Colabo裁判を闘う際の表明(2022年)
デマを流す奴もデマを信じる奴も、実は真実がなんであるかについて一切関心がないのである。彼らにとって全てはゲームであり、相手をやっつけることだけが重要なのだから。 なので、デマ屋を納得させる必要など全くない。社会の良心に訴えることだけが重要なのだ。
Colaboが不正を行なっていると信じてる奴らは、在日特権の存在を信じてる奴と変わらない。 後者の連中にとって在日コリアンを差別することだけが重要であって、真実がなんであるかはどうでもいい。 Colaboデマについても同じ。連中は女性差別がしたいだけであり、真実はどうでもいいのである。
Colaboの活動を一日でも覗いてみるがいい。そこに女性に対する膨大な性の搾取の海があり、それに対して、スポイト一滴分の良心を垂らすのがColaboの活動であることが理解できるはずだ。
不正があるとすれば社会全体に不正があり、Colabo の活動は社会全体の不正を正す活動なのである。
初出 2022年12月1日 Twitter



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