蛆実装の世話をさせる事としたのだ。 「ボウズ・・・また妹達に仕事が決まったぞ、よかったな」 「テッチュー♪」 「レフー、レフー♪」 「仕事」という単語に反応し、ボウズは両手を上げて飛び跳ね、蛆実装達はころころと 転がってその嬉しさを表現してみせる。 ここで育てられた蛆実装の「仕事」とは調理をされる事を意味している。 それなのにボウズや蛆達がこんな反応を示しているのは毎日エサの度に六場やボウズが 「仕事をする事は素晴らしい事」「大きくなったら仕事にゆける」と語っている為である。 ただし、具体的に「仕事」の内容を伝えず、ただ抽象的に「素晴らしい」とだけ。 その形の無いイメージを蛆実装達はその小さな脳内で発展させ、将来への期待を胸に 抱いて早く成長しようとするのである。 『蛆飼い』に成体の実装ではなく、仔実装が用いられているのにはここに意味がある。 蛆実装がまず自分の大きくなった姿としてイメージするのは十倍以上の体格差のある 成体の実装石ではなく、自分に近しい大きさと手足を持った仔実装だからだ。 「テッチュ、テッチュウ!!」 「「「レフン!」」」 頑張って立派にお仕事をしてくるテチュ! 分かったレフ! 六場が自分が育てた蛆実装との最後の別れとばかりにボウズを掌に乗せ、段ボール箱の 中に収められたその姿を見せてやる。 世話をしてくれたボウズの元を離れて行くというのに蛆達の表情には悲壮や不安といった 迷いの翳りは無い。 胸を張り、鼻息も荒く返事をする様子は立派に役目に向かえるという自信に満ち溢れている。 六場の経験からして、こういう風に育っている蛆実装の味にハズレは無い。 きっと客を満足させる素材となるだろう。その素材の質に負けぬだけの調理で 報いなければならない。 「・・・テチュウ・・・」 蓋を閉じるとボウズは寂しげな声を上げた。 それまで舌足らずな声とごそごそと這い回る音に満ち溢れていた飼育場の中に蛆達の姿は 無い。 外に吹くひるひるという風の音ばかりが温室内に響く。 「寂しくなったなぁ・・・でもまぁ、明後日あたりまでの辛抱だ。 またすぐに新しい妹達が牧場から届くからな」 六場は前掛けのポケットの中から一つ飴を取り出すと袋を開けてボウズに手渡す。 蛆実装を立派に育てた事への対価であり、ボウズを『蛆飼い』にした時に決めたルールの 一つでもある。 「それまでゆっくり休め、ボウズ」 「テチュウ」 ボウズは飴玉を抱えたままで無表情に頷いた。 そしてそのまま温室を出た六場が外階段を下る音が聞こえなくなるまで、じっと 俯いたままであった −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 屋上より下りてきた六場は蛆実装の箱を抱えたままで厨房の奥にある部屋へ入る。 防音材の張られたドアを閉めれば窓の無いコンクリートの部屋の音は外へ漏れる 事は無い。 六場はここを料理に使う実装用の保管庫兼調理場としている。 段ボール箱を作業台の上に置いた後、六場は壁の棚に並べられた発泡スチロール製の 保管箱を一つ一つ開け、その中身を確かめてゆく。 「・・・テッ・・・テテッ・・・テッ・・・」 おがくずが詰められた箱の中には仔実装が並べられていた。 升目の仕切り、その一つ一つに禿裸にされた仔実装が立ったままの姿勢で収められ、 皆が一様に途切れ途切れに小さな鳴き声を上げていた。 奇妙な事にその額には全て一本の爪楊枝が突き刺さっている。 深々と刺さったその先端は脳髄の中央に達しているのは間違いないというのに 仔実装の命を奪う事に至ってはいない。 そして別の棚にある箱に入っているのは蛆実装と繭だ。 仔実装と同じ様に升目に収められているが、やはりその額には爪楊枝が打ち込まれ、 引きつった表情のままで仔実装同じようにレーレーとただ繰り返すばかりだ。 繭はその上部は切り取られ、中に眠る蛆実装の顔を見る事が出来るがこちらも例外なく その額に爪楊枝が打ち込まれている。 これは何のまじないだろうか? 「まずはジソエビからいくか」 おおよその在庫数を確認して壁の電話で取引先の牧場に発注を掛けた後、六場は 段ボール箱から蛆実装を一匹取り出す。 