22億5000万円の国費が支出された「平成の大嘗祭」 “口外無用”とされてきた「秘儀」の内容とは

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沈黙を守ってきた大嘗祭での新天皇の“秘儀”

「皇居突入」を叫ぶ過激派対策として、東御苑は全面休園。宮大工ら工事関係者は顔写真付き、12ケタの番号入りの磁気カードを持ち、作業は夜に照明をつけると過激派に攻撃ポイントを教えることになるので、日没までとなった。完成後は堅固な大型防護テントで主要建物を覆い隠す徹底ぶりである。

 宮内庁は大嘗祭で使用する新穀の斎田を、あと2カ月となった9月に発表した。「悠紀田(ゆきでん)」には「あきたこまち」の秋田県五城目町。独特な言葉だが、悠紀は清浄で神聖を意味する。もう一方の「主基(すき)田」は「ひとめぼれ」で知られる大分県玖珠(くす)町が選ばれた。主基は次を意味し、悠紀と同等とされる。

 斎田の稲刈り儀式を筆者は秋田で現地取材したが、護国神社の全焼もあったので物々しい警備だった。この儀式を執り行うため、羽田から同じ飛行機に乗ってきた掌典(宮中祭祀の担当者)は、秋田空港に到着した途端に待ち受けた身辺警護のSPたちに囲まれていた。大田主(おおたぬし・斎田の所有者)の自宅周辺は24時間警備が続く。大田主の推薦を依頼された地元の農協中央会は、五城目町の田圃に決めた理由を篤農家であるほかに、「秋田市から遠くだと県警も大変だから、近くて警備のしやすい場所を選んだ」と、警備重視だったことを明らかにした。

 前回の62年前の大嘗祭に際しては、斎田は約半年前に発表されて盛大な田植え式が行われ、厳選された新米は特別列車で開催地の京都に送られた。しかし、今回は斎田の発表が稲刈りのわずか3日前で、収穫した新穀は早くも3日後に東京へ空輸されたのだった。

 準備は着々と整えられた。次に、宮中の儀式はどのように行われるのかが焦点となる。宮内庁は大嘗祭を翌月に控えた10月中旬、宮内記者会に対するレクチャーに外国人記者の出席も認めて、重大な見解を発表した。宮内庁が長い間、沈黙を守ってきた大嘗祭での新天皇の“秘儀”についてである。

 最大の関心事ではあるが、映像は公開されたことがなく、その場の様子を見た人はいないから、筆者は当時、秘儀の実相を求めて、神社本庁や神道学者、日本古代史研究者らを回って取材したものだった。新天皇が儀式で長時間こもる建物内の奥中央部には寝座(しんざ)があり、その側に女性のものとされるくしと扇が置かれている。このため、戦前から諸説が流布していた。

神になるという諸説には根拠がないとして、完全否定

 その代表例が、歌人で民俗学者の折口信夫(おりくちしのぶ)が昭和天皇の大嘗祭の際に発表した「新天皇が寝座で寝具にくるまり、神と寝ることで神格を得る」という説である。「天孫降臨神話」で、天照大神の命を受けた孫のニニギノミコトが天上界から「真床覆衾(まどこおぶすま)」という寝具にくるまって地上に降りてきたという神話につながる内容だ。

 米有力紙ニューヨーク・タイムズが平成の大嘗祭を前に10月9日、折口説や「天皇が太陽の女神と模擬的な交わりをする」聖婚儀礼説を紹介した。内外のこうした報道に困惑した宮内庁は、外国人記者にも門戸を開いて説明会を行い、秘儀の誤解を解いてもらうことにしたのである。

 発表によると、建物内の寝座は神(天照大神)が休む場所とされ、薄畳を何枚も重ねて白絹をかけた長さ3.6メートルほどのもの。寝具類はなく、新天皇がそこに入ることはない。従って、神になるという諸説には根拠がないとして、完全否定した。

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