星乃一歌は諦めない。
両片想いの一歌と咲希、志歩と穂波がそれぞれの恋に向き合いながら、《CPロックフェス》という音楽イベントの出場権をかけてライブに挑むお話です。
前編:いちさき編→ここ
後編:しほなみ編→novel/20229281
※咲希、穂波を恋愛的な目で見る「性格の悪いモブ男」が出てきます。苦手な方はご注意ください
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いつか病気が治れば、みんなと一緒に青春できるんだと自分を誤魔化していた。
どっちつかずのことばかり言って、自分を守るために誰かになすりつけていた。
また幼馴染の四人で集まれる場所がどこかにあったら、そう慰めてばかりいた。
同じ夢を見ることのできる人なんていなかった、それでもなにかに縋っていた。
これはそう――今日を諦めなかった故の、物語。
【星乃一歌は伝えられない】
「《CPロックフェス》……ですか?」
「やっぱり一歌ちゃんも知らないか」
普段使っているライブハウスのすぐ近く。
自販機から缶コーヒーを取り出しながらそう苦笑したのは、ガールズバンド『STANDOUT』のリーダーであるイオリさんだった。メジャーデビューしてからずっと忙しそうにしていたので、会うのは随分と久しぶりだ。
甘いコーヒーを飲むんだなぁと思っていると「何飲む?」と問いかけられる。断るのも悪いかと思い、ぱっと目に入った麦茶を買ってもらった。
「一歌ちゃん、CP社は知ってる?」
「イベント制作会社ですよね? 確かアイドルのフェスを制作している……」
ありがたくペットボトルを受け取りながら記憶をたどる。
桐谷さんやみのり――『MORE MORE JUMP!』が出演していた《CPアイドルフェスタ》はその会社が主催のはずだ。現地にみのり達を応援しに行ったのはそう遠い記憶じゃない。
イオリさんはスマホを取り出しながら、
「そうそう。アイドルに限らず、音楽業界のイベントの多くを主催しているんだ。そのCP社が立てたアマチュアバンド向けの新しいフェス企画が《CPロックフェス》なんだけど、昨日発表したばかりでまだ知名度が低くてね」
「アマチュア向け……私たちも知りませんでした。助かります!」
「ふふ、念のため話しておいてよかった」
そうして私にURLを共有してくれる。スマホで公式ホームページを開くと、真っ先に目に入った画像につい声を上げてしまった。
「これ、サイトのトップに出てるの『STANDOUT』の写真じゃないですか!」
「この企画は『若くて可能性に満ちたロックバンドに光を当てたい』っていうコンセプトでね。僭越ながら私たち『STANDOUT』がその代表を務めさせてもらっているんだ。まあ、重荷なのは否めないけど……」
「そんなことないですよ! 流石ですね……!」
どんどん人気を伸ばすイオリさん達は今でも私たちの憧れだ。サイトをスクロールして審査方法へ目を通していく。
「参加資格があるのは22歳以下――おおよそ大学四年生までのメンバーで構成されたバンドのみ、なんですね」
「最初は予選の〝デモ&動画審査〟。ここで一気にバンドを振るいにかけて、選ばれた五十組のバンドが一次選考の〝ライブ審査〟へと進めるんだ。そこから更に選抜された八組が二次選考の〝フェス審査〟に挑み……」
「フェス会場での人気投票で選ばれた三組のバンドは、後日『STANDOUT』や他の有名若手バンドと共にドームライブに出演できる……!」
ドームライブ。
その六文字が私の背筋にぞくりとした感覚を走らせた。
『協賛のレコード会社からのメジャーデビュー確約』という条件も凄いけど、勝ち上がればドームライブに出演できる。それもイオリさん達と一緒に!
