2020年は4月に『かいけつゾロリ』(ポプラ社)が12年ぶりのTVアニメ化、7月31日に「科学漫画サバイバルシリーズ」(朝日新聞出版)初のアニメ映画『人体のサバイバル!』が公開、8月14日には人気児童書『おしりたんてい』(ポプラ社)や『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(偕成社)などを劇場アニメ化した『東映まんがまつり』が公開。さらには人気絵本『ティラノサウルス』(ポプラ社)もアニメ映画化――と、児童書発のアニメが次々公開・放映される。
しかし、ゲーム化と海外販売でリクープ(資金回収)をめざすことの多い深夜アニメ、あるいはおもちゃやゲームメーカー主導の玩具連動型キッズアニメと比べて、児童書発のアニメはどうしても売れるものや売り先が少なく、ビジネスとして成立させることが難しいとされ、制作本数自体が相当に限られてきた。
ここに来て続くことになった児童書発のアニメは、ビジネス的にはどんな狙いがあって成立しているのか。そして手がける側の想いとは?
この流れのキーパーソンである、『プリキュア』の産みの親として知られ、『おしりたんてい』『人体のサバイバル!』などでプロデューサーを務める東映アニメーション執行役員・鷲尾天(たかし)氏に訊いた。
子ども向けアニメの減少はなぜ危惧すべき事態なのか
――子ども向けアニメの現状についての鷲尾さんの考えをお聞かせください。
鷲尾 作品の本数がどんどん少なくなってきています。ほんの数年前までテレビ東京では平日夕方1時間、計10本はアニメの枠だったのが、今はその本数もやや欠けてきていると思います。それ以外の局でも放送時間の変更などがあり、新しい作品が生まれにくくなっています。
今、大人向けのアニメを観ているみなさんは、小さいころからアニメを観ているから見慣れているし、思い入れもある。でもキッズアニメが減少しているこの傾向が続くと20年、30年後には子どもも大人もアニメを観る習慣はなくなってしまうんじゃないか。それがこわいわけです。
――『東映まんがまつり』と銘打った興行(劇場作品)が29年ぶりに2019年に復活し、今年もありますが、その意図するところは?
鷲尾 新しい作品の出口が必要なことと、子どもたちの映画館デビューになる興行がほしいという2点です。たとえば『プリキュア』の劇場版は1本の長いお話ですから、もともと興味を持っていないと行きづらく、ほかの作品も観てもらうきっかけも作りづらい。でも『東映まんがまつり』スタイルであれば『おしりたんてい』にしか興味がなかった子でも、同時上映の『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』や『仮面ライダー電王』『りさいくるずー』など他の作品を観て裾野が広がるのでは、と。
児童マンガが減った今、児童書発が有力な選択肢に
――東映アニメーション、中でも鷲尾さんはなぜいま積極的に児童書発作品を手がけておられるのでしょうか?
鷲尾 私は子どものころから絵本や児童書が好きでしたし、そこから生まれたアニメーションも好きでした。ですから今の子どもたちにも見せられたらなあと。『おしりたんてい』以前にも児童書発の『ねぎぼうずのあさたろう』(福音館書店)や『怪談レストラン』(童心社)をやらせていただいて、作品として訴求力があると思ってきました。
われわれが子どものころから最近までは、子ども向けのアニメーションの原作といえばマンガが多くを担っていた気がするんです。でも近年では、未就学児から小学生が楽しめるマンガが昔より少なくなっているかもしれません。
――「ジャンプ」をはじめ「少年誌」は実質的に中学生以上を向いていますし、「小学生に支持されているマンガ雑誌」と言えるのは「コロコロコミック」や「ちゃお」など、かなり限られています。
鷲尾 そうすると今の時代、児童書にもっと注目してもいいのではないかなと。そもそも児童書とマンガの境目が薄くなってきていると思います。例えばマンガだけど学校の「朝の読書」で読んでいい、つまり児童書に近いと思われているのが『科学漫画サバイバルシリーズ』です。科学学習ものとして、「シマウマの縞模様は虫除けのためだ」といった最新の学説が紹介されていながら、ストーリーはハラハラドキドキさせる冒険ものです。
『おしりたんてい』もクライマックスでおしりたんていが必殺技を放つシーンでは絵が劇画調になります。映像にしたときに強く印象が残るものであれば、原作は児童書でもマンガでもいいのではないかと思いますね。
――出版社側ではなく東映アニメーション側から働きかけて成立している?
