ヒット中の「栄光のバックホーム」は、阪神タイガースで将来を嘱望されながら脳腫瘍を患い引退、28歳で他界した横田慎太郎さんの実話の映画化だ。映画の中でも描かれる、横田さんの引退試合での「奇跡のバックホーム」を取材した記者による、2023年7月26日付毎日新聞夕刊の追悼記事を再掲する。横田さんの全力疾走の生き様を伝えている。
野球の神様は実在する
野球の神様は存在すると感じた瞬間だった。18日に脳腫瘍のため28歳の若さで亡くなったプロ野球・元阪神の横田慎太郎さんが引退試合で見せた「奇跡のバックホーム」。当時、阪神担当記者として目の当たりにしたあの光景は、今でも脳裏に焼き付いている。
2019年9月26日、兵庫県西宮市の阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグのソフトバンク戦。育成選手ながら異例の引退試合が設けられ、クライマックスシリーズ(CS)進出を懸けた戦いが続く中で多くの1軍選手もこの試合に駆け付けていた。
八回2死二塁の守備から横田さんはセンターに入った。1人目の打者の打球が頭上を越えていく。二塁打となったが、打球を追って落ち着いて処理した。続く打者の打球も、ライナー性で横田さんの前に飛んだ。
私は一瞬、「あっ」と思った。試合4日前の記者会見で、引退の理由を聞いていたからだ。
「自分で打った打球も見えず、守備の際にもボールが二重で飛んできて、目がぼやけることが多かった。来年も一緒なら(プレーを続けるのは)つらい」。脳腫瘍の後遺症に苦しんでいた。
横田さんはその打球をワンバウンドで捕球すると、捕手のミット目がけて思い切り腕を振った。ノーバウンド送球のレーザービームで、本塁に滑り込んできた走者を見事にタッチアウトに。走ってベンチに戻りながらチームメートと笑顔でハイタッチを繰り返す姿に、ファンも総立ちで拍手を送った。
自分信じ、全力で取り組む姿勢が生んだプレー
プロ野球・ロッテで外野手のベストナインに輝いた真之さん(60)を父に持ち、鹿児島実高からドラフト2位で14年に阪神入りした。
チャンスをつかんだのはプロ入り3年目、金本知憲さんが監督に就任した16年シーズンだった。
「超変革」のチームスローガンの下、1492試合連続フルイニング出場のプロ野球記録を持つ鉄人に、横田さんは長距離打者として期待をかけられた。春季キャンプで初の1軍入りを果たすと、オープン戦は打率3割9分3厘を記録。シーズン開幕戦で2番・中堅手として先発出場すると、2試合目でプロ初安打もマークした。
しかし、翌17年2月のキャンプ中に体調不良を訴え、脳腫瘍が判明。入院治療を経て、安定した状態となる「寛解」と診断され、18年から育成契約を結んでリハビリに励んだものの、視界がぶれるなどの後遺症に苦しんで復帰はかなわなかった。引退試合は、1096日ぶりの公式戦出場だった。
「奇跡のバックホーム」の時の打球について、横田さんは「ああいうボールが一番見づらくて、目の前に来てボールが見える。いつもなら(捕球するために)下がっているが、一歩前に出ることができた。神様がいるなと思った」と語っていた。
真面目な性格でポジションにつくときは全力疾走を欠かさない。自分を信じ練習し、何事にも全力で取り組んできた結果が、最後に最高のプレーを生み出した。
引退セレモニーでは、打席に入る際の登場曲で使用していたゆずの「栄光の架橋」が流れ、「今まで諦めずに野球をやってきて良かったと今日改めて思いました。自分に負けず自分を信じて必死に練習をして、本当に神様は見ていると思いました」とスピーチ。家族から花束を受け取った時は涙が止まらなかった。
積極的に講演 諦めない大切さ伝え
現役引退後は講演などを通じ、諦めずに目標に向かって進むことの大切さなどを伝えてきた横田さん。通夜は7月21日、葬儀・告別式は22日に地元の鹿児島県日置市で営まれた。鹿児島実高でクリーンアップをともに務め、昨年まで社会人野球・三菱自動車岡崎でプレーした同級生の福永泰志さん(28)も参列した。
高校時代、誰よりも朝早くから練習に取り組む横田さんを、福永さんは「素直すぎる性格で、野球に対して熱心」と感じていた。最後に会ったのは昨年12月に鹿児島で行われた講演会だった。「高校の時はしゃべるのがうまくなかったが、自分から積極的に講演会もしてすごいと思っていた。みんなから愛されていた」と惜しむ。
祭壇に飾られた遺影は阪神のユニホーム姿で、にっこりと笑っていた。プロ野球時代の仲間や高校時代の同級生らが詰めかけ、葬儀場には人が入りきらず外にもあふれていた。
喪主の真之さんがあいさつで「向こうで思う存分野球をやってくれ」と呼びかけ、出棺の際にはファンが歌う阪神の球団歌「六甲おろし」で送り出された。
病魔に襲われなければ、今ごろどんな選手になっていただろうか。横田さんは引退記者会見でプロ野球時代の思い出を聞かれ、「(病気となった後の)2年半、もがいて苦しんで野球をしたことの方が重要」と語っていた。常に何事にも全力でぶつかってきたその生き様を、私は忘れない。【藤田健志】
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「栄光のバックホーム」Ⓒ2025「栄光のバックホーム」製作委員会
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