食事の直後に連れて来たせいもあり、狭い箱の中で仲間達の発する温もりについ眠り こけて安らかな寝息を立てている蛆実装を手にしたまま、六場は作業台の脇にある流し 台の蛇口を捻る。 そこから伸びるホースの先端に付いたピストル形の注水機を手に取ると流しに向けて 二三度引き金を引き、水鉄砲程の勢いの水が飛び出すのを確認するとその細い先端を 蛆実装の口に押し込んだ。 突然の事に飛び起きた蛆実装であったが、悲鳴は喉元に達した注水機からの流水と共に 飲み込まされた。 そして一秒も掛からずにその内臓を満たした水は出口を求め、体内にあった消化物や糞を 押し流し、流しへ向けられた総排泄孔から勢いよく吹き出した。 「1、2、3・・・よし」 六場は短く三度引き金を引き、総排泄孔から吹き出した水に汚れが無いかを確認すると 突然の強制排泄にぐったりとした蛆実装を作業台の上に置き、次の蛆実装を掴み上げる。 「・・・レ・・・レレェ・・・」 どうして? お姉ちゃんと一緒に優しくしてくれたのに・・・? 自分の周りに同じ様に流水で糞抜きをされた仲間達が数匹転がった頃、最初に糞抜きを された蛆実装がようやく首をもたげ、鳴き声を上げた。 ごはんをくれて優しくしてくれて、お腹つついて遊んでくれたオヤカタさんの事は お姉ちゃんと同じ位に好きだったのに。 ワタシたちはお仕事にゆくんじゃなかったの? なのにどうしてこんなに酷い事するの? 理解できぬ状況に蛆実装はその頭を悩ませ、懸命に形にならぬ言葉を発するが六場の手は 止まる事は無かった。 あくまで機械的に、手早く作業を進めてゆく。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− やがて全ての蛆から糞抜きが終わると、六場は作業台の引き出しから爪楊枝を取り出した。 半透明の容器を開け、その中から爪楊枝を摘み出すと横たわる蛆実装を一匹手に取る。 「・・・レレ・・・レフレ・・・」 その口から舌の回らぬ声が漏れる。 強制排泄と体温の低下で衰弱はしているものの、まだ死ぬという程のものではない。 少し休ませればすぐさま回復する程度の疲労だ。 六場は蛆実装を仰向けに掌に乗せて持ち、その緑色の頭巾を後ろにめくりあげる。 繭による変態で仔実装にならねば前髪以外の生えぬつるりとした頭部が露出すると、 六場の指が添えられた。 その身体を掌に乗せたままで親指と中指でこめかみを挟むように摘み、人差し指をその 頭頂に乗せると、六場は三本の指先で蛆実装の頭を軽く揉むように動かし始める。 「レエン・・・レフゥ・・・」 これから何をされるのかと怯えていた蛆実装は予想に反して頭を撫でるような指の動きに 安堵の声で鳴く。 よかった・・・さっきのはきっと何かの間違いだったレフ。 いつもと同じ優しいオヤカタさんのままレフ。 尻尾を揺らし、その掌に頬擦りをする蛆実装とは裏腹に六場の表情は険しく、とても 蛆実装を愛でているといった様子ではない。 指先に掛かるほんの小さな違い、見た目のわずかな変化すら見逃すまいと一心に 蛆実装を見つめる目は観察者・・・研究者や芸術家のそれだ。 額の汗を拭おうともせず、六場は触れる指先にのみ全神経を傾ける。 やがて、ここだ、と小さく呟きが漏れ、蛆実装の頭部を這う指の動きが止まった。 こめかみに添えられた挟む指に力が込められ、その頭が動かぬように固定される。 「・・・テャャャー!」 そして蛆は悲鳴を上げた。 視界の端で六場の右手が一本の爪楊枝を摘み上げるのが見えたからだ。 細く尖ったそれが視界から消え、影が自分の上に落ちたと気づいた時にはもう遅かった。 いつもと変わらぬと安堵していた自分の認識が間違いだった事に気づき、身体の動かせる 部分を振って六場の指から逃れようと抵抗するが、頼るべき手足はまだ短く、自意識で 強く動かせる程には成長してはいない。 動くな、と六場が鉄の声で言った。 持ち上げた右手の指をすり合わせる様に動かし、爪楊枝の先端をこめかみに当てられた 指の先に合わせる。 「場所を外せばもっと痛いぞ」 「レヒャアア、テャャャー!」 うそレフ、いやレフ、こんなの何かの間違いレフ。 六場の言葉にも蛆実装はまだ抵抗を見せた。 言葉が理解できぬ訳ではない。ただ、心に浮かんだ優しい記憶にその小さな心が現実を 認められなかったのだ。 