ずっと入りたかった高校へと進学して、私は毎日キラキラした女子高生生活を満喫していた。ずっと着たかった制服に身を包んで、ずっと憧れていた校舎で学業に励む。新しい友達もたくさんできたし、もう毎日が充実していて、楽しくて仕方ない。これであとは彼氏でもいたら人生バラ色になると思う。
「彼氏欲しいね」って台詞は、毎日最低十回は誰かしら発言していたと思う。だから、いつも連んでいる友達の一人から「合コン来る人ー!」ってこの指止まれ、と人差し指を掲げられたのに、私含めて大勢の女の子が彼女に飛び付いた。合コン相手は誘ってくれた女の子のバイト先の大学生とその知人の計五人。こちらもじゃんけん争奪戦で勝ち上がった私を含めた五人の女の子。私たちはそれはもう楽しみにしていた。そりゃあそうでしょ。だって、大学生だよ?自分たちより歳上で大人の魅力満載。友達から聞いていた話だと某有名な大学に通っているらしいし、顔だって悪くないらしい。スペック高すぎる。だからみんなこの日は気合い入れて化粧したり、髪だって巻いたり可愛く結ったりしていた。女子高生というステータスを全面に出すべく制服のスカートに変な皺が付いてないかお互いチェックもした。それなのに、これは一体どういうことだろう?
「みんな可愛いね〜」
「本当に高一?大人っぽいね〜」
確かに某大学に通っているのかもしれないけど、全然かっこよくない。しかもチャラすぎる。友達も事前に聞いていた話と違うらしく、顔が引き攣っている。私たち五人がドン引きしているにも関わらず、相手は自分たちの席を立ち、勝手に私たちの隣へとそれぞれ座り始めた。一気に距離を詰めてきた男たちに鳥肌が立った。それなのに横に来た奴は馴れ馴れしく私の肩に腕を回して身体を引き寄せる。無理無理無理無理。周りを見れば私だけじゃなくて友達全員が同じような態度を取られていて、頭の中の信号が危険だと告げていた。相手には悪いけど、本当に無理!友達の一人が嫌がって悲鳴を上げたのを聞いて、元から短い私の堪忍袋の緒が切れた。
「ちょっと!嫌がってるでしょ!?離しなさいよ!」
「はぁ?こういうの期待して来たんじゃねぇの?」
思わず友達を助けると男の標的が私になって、真正面から睨みつけられて足が竦んだ。でもここで負ける訳にはいかないと、頑張って相手を思い切り睨み返す。
「私たち、そういうつもりで来たんじゃないんで!もう帰ります!ほら、行こ!それじゃ!!」
「おいおい。帰すわけねぇだろ」
手早く荷物を纏めてカラオケ部屋の一室から出ようとするも、退路を塞がれてしまった。ドアの前で通せんぼする男の股間に、ある男直伝の蹴りを思いっきりお見舞いする。まさか私が足を出すと思っていなかったのであろう男たちは全員驚いていて、痛みで蹲る男を飛び越え、友達を引き連れて急いで店を出た。
「おい待てゴルァ!!」
必死に走って逃げる。でもやっぱり男の足には敵わなくて、広がっていた距離はすぐになくなってしまった。伸びてきた手から友達を庇ったら、そのまま男に肩を掴まれた。「ナマエ、危ない!」っていう友達の叫び声が耳に入って振り返ると、右腕を振り上げる男が目に映った。あ、殴られる。咄嗟に目を瞑るも、待てども待てども殴られる気配がない。その代わりに聞こえてきたのは、耳に慣れ親しんだものよりも低い、怒りを含ませた幼馴染の声だった。
「誰のモノに手ェ出そうとしてんの?」
恐る恐る目を開けると、殴ろうとしている男の腕を掴んで止めている見慣れた姿があった。彼の目印でもあるタッセルピアスがしゃらりと揺れる。
「ぼ、ボーフーリン!?」
「は、はやと!?」
「やぁ、ナマエ。こんな所で何してるんだい?」
さっきまで冷たい目で男を見ていたのに、私が思わず名前を呼ぶといつものように柔和な笑みを向けてくる。温度差に風邪をひきそう。