「ふふ、いい表情だ。早速やる気満々のようだね」
「あ、つい……恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはないよ。こんな大きなイベント、ワクワクしなければバンドマンじゃないさ」
「あはは、そうですね。他のメンバーにも相談はしますけど……きっと参加します! イオリさん達と一緒にドームライブに出演したいですし!」
「表立った応援は立場上難しいけれど、今の『Leo/need』なら来れると信じているよ」
格好良く微笑んだイオリさんは飲み干したコーヒーの缶をゴミ箱へ入れると、「おや」と私の背後へ視線を放った。
すぐにタッタッタッ、と小気味よくスニーカーがアスファルトを蹴る音が届く。
「やっほーいっちゃーん! ってイオリさんだー!」
「咲希!」
「こんにちは、咲希ちゃん」
音の主は私の大切なバンドメンバーであり幼馴染でもある女の子――咲希だった。私の隣までくると「お久しぶりですイオリさん!」と勢いよく頭を下げる。
「いっちゃんとイオリさんが一緒にいるなんて珍しいですね! 何の話をしていたんですか?」
「少しね。一歌ちゃんから『Leo/need』に、あとで大事な話があるんじゃないかな?」
「ふふっ、そうですね」
「えー何々? 楽しい話?」
「うん。きっとやる気が出る話だよ」
そっか! と瞳を細める咲希を見て、走ってきたせいか髪がぴょんと跳ねてしまっていることに気付いた。指摘しながら手でそっと撫でつけると、「えへへ」とくすぐったそうに首をすくめる咲希。いつ触れてもふわふわで気持ちいい髪に、私の頬も自然と緩んでしまう。
「……よし。これで直ったね」
「ありがとーいっちゃん」
「ううん、気にしないで」
「……そういえば一歌ちゃんと咲希ちゃん、付き合い始めたんだって?」
「――――む、ぐ、けほっ」
「い、イオリさん!?」
思わずむせる私と、声が裏返る咲希。イオリさんは珍しく目をぱちくりとさせた。
「……ミオから聞いたんだけど、もしかして違った?」
「いえその、えっと、はい。咲希と私は付き合っています……けど」
咲希へと目配せすると、こくりと頷き返される。イオリさんは尊敬する方だもんね、嘘をつく方が罪悪感だ。
「すみません。今、『私と咲希は付き合っている』という嘘をついているんです」
「アハハ……アタシといっちゃんで『嘘の恋人』を演じてるんですよ」
「というと?」
「先日、少し面倒なことがありまして……」
苦笑しながら思い出すのは、先週末に開催した私たちのライブの後のことだった。
♪
「ふう、これで後片付けも終わりだね」
「うん。今日は本当にお疲れ様、一歌ちゃん!」
使わせてもらった楽屋の清掃を終えて、穂波と笑みを交わす。
いつもお世話になっているライブハウスでのイベント。開幕一番を託されて緊張したけど、無事にフロアを沸かせて次のバンドへ繋ぐことができて。志歩も穂波も咲希も、もちろん私も最高の気分で一日を締めくくれるはずだったんだけど……。
「お疲れみんな。……あれ? 咲希、戻ってくるの遅くない?」
店長さんとの話を終えて戻ってきた志歩が、バックステージパス代わりのガムテープを袖から剥がしながら眉をひそめる。
「確かに、ゴミ捨てに行っただけにしては遅いね」
「また咲希ちゃんのファンの子に声を掛けられてるのかな?」
穂波が首を傾げる。
まだ商業デビューは出来ていないけど、人気を着実に伸ばしている『Leo/need』。
キーボードの咲希はよく楽しそうにパフォーマンスをするためか、私たちの中でもファンが比較的多いのだ――SNS運営も上手だしね。
それに桃井先輩に憧れているだけあってファンサービスも欠かさない。握手やサインを求められて嬉しそうに対応する咲希の姿は、今までも何度も見てきた。
「……でも少し心配だし、一応様子を見に行ってくるよ」