鷲尾 たとえば『おしりたんてい』はこちらからアニメ化を問い合わせたところ、ポプラ社さんに対して数社からオファーがあったので、コンペでした。
『科学漫画サバイバル』シリーズ(以下、『サバイバル』)は弊社の若手の営業担当者が注目し、イベントや商品化を打診しに朝日新聞出版さんに赴いたところ「アニメ化も検討してほしい」と提案を受け、私の出番となったわけです(笑)。
――そもそもアニメ、テレビ業界には、この20年児童書が好調で新しい人気シリーズが次々生まれているという認識は浸透しているのでしょうか。
鷲尾 うーん、そこは難しいですね。以前、出版社の児童書担当の方から「すごく売れていると思っているんですが、世間では『何それ?』と言われてがっかりしてしまう」と聞いたこともあります。経験的に、子どもたちの流行は半年ぐらい経ってから保護者の間で広まり、そのあと社会や世間で話題になるまでさらに1年から1年半くらいかかる。つまりお金を動かすポジションにいる人たちが人気に気づくまでには相当な時間がかかります。盛り上がるタイミングに時間差があって、大人が気付くころには出版のほうが一段落していたりですとか……。
アニメにするには「人気・知名度」×「商品展開のしやすさ」が求められる
――とするとロングセラー、ないしは継続刊行が見込まれるシリーズでないと映像化企画を成立させること自体の難易度が高い。
鷲尾 『サバイバル』は10年以上前から続く人気作品ですが、ビジネス的な着地点を見つけるのに時間がかかり、映像化するまでに3、4年かかってしまいました。
たとえば民放のテレビ番組としてアニメを作る場合にはスポンサー企業がないと成立しません。テレビ局にとっては視聴率、広告代理店やスポンサーにとっては商品展開が大事です。となるとまず知名度の高さが求められます。すると新規作品よりもすでに人気・知名度があって、過去に実績があるものが選ばれやすい。新規作品では部数が数十万~100万部クラスのものが望ましいとされます。
ところが児童書の部数はマンガと比べると小さいわけです。数万部で大ヒットと言われ、シリーズの累計部数では1桁から2桁コミックスとは違う。
――しかし児童書は図書館から借りて読まれることも多く、刷り部数の数倍から十数倍は読まれています。単純に部数だけで比べると見劣りするかもしれませんが……。
鷲尾 確かに児童書は「回覧するもの」という印象はありますよね。しかしたとえ人気・知名度のハードルを乗り越えたとしても、次に来る問いが「商品展開できるストーリーやキャラクターなのか?」です。児童書にはストーリー性に優れている作品がたくさんありますが、映像化にはビジネスが成立しないといけない。キャラクターグッズ、アイテムなどが展開できる要素が含まれているかと言うと、残念ながらそういう作品は少ないと思います。さらにはお子さんが継続的に「観たい!」と思える、インパクトの強いキャラクターがアニメーションでは望まれます。
――その中で『サバイバル』は児童マンガの主人公らしい、元気で行動力があって、でもちょっと抜けてるジオくんや、医学の知識が豊富なのにいつも振り回されているケイなど、みんなキャラが立っています。