「ねぇ。君が今肩を掴んでる子、オレの大事な女の子なんだ。早くその汚い手離してくれない?」
「いでででででで!」
隼飛が男の腕をギリギリと有り得ない方向に捻る。悲鳴を上げた男の手が、ようやく私の肩から離れた。それと同時に隼飛の蹴りが見事男の顎にヒットする。他の男たちも次々と隼飛にやられて地面に沈んでいった。「お、覚えてろよ!」とよく漫画で見たような三下の悪党のような台詞を吐いて、ヨロヨロとこの場から立ち去っていく。その背中を見届けると、幼馴染はニコニコと笑みを携えながら私に近付いてきた。
「無事でよかった。で、ナマエはあいつらと何してたの?」
「は、隼飛こそ、ここで何してるの?」
「オレ?オレは街の見回り。それでナマエは?今度はそっちが答える番だよ?」
「わ、私は……」
笑顔なのに、圧が凄い。今までの経験上、合コンしてたなんて言ったらとんでもない嫌味を言われる気がする。「ナマエが合コン?いつからそんなのにホイホイ付いていくような軽い女になったの?しかもあんな奴らと?頭大丈夫?」みたいな。
目を泳がせながら言い淀んでいたら、隼飛の後方から「蘇枋さ〜ん!!」と、風鈴の制服を来た派手な見た目の男の子が大声で名前を呼びながら走ってきた。
「蘇枋さ〜ん!急に走って置いてかないでくださいよ〜!ビックリしたじゃないっすか〜!」
「ごめんごめん」
「ん?この女の子は?」
「オレの大切な子。可愛いでしょ?ナマエ、オレのクラスメイトのにれ君」
「た、大切な子!?それって蘇枋さんの彼女って事っすか!?」
「いや、ただの腐れ縁の知り合いです」
「えー?ナマエは相変わらずだなー。オレはいつでも彼女になってくれて構わないよって言ってるのにー」
「うるさいこの眼帯野郎」
にれ君とやらが加わって、先程までの重苦しい空気が一変した。友人たちは隼飛に何度も頭を下げながらお礼を述べている。私も彼女たちのように感謝の言葉を伝えるべきだと分かっているのに、隼飛がふざけた発言をするからタイミングを逃してしまった。
「ナマエ!風鈴に知り合いいるなら言ってよ!」
「てか、あの眼帯の人超かっこいいんだけど!ナマエ、紹介して!」
「えええ……」
風鈴高校の人気は凄まじい。ただでさえ隼飛は昔から女の子に人気があって、そのトラブルに巻き込まれたのは数知れず。高校でようやく離れ離れになれたから、こういった面倒事ともようやくさよならできると思ったのに。結局、この幼馴染とは切っても切れない運命なのだと痛感した。みんなこの男のどこが良いんだろう。確かに顔は良いけど、優しそうに見えて実は性格悪いし、人を煽らせたら天下一品だ。何度隼飛から嫌味を言われてそれに地団駄を踏んできたか、みんなに教えてあげたい。
「ナマエ、まだここに用事あるの?一緒に帰ろ?今日の夕飯、ハンバーグだっておばさん言ってたよ?」
ほらね。空気を読めば、普通そんなこと今みんなの前で言わないと思う。友達の目の色が変わる。彼女たちの目が「あんた、彼氏いないんじゃなかったの?」「その風鈴の人とどういう関係なの?」と言っている。コレは明日尋問されるに違いない。ていうか、なんで我が家の夕飯の献立知ってるの?二日に一回は何故か我が家で夕食を共にする幼馴染に、冷ややかな眼差しを向ける。それなのに隼飛には全然効いてなくて、「オレ、帰っていいよね?もう見回り終わったし!」なんてにれ君とやらに聞いている。私の手をガッチリ握って、「それじゃあ!」と爽やかに去ろうとする隼飛の背中に、私の友達の一人が「あ、あの!」と顔を赤くしながら呼び止めた。
「ん?」
「今日のお礼を改めてしたいので、連絡先を教えてくれませんか!?」
「ごめんね。オレ、ナマエ以外の女の子に興味ないんだ」
眉毛を下げながら申し訳なさそうに発言する幼馴染に、ポカンとしてしまった。
教えてあげなよ!私が気まずいじゃん!明日から学校でどんな顔してその子に会えばいいの!