「その方がいいかもね」
「よろしくね、一歌ちゃん」
志歩と穂波に見送られて楽屋を後にする。
スマホで『大丈夫?』とメッセージを送りつつ、ひとまずゴミ捨て場へ向かう。ライブハウスの裏側へ回り込むと、
「な、咲希ちゃん。せっかくだし今度一緒にどこか遊びに行かね?」
「えっとぉ……」
「咲希ちゃんキーボーディストっしょ? 詳しい店員がいる店紹介するよ、池袋にあんだけどさァ」
「その、大丈夫ですので……あはは……」
咲希が、男の人に言い寄られていた。
男性の赤いジャケットには見覚えがあった。同じライブハウスを拠点としていて、今日のイベントでも共演した大学生の男性六人組ロックバンド――『アイギス・レッド』のメンバーだ。
大柄なその人に壁際に追い詰められ、身を小さくしながら愛想笑いを浮かべる咲希。
ナンパされているんだと、状況が教えてくれた。
……そう。咲希は人気だ。
元々可愛い外見の咲希が、MCやSNSを通じて性格まで素敵なことも知れ渡ってしまい……人気はそういう意味で広がり始めている。インディ界隈でアイドルのような立場になりつつある、とあの志歩まで言っていたから間違いない。
ロックと恋愛沙汰は切っても切り離せないもの。
バンドの解散理由の五割は痴情のもつれ、なんて冗談もある。魅力的な咲希を好きになる人がいるのは仕方ないし、咲希が誰かに恋をするのも自由だけど――。
「いいだろ? 一回くらい付き合えよ」
「え、ええっとぉ…………あっ」
「――――あの、うちの咲希に何か用でしょうか?」
困っている咲希のルビーの瞳が私を見つけた瞬間、私の体は勝手に動いていた。
声を掛けながら咲希と『アイギス・レッド』のメンバーの間に割り込む。
「あぁ!? 誰だテメェ?」
「……『Leo/need』の星乃一歌です」
睨まれて委縮する心に鞭をうち、男性を見上げ返した。
このスキンヘッドは確か『アイギス・レッド』の……シンヤと呼ばれていた人だ。担当楽器はドラム。パワフルなキックをよく覚えている。
「ああ、レオニのボーカルの……今日はお疲れさん。誤解すんなよ? オレはただ咲希ちゃんを遊びに誘ってただけで、演奏にケチつけたりイジメたりしていたワケじゃねえ。なぁ咲希ちゃん?」
「は、はい……っ」
嘘ではないせいか、反射的にコクリと頷く咲希。
「……すみません。咲希も今日はライブで疲れているので、そろそろ帰ろうかと思っているんです。また別の機会にお願いできませんか?」
柔らかい言葉を選んだつもりだったけど、タカヤさんの眉間に皺が寄った。
「んだよその態度。まるでオレが悪ィ事してるみてぇじゃねえか!」
「っ」
「これくらいバンドやってりゃよくあることだろ? それとも『Leo/need』は、メンバーのプライベートも管理して一々口出してんのか?」
むき出しの敵意が刃となって私をつんざく。びりびりと伝わる威圧感に加えて、男女の体格差を躊躇いなく利用されて、私まで壁際に追い込まれてしまった。
「……そんなことは、ない、ですけど……」
「……いっちゃん……っ」
だけど――咲希がギュッと、私の服の裾を握ってきて。
そんな咲希の身体は震えていた。心優しいから喧嘩とは無縁の生活を送ってきた。小学生の頃に咲希や穂波が男子からちょっかいを出された時も、矢面に立って戦ったのは私や志歩だ。だから明らかな威圧感に慣れていなくて、怖がって当然で。
きっとこの状況のせいなんだ。
私が思わず、こんなことを口走ってしまったのは。
「……すみません、そういう目的であれば正直に伝えます。
咲希は私の彼女です。私の咲希に手を出さないでください!」
目を真ん丸に見開くタカヤさんと、「ほえ!?」と変な声を上げる咲希。
何より私自身が一番驚いてしまって――様子を見に来た志歩と穂波が声をかけるまで、私たちは妙な沈黙に包まれていた。