そんな蛆実装の心の内を六場が知る筈もない。 やがて、ぶつり、と音がし、押し当てられた爪楊枝の先端がずぶずぶとめり込んでゆく。 もう一度、ぶつり、と音がすると反対側からその先端が姿を表わす。 「レベェェェェ・・・」 頭部を貫かれるというありえぬ感覚と刺激に蛆実装の両目が真上を向き、長く外へ 伸ばした舌を震わせるように喉が声を吐き出す。 「まずは『蛭子針』」 作業を確認するように六場が呟くと、二本目の爪楊枝が人差し指が添えられた頭頂部に ぶすりと突き立てられる。 「手ごたえあり」 めりこんだ爪楊枝から伝わってくる感触がわずかな変化を見せた位置で手を止める。 それが正しく自分の望んだ場所に打たれているのかを確かめる為に指を擦って爪楊枝を 捻り、震わせる。 途端に大きく開かれた蛆実装の口から飛び出したのは悲鳴ではなく、ふわりとした白い糸。 ・・・繭化が始まったのだ。 「レッ・・・レレッ・・・レヒィィ!!」 「続いて『進め針』」 自分の意図せぬ変態の訪れは蛆実装であっても恐怖を感じるものらしい。 止まらぬ糸の吐出と次第に硬直してゆく身体に怯え、身を捩るがどうにもならない。 やがて襲ってくる耐え難い脱力感と眠気に苛まれながら、六場の手で箱に移された 蛆実装はびくびくと身を震わせて収められた升目の中で回転し、繭を作り始める。 実装石の状態を変化させる薬品は多々存在するが、人間に害は無いと言われる類のもので あったとしても料理として食するものにおかしなものを使用するべきではないというのが 六場の理念の一つだ。 その探求の結果、辿り着いたのがこの爪楊枝を用いた鍼術であった。 鍼術が効果をもたらす為には点穴・・・いわゆるツボを探して正確に鍼を打つ必要が あるのだが、六場が古い文献からそのツボの存在を知って以来、特定できたツボは 未だ4つでしかない。 そのうち『進め針』は成長を促進させて蛆実装を強制的に繭化させ、『蛭子針』は その名の通りに全身から骨を失わせる効果がある。 「まずは半分・・・十ばかりは『蛭子針』を打っておくか」 「「「レ・・・レピィィィ!!」」」 六場の手が次の蛆実装に向かって伸ばされると仲間達はそれから逃れようとするが、 狭いテーブルの上に逃げ場は無い。 逃げてゆこうとするものから次々とその手に掴まり、頭部へ爪楊枝を打たれては箱の 升目へと収められていった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 続いて六場は棚の箱から仔実装を選び、おがくずを叩いて落とすと作業台の上に置いた。 額に打ち込まれた爪楊枝の効果で身動きが取れぬ為、直立不動の姿勢で全身を 硬直させたまま、ただ細かく身を震わせるばかり。 甲高い声で鳴く個体は一匹たりともいない。 額に刺さる爪楊枝、これが『止め針』である。 それは実装の神経を麻痺させて身体の自由を奪うばかりでなく、代謝機能を極限にまで 低下させて仮死寸前にする効果がある。 仮死させてしまえば蘇生に栄養を消費して味が落ちる為、実装を仮死させる直前で止めて おく事で生存に必要な栄養を極限まで減らし、そのままの味や鮮度を長期間維持できる。 冷凍庫などの手段が無い時代に編み出された実装石の特性を利用した保存方法であった。 「5匹・・・いや、念のため6匹も用意すればいいな」 それは当日の四人分に加え、明日の味見と予備の分である。 その数の仔実装を用意した後、六場は作業台の下から木製の台を取り出す。 長方形に作られた木枠の上部に丸い穴が等間隔で開けられた、六場手製のものだ。 おもむろに掴み上げられた仔実装が枠の穴に差し入れられ、外側から馬蹄型をした プレートの留め具をその喉元に嵌められると首を吊るような状態で固定される。 個体差もあるのだろうが、かろうじてつま先が下に触れるものやまったく触れぬものも いるが、仔実装程度では自重で呼吸が止まる事は無い。多少なりと首が引き伸ばされる 苦痛はあるだろうがむしろ足で立つよりも安定して直立できる位だ。 「さて、『空洞針』とゆくか」 作業台に出された仔実装全てをこの手順で木枠の中にぶら下げると、六場は再び爪楊枝を 取り上げ、並ぶ仔実装の禿頭を撫で始める。 次に打つべきツボは仔実装の後頭部の存在しているのだ。 