「ナマエと、どういう関係なんですか……?」
「どういうって……」
友達の質問に「んー」と視線を私に向けながら考える素振りをした後に、にっこりと綺麗な笑みを浮かべた顔が近付いてきた。いや、近すぎでは?目を閉じる暇もなく隼飛の顔が目の前に迫って、気付いたら唇に微かな温もりとチュッと聞こえるリップ音。固まる私と周囲の人間に、隼飛だけがいつもの調子で「こんな関係かな!」と口を動かしている。じゃあねー、とヒラヒラ手を振りながら、棒のように立ち尽くしたままの私をズルズルと引きずっていく。今、何をした?
「は、はやと、」
「なぁに?」
「い、いま、なにした?」
「何って、キスだけど。あっ、もう一回する?」
「な、なんで、キスって、」
私の質問にやっと隼飛の足が止まった。
そしてワナワナと震える私に、この男はサラリととんでもない言葉を口にする。
「なんでって……、前から言ってるでしょ?ナマエは俺の大切な女の子だって」
「……は?」
「それなのにどこの馬の骨かも分からないような男に触られて。ほんと頭にくる」
「えっと、」
「そういえば答え聞いてなかったね。ナマエ、あいつらと今日何してたの?」
「ご、合コンだけど……」
「やっぱりそうだったんだ!まぁでも、きっとさっきのキスで君がオレのだってナマエの友達も理解しただろうし、にれ君もきっと広めてくれると思うんだよね。だからこの街の人たちが、ナマエがオレのだって認識するのも時間の問題だと思う。コレでもう君に変な男は寄り付かないだろうし、合コンに行きたくても周りの目があって行けなくなるね!」
「隼飛さん??」
「あとはナマエだけ。オレがどんなに口説いても躱すの、そろそろ止めてくれない?」
ね?オレの彼女になって?
聞いたことない甘い声を囁きながら隼飛の顔がまた近付く。今度は口ではなくて首へと降り注がれた彼の唇が、チューッと音を立てて強く吸い付いてきた。
は??
「はあーー!?」
「うん!綺麗に付いた!」
「あ、あんた何してんの!?」
「何って、キスマーク付けてみた」
たぶん今の私の顔は茹で蛸のようになってると思う。隼飛も「うわ!ナマエの顔、真っ赤!」って笑いながら口にしている。いや、それよりも!なんでキスマーク!?しかもどう頑張っても隠せない位置に付けるあたりが、この男の性格の悪さを物語っている。
「コレでもうナマエはオレのものだね」
「は!?」
「逃がさないよ。ナマエは誰にも渡さない」
笑顔なのに目が笑ってない。
これはもう、どう足掻いたって隼飛から逃げるのは不可能だ。外堀だって埋められてしまった。
隼飛の手が私の髪を撫でる。その手付きはこんなにも優しいのに、やっている事は容赦ない。
ああ、結局助けてもらったお礼を言いそびれてしまった。
でも、黙って私の唇を奪った隼飛が悪い。ファーストキスだったのに、私の了承を得ずに掻っ攫うなんて。泥棒されたにも関わらず、嫌とも思ってない自分にも腹が立つ。むかつくから、もう「ありがとう」なんていってやらない。
幼馴染から彼氏になったらしい男からの二度目のキスを、仕方ないから目を閉じて受け入れた。