第108話 美雪と愛(屋上にて)

―学校の屋上(美雪視点)―


「なんで、あなたがいるのよ……。一条愛っ」

 思わず見とれしまうほど美しい顔と憂いの表情。同性の自分が、天使かと勘違いするほどの容姿。嫉妬してしまう。英治のことも含めて、すべて持っている彼女を恨ましく思っている自分がいた。


「天田さんの方こそ、どうしてここにいるんですか? 学校側から謹慎を言い渡されたはずですよね。なのに、制服まで着て、ここにいるのはおかしいじゃないですか」


「それは……」

 こちらのほうが明らかに立場が悪い。だから、言葉に詰まってしまう。


「やっぱり、あなたは自分勝手なんですね」

 そうやって、こちらを断罪するような口調に少しだけ憤りを覚える。


「あなたに関係ないでしょっ!! なんで、あんたがここにいるの。答えてよ」

 思わず言葉が強くなってしまう。彼女は、一息ついて続ける。


「先に謝罪しておきます。あなたが変なことをしないように監視するために、見張りをつけておきました。その見張りからあなたが不自然な行動をしていると報告があったので、ここに来ると思って待ち伏せしていました」

 血の気が引くほど、恐怖を感じた。どうして、そんなことをするほど、私を警戒しているのか。そして、それができるほどの力を持っているほどの後輩の力が怖くなる。


「なんで……」


「自分の胸に聞いてください。あえて、ここまで来たんですから、私もあなたが何をしようとしていたのか分かりますよ」

 なんで、なんで、なんで。

 あなたみたいに恵まれている人に、母子家庭の辛さや今の私の苦しみ何て理解できるはずがない。なんで、死なせてくれないの。私には、死ぬ自由もないの?


「黙って。あなたみたいに恵まれている人に私の気持ちなんて理解できるはずがない」

 彼女は、軽蔑した目をこちらに向けてくる。


「たしかに、そうかもしれません。でも、あなたは結局、ずっと自分勝手なんですね。どこまで、悲劇のヒロインを気取れば、気が済むんですか」

 その言葉に心がズタズタになる。


「こっちの気持ちも知らないで、上から目線で、説教なんてしないで!」


「そうはいきませんよ。あなたがここで自殺したら、英治センパイが傷つくってこと理解できてますか。ずっと一緒にいた幼馴染に浮気されて、裏切られた上に、自分勝手に心を傷つけるほどの資格があなたにあるんですか。どうして、あんなに優しい人たちの近くにいたはずなのに、そんな簡単なことも分からないんですか。どこまで自分勝手に動くつもりですか。英治センパイの恋人だったんだら、少しは彼のことを考えてあげてくださいよ。どうして、あなたに、彼の未来を傷つける資格があるんですか。一生の傷をどこまで広げたら気が済むんですか。結局、あなたは英治センパイのことを愛していなかったんじゃないですか」

 その悲痛な言葉に、思わず自分の信念が崩れ落ちるように感じられる。


「そんなことない……私は、英治のことを……」

 だが、慈愛に満ちた天使は、私の自己保身すら簡単に超えて、英治への愛をぶつけてくる。


「じゃあ、なんでそんなに英治センパイを傷つける選択肢を取ることができるんですか。結局、天田さんは、自分のことしか考えていないんですよ。だから、周囲の人を傷つける選択を平気で取れるんです。英治センパイやセンパイのお母さんが、実の家族のように思っていた女の子に裏切られて、どれほど傷ついたか本当に理解しているんですか。あなたのお母さんは、そんなことをさせるために、あなたをここまで育ててくれたんですか。それも、女手一つで。あなたが、今の場所から一歩でも進めば、皆のことを傷つけることになるんですよ。勝手に死ぬなんて許されません。あなたには、自殺を選ぶ権利なんてない。その資格もない。いい加減に他人に甘えるのやめてくださいっ!!」


 本当のこと言われて、心はぐちゃぐちゃになっていく。でも、引けない。引くわけにはいかない。この場所から逃げるためには。


「うるさい、うるさい、うるさい。人の気持ちも知らないで勝手なこと言わないでよ」


 でも、彼女は私をさらに否定する。


「あなたこそ、私の何を知っているんですか。私はあなたのことを必死に調べました。でも、あなたは私のことを知ろうともしていない。彼のことだってそう。英治センパイのことがなかったら、あなたの自殺なんて止めるわけがない。どうして、あなたみたいな自分勝手な人が、他人を平気で傷つけるのか理解したくもない。どうして、優しかった私のお母さんじゃなくて、あなたみたいな自己中心的な人が生きているのかわからない。勝手に人のことを恵まれているなんて無責任に言わないでよ。私の今までの人生、代わってくれるの?」

 その迫力に満ちた言葉に、学園のアイドルみたいな浮ついた少女はいなかった。今を必死に生きている人間の言葉そのものだった。そして、自分の浅はかさを無理やりに自覚させられる。


「それは……」

 思わず言葉に詰まる。


「結局、あなたは逃げているだけ。優しい周りの人たちに甘えてるだけ。それが、どんなに恵まれているのか、知らないで駄々をこねているだけ。いい加減にしてよ。1週間前。私はここで死のうとしていました。その、絶望した私に、温もりを与えてくれたのは、英治センパイです。彼は、自分の身の危険すら顧みずに、私を救ってくれた。そんな優しい人の尊厳をこれ以上踏みにじるのは許しません。あなたに、そんな資格なんてないっ!!」


 あまりの迫力と自分自身の浅はかさにその場に崩れ落ちてしまう。

 知り合って1週間の女の子に、幼馴染への理解度が負けてしまった自分の情けなさを自覚させられながら、力なくその場に崩れ落ちた。下の階から、数人の教師がやってきて、私の腕をつかんでいた。それすら、気づかずに、私は泣き崩れることしかできなかった。

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