やがて爪楊枝の先端は首の付け根に当てられ、人間で言う所の「盆の窪」から右の こめかみへ向けての方向にずぶりと潜り込む。 そのまま先端が外へ飛び出してしまうのではないかという程に深く突き刺した後、手首を 半回転捻ると『止め針』で動かぬ筈の仔実装の身体が大きくびくりびくりと動いた。 「よし・・・次」 成功した手応えを確認した後、六場は右から順に同様の点穴を行い、並ぶ仔実装の 後頭部に次々と爪楊枝を打ち込んでゆく。 頭頂の『進め針』を探るのと違い、頭蓋骨と延髄の繋ぎ目を狙うこのツボは容易な部類に 入るらしい。ものの5分と掛からずにそれを終わらせた後、六場は仔実装の額に打たれた 爪楊枝を引き抜いて『止め針』を外してゆく。 『止め針』はその効果が高く、他のツボの効力をも止めてしまう為に合わせて用いる事が 出来ない為だ。 「テテ・・・テエエ・・・テエエエッ!?」 爪楊枝を引き抜かれるとすぐさま仔実装は強張った手足をがくがくと震わせ、首を 吊る体勢で拘束された我が身を開放しようと身体をよじって揺れ始める。身体が自由と なれば首を押さえるプレートを外そうと努力を試みるが、留め金でずれぬ様に 押さえられたものがそう簡単に動くはずがない。 吊り上げられた苦しみにか、仔実装達が漏らし始めた糞が下部に付けられた受け皿に ぱたぱたと垂れているが、見た所では『進め針』や『止め針』のような劇的な効果が 現れている様子は無い。 六場はそれを棚下の空の収納庫に収め、ぱたりと戸を閉める。 「「「テエエエーン! テエエエェン!」」」 扉に開いた空気口から仔実装達の泣き声が漏れてくる。 『止め針』を打たれている間は思考力や感覚さえも停滞し、浅い眠りと目覚めを 間断なく繰り返す、終わらぬまどろみのような状態ではあったが、爪楊枝が無くなった 今は様々なものが仔実装の中に甦っている。 暗闇へ閉じ込められる不安感は仔実装より助けを求める声を上げさせる。 首枷で吊り上げられている事への不快感と苦痛はその泣き声に更なる悲壮を加える。 だが、何よりも新たに打ち込まれた爪楊枝はそれらに勝った。 確かに後頭部から突き刺さる爪楊枝の感覚はある。手で触れて確かめる事は出来ないが、 体内深くへ打ち込まれたその先端は自分の奥底で何かを引き起こしているのは 仔実装達にも理解できた それがどんなものかはまだ分からなかったが、徐々に効果を発揮しているその得体の 知れぬ変化への恐怖感は仔実装達からより深い嘆きを引き出してゆく。 果たして『空洞針』とは如何なる効果をもたらすものなのだろうか? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「おい龍次」 六場が振り返らずに聞くと、背後のわずかに開いたドアの向こうでがたりと音がした。 「下ごしらえ終わったか?」 「へっ・・・へい! 言われた分は全て!」 「そうか、それならもっと近くで・・・」 六場の言葉が終わる前に、ごん、とドアが鳴った。 近づきすぎたままで咄嗟に頭を下げた龍次の額がドアを強打した音だ。 少しの間の後、「すいません」と言葉を残してサンダルの音が足早に遠ざかってゆく。 「なんだよ、こいつのやり方見たけりゃ別に構わねぇのに・・・」 六場はやれやれといった具合に頭を掻くと再び作業へと集中する。 テーブルの上には先程まで蛆実装だったものが並べられている。 一番先に『進め針』を打たれた蛆は早いもので通常は一晩掛かる繭化を一時間足らずで 終えている。 残る蛆実装達も、さほど掛からずに繭化を終える事だろう。 六場が鋏で出来たての繭の上部を切り開き、傾けると変態途中の蛆が転がり出てくる。 繭化の影響で深い眠りに落ちているが、全身を細かく震わせているのは新陳代謝が 『進め針』の効果で引き上げられている証拠だ。 体温もそれに乗じて熱くなっている。 六場の指が頭頂に刺さった爪楊枝を引き抜くと蛆の身体がびくりと大きく動き、全身の 震えが止まった。 このまま『進め針』を放置すれば促進させられた代謝により、体内の栄養を使い果たして 孵化する前に衰弱死してしまう為、長くて二時間程が限度となるからだ。 蛆実装を握った六場の片手が親指の先でその額のあたりを探り、『止め針』の点穴を行う。 