鷲尾 そうですね。『サバイバル』には作品によって主人公が何人かいますが、ジオくんは一番人気だと聞いています。先ほど部数の話を出しましたが、私個人としては部数よりもそういった作品としてのインパクトのほうをまず気にします。
たとえば『おしりたんてい』の強烈さはいわずもがなですね。でも実は『おしりたんてい』も、放送が始まる前にイベントを組んだときは思っていたよりもお客さんに来ていただけず、残念に思っていました。ところが放送が始まると一気に認知が広がった。
――映像にして映えるものであれば、あとから人気は伸びると。
鷲尾 はい。しかし『サバイバル』はストーリーもキャラクターも素晴らしいのですが、商品展開という点では成立させづらいわけです。
――武器を持ったりロボットに乗ったりして戦うわけでも、特定のゲームをやるわけでもなく、キャラクターの数も限られていますものね。
鷲尾 そうです。ですからテレビではなく映画、それも4DX・MX4Dなどで十数館単位でイベント的に上映できたら、と考えました。――「これが話題になれば、そのあと番組も成立するかもしれない」という期待を込めて。それで『サバイバル』シリーズの数ある作品のなかでも4Dにふさわしい『人体のサバイバル』をやることに決まったんです。
――極小サイズに変形する人体探検機ヒポクラテス号に乗ったジオくんとノウ博士が、ジオの友人ピピちゃんの身体のなかに入り込んでしまい、『ミクロの決死圏』さながらに身体中をかけめぐるのが『人体のサバイバル』です。座席が移動したりする4Dにはぴったりですね。
鷲尾 ええ。「最初は小規模でも、時間をかけて育てていこうか」と話していたら、「がんばれいわ!!ロボコン」との併映も決まり(他短編1本)、4D以外に通常の劇場も開けていただけることになったんです。
おもちゃありきの作品と比べると客単価が安いが、長く続けられれば話が変わる
――児童書発だとたくさんの商品展開は見込めないとのことでしたが、『おしりたんてい』ではお台場にグッズを買えるショップを設け、謎解きイベントや舞台をやり、「最強ジャンプ」でスピンオフをマンガ化、歌は紅白歌合戦に出場したほど親しまれています。それでも制作資金の回収は難しい?
鷲尾 正直申し上げまして現時点でまだ完全には黒字にはなっていない状況です。お子さんの間の知名度は圧倒的ですが、ビジネスの拡大にはもう少し時間が必要でしょうね。
――アニソンやグッズ、パッケージメーカーのようないわゆるアニメビジネスの事業者以外に、子ども向けだからこその資金の出し手はいないのでしょうか? たとえばアンパンマンはかんぽの宣伝キャラクターになっていますよね。もっとも、アンパンマンやドラえもんなどを除けばあまり例がなさそうですが……。
鷲尾 幅広い人が観ているという前提があるテレビのバラエティ番組などには、幅広いスポンサーが付きます。ところが慣例的に子ども向けの作品では、お子さん向けとお子さんがいらっしゃる親御さん向けの商品のCMに限られてしまうんです。
――アンパンマンやドラえもんは長く続いて認知度のステージが一段階、二段階上がっているので、幅広いスポンサーが付きやすい?