そんな出来事の後、咲希に確認すると『アイギス・レッド』のシンヤさんには随分と長い間、遊びに誘われては誤魔化す、というのを繰り返していたそうだ。
決して邪険に扱いたくはないけれど、強引な態度に戸惑っていた。
今はまだ、恋人を作る気はない。バンド活動に専念していたいから。
そんな咲希の願いを叶えるために『星乃一歌は天馬咲希の恋人である』という嘘をつき、各所へ牽制しているのだ。
♪
……という事情を伝えると、イオリさんは最初に大きなため息をついた。
「悪かったね、咲希ちゃん。ややこしい事情を話させてしまって」
「そ、そんなことないです!」
「咲希の言う通りですよ。イオリさんやミオさんに誤解させたままの方が心苦しいです」
「……ふふ、君たちは相変わらずだね。しかし『アイギス・レッド』のシンヤ君か……」
「イオリさん、ご存知なんですか?」
「まぁね。私たちも『アイギス・レッド』と対バンライブをしたことはある。実力は確かなんだけど、当時からメンバーの一部が女癖が悪いことで有名でね……シンヤ君は確かその筆頭だよ。気をつけた方がいい」
「えっ……」
「そ、そうだったんですね……」
思わず咲希と顔を見合わせてしまう。
そういうのもロックといえばロックなんだろうけど……自分たちがまきこまれる可能性を、今まであまり考えてこなかった。
「リーダーにこっぴどく叱られてからは心を入れ替えたはずなんだけど……まぁ、何かあったら私も力を貸すよ。遠慮なく連絡して」
「イオリさん……! ありがとうございます!」
お礼は告げたけれど、実際のところメジャーデビューしている『STANDOUT』の手を煩わせるわけにはいかない。それにもう嘘はついてしまったのだ。
咲希のことは――
「とはいえ、私が手を貸さなくとも咲希ちゃんは一歌ちゃんが守るから心配ないか」
「へっ?」
「――はい。咲希のことは私が守ります」
「あ、え、えっと……いっちゃんってばもう……っ」
視界の隅で、咲希の頬がほんのり赤くなった気がした。
「まぁ余計な話はしてしまったけど、これからも応援しているよ。ドームで待ってるね」
「イオリさん……はい!」
それじゃあ、とイオリさんは咲希にジュースを奢ってくれた後に駅の方へ向かっていった。ちなみに今更だけど、打ち合わせを終えて出てきたイオリさんとばったり出会ったのが一連の雑談のキッカケだ。
いつ会っても格好いいなぁとつい背中を目で追っていると、そんな私の手のひらにくすぐったい感触。咲希が苦笑しながら両手で包み込んでいた。
「……ごめんねいっちゃん。変なことに巻き込んじゃって」
「ううん、何言ってるの咲希。私が勢いでついた嘘が原因なんだし……それに咲希を守りたいっていうのは本心だから。いくらでも迷惑かけてよ」
「いっちゃん……えへへ、間違えちゃった。アタシが言うべきだったのは『ごめん』じゃなかったんだね」
というと咲希は、ひらりとステップするように私の正面に回り込んで。
「――ありがとう、いっちゃん!」
パステルカラーのスニーカーで足音を響かせながら、ふわり、笑顔が咲き誇る。
あまりにも眩しくて可愛い微笑みに、私の身体の真ん中でとくんと響く音があった。
「ところでイオリさんの『ドームで待ってるね』ってどういうこと?」
「バンドに関わることだから、詳しいことは志歩と穂波もいる時に話すよ」
はーい、と無邪気に返事をして駅の方へ目を向けると、咲希の瞳がますますキラキラとした輝きを湛えた。もうイオリさんの姿はないけれど、代わりに見つけたのはライブハウス前で待ち合わせしていた大切な仲間。
「しーほちゃーん! ほーなちゃーん!」
ブンブンと手を振る咲希の横顔を見ながら、心の中だけで思う。
嘘の恋人。
咲希の身の回りが落ち着くまでの、期間限定の恋人。
だけど……だけどね、咲希。
もし、私がずっと前から咲希に恋をしているんだって言ったら。
咲希は、どうする?
めちゃくちゃよかったです…!