それから十秒も経たぬ内に、しまった、と声を漏らした。 「・・・レ? ・・・レレ・・・レヒャアア!!」 額を指で探られる感触に深い眠りから目を覚ました蛆実装は悲鳴を上げる。 それは再び六場が目の前で爪楊枝を手にしているというのもある。 眼前に迫ったあの尖ったものを六場がまた自分に突き刺そうとしているというのは 蛆実装の小さな脳味噌でも理解できる。 だが、本当に恐ろしいものはそれではなかった。 何よりも恐ろしかったのは繭を作った自分が、孵化を迎えずに繭の外で目覚めている という事実だった。 蛆実装とは本来、何かの拍子で早産として生まれてくる個体だ。 おおよその理由は胎内にいるうち、発育のいい姉妹の出産に巻き込まれる形で排出されて しまったものなので時間と手順を踏めば正しく仔実装へと成長できるのだ。 そんな蛆実装は栄養を蓄えて身体を成長させ、時期が来ると繭を作ってそこで眠り、 目覚めるまでにその間に身体を作り変えて母親の胎内で間に合わなかった仔実装への 成長を果たす。 自分自身を夢見の中で望んでいた親実装や仔実装と同じく、四肢のある形態へと 変化させる自己催眠は体内の偽石の形が母親の胎内にいた頃の不定形のうちにしか 行えず、一度繭化を行って偽石を変質させてしまえばもう元には戻る事は出来ない。 それが正しく肉体を仔実装へと構成できたとしても、変質の途中で目覚めさせられて 変態を中断させられたとしても。 蛆実装にとって自分を未来へと繋げるチャンスは一度しかないのだ。 「レピィィィ! レピィィッ!! レヒィ、レヒャアアア!」 ひどいレフ! オヤカタさん、ひどいレフ! 蛆ちゃんもう大人になれないレフ、お姉ちゃんみたいになれないレフ! 突如として閉ざされてしまった自分の未来を悲嘆し、蛆実装は普段ののんびりとした 様子からは想像できぬけたたましさで悲鳴を上げる。 早く大きくなってお姉ちゃんのように立派にお仕事をしたかったのに! お仕事頑張りたかったのに! みんなに褒めてもらいたかったのに! 「・・・ここか」 張り裂けんばかりの胸の内を吐き出さんとばかりの蛆実装の叫びも、額に打ち込まれた 一本の爪楊枝でたちまちに沈黙する。 ぶつり、と音を立ててめり込んだ爪楊枝の先端が脳の中央にある『止め針』のツボを 貫いた瞬間、悲鳴も涙もぴたりと止んだ。 「俺もまだまだか、途中で起こしちまうとはな・・・」 悲鳴を上げた苦悶の表情のまま、全身を硬直させた蛆実装をまた繭に入れ、箱の升目に 戻すと六場は一つ溜息を吐く。 手早く点穴を行い、『止め針』を打てれば蛆実装は繭化の影響を残したままの深い眠りを 維持させる事が出来る。 それこそが『繭篭り』を保存しておく最良の状態となるのだ。 それを途中で目覚めさせてしまうというのは自分の腕が未熟である事に他ならない、と 六場は捉えている。 「・・・よし! 次こそは失敗せんぞ」 己の顔を両手でぴしゃりと叩き、六場は二つ目の繭に鋏を入れる。 この爪楊枝を使った鍼術に関しては六場に師と呼べる人間はいない。 教本と言えるのは古語で書かれた文献を図書館に通いつめて苦労して現代文に翻訳した ものであり、点穴や爪楊枝の鍼術に関しては馴染みの鍼灸師にその基礎を数時間教えて もらっただけの素人に過ぎない。 失敗があった所で、書物の知識や師の教えで次からの対策を成す手段は六場には無い。 全ては実際に蛆実装に爪楊枝の鍼術を施した経験を以って学び取ったものであり、実地で 繰り返して経験を重ねる事とその経験に拠る試行錯誤で乗り越える以外に 存在しないのである。 大きく息を吸って止めた後、より深く指先に神経を集中して点穴を行う。 蛆実装の皮膚下に広がる細緻な構造を指先が触れ、押し返してくる感覚のみで理解し、 探り当てたツボを爪楊枝が深々と貫くまでにおよそ5秒とわずか。 「よし」 六場が小さく、だが力強く頷く。 次の蛆実装は額を爪楊枝で貫かれても尚、深い夢見の中にあった。 今まで繰り返してきた数千に及ぶ試行錯誤と夥しい失敗も、決して無駄ではないのだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
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