鷲尾 はい、当社ですと『ワンピース』『ドラゴンボール』(集英社)、『セーラームーン』(講談社)などがそうですね。子ども向けのキャラクターを大手一般企業さんが「使いたい」と言ってくださるまでには時間がかかります。かつての子どもが大人になってクルマや家を買おうと思ったときに起用されるのかな、と。
――ドラえもんのアニメがテレビ朝日で始まったのは1979年、日産「ラシーン」のTVCMに起用されたのは97年でした。つまりおしりたんていも10年、15年続けば話は変わってくるかもしれない。
鷲尾 そうあってほしいと思っています。今では劇場版が「デートムービー」で「大人も楽しめる」と言われている『名探偵コナン』(小学館)も、TV放送初期はスポンサーが少なかったような記憶があるんです。
『ワンピース』も番組開始当初はビジネスで苦心していましたが、10年を越えた頃から大きく拡大しました。粘り強く番組を続けることがいかに大事かということですね。
キッズアニメの海外展開の難しさと児童書発アニメの可能性
――キッズアニメの海外輸出に関してはいかがですか。
鷲尾 けっこうハードルが高いです。というのも昔は子ども向け番組を作っている国、地域はそんなに多くなかったので、日本の作品を多くの国が買ってくださり、『セーラームーン』や『ドラゴンボール』を好きになってくれました。ところがその盛り上がりが広く認識されたことで、今度はそれぞれの国や教育環境に合ったものを自国で作るようになった。ですから今はかつてよりキッズアニメの輸入に対して消極的になっています。
教育観や倫理観の違いもあります。たとえば『プリキュア』はアジアの一部の国を除けば放送されていない。「女の子が暴れるのはよくない」「あの服装が合わない」と言われてしまう。
『おしりたんてい』もヨーロッパでは「この顔はだめ」と言われますが、アジア圏では受け入れられていて、特に韓国では商品展開が日本より多いのでは、というくらい人気です。今度の劇場版も「早く映画館にかけたい」と言われているようです。児童書の映像化に関しては引き合いが強く、9月からTVシリーズの放送が始まる『銭天堂』に対する問い合わせもすでにあります。
一方、日本で玩具展開が成功しているアニメも、玩具は国によって価格の面も安全基準も異なるので、なかなか海外には入りにくい側面もあります。児童書発の作品が受け入れてもらいやすいのであれば、食い込めたときには大事にしないといけないと思います。
――『サバイバル』は韓国発のマンガで、原作はアジア圏を中心に多くの国・地域で人気ですから、アニメも海外での劇場公開や配信を予定していますよね?
鷲尾 これも韓国からの期待値は高いと聞いています。韓国は自国の作品の輸出に関して積極的で、子ども向けの映像も東南アジアなど広い地域で観られています。これからは様々な国と協力してアジア全域で展開していくのもいいんじゃないかなと考えています。
世代を超えた「文化の継続」を見据えて
――児童書発アニメは玩具連動型や深夜アニメのような瞬発力のある商品展開は望みにくいものの、人気が長く続けばナショナルクライアントも起用する国民的キャラクターに育つかもしれず、玩具連動型が入っていきにくい国・地域への進出可能性もある。玩具連動型や深夜アニメを「短距離走者」とすれば児童書発は「長距離走者」ですが、企業としてはいずれも必要、と理解しました。
鷲尾 子どものころに楽しく読んだり、観たりした記憶がある作品には、大人になってからまた子どもに触れさせますよね。児童書では昔からの作品がいまだに増刷されていて、それが世代を超えた文化の継続にもつながっています。そしてキッズアニメを観て育った人たちは大人になってもアニメを愛してくれる、と信じています。
まだタイトルはお話できませんが、目下、児童書原作の作品とオリジナルのキッズ向けを複数企画中です。自分が子どものころに観ていて「あれはいいものだったんだな」と大人になって気づく作品がありますよね。そういうものを今の子たちにも提供できればと思っています。
――最後に、保護者や教育関係者の方にひと言いただけますか。
鷲尾 ずいぶん前のことになりますが、『ふたりはプリキュア』の西尾大介監督に「子どもは放送されたもの、観たものを無条件に100%受け入れてしまう。だからこそ間違ったものを流してはいけない」と言われて衝撃を受けた記憶があります。以来、差別的な表現、弱い者いじめ、残酷に見える映像、食べものを粗末にしている映像などは作らないように強く自戒してきました。保護者や教育者の方にも厳しく観ていただきたいですし、そこに応えられるものを、と思っています。
――鷲尾さんのような志の高い方がいると、子どもに安心して見せられますね。
鷲尾 偉そうに言っていますが、自分が好きなことをやっているだけなんですけどね。「どうしてもおしりたんていのほっぺを揺らしてみたい!」とかね。「ねえ、これ観てよ!」っていうのが、根っこにある動機なんです(笑)。