第106話 近藤議員の奇声
―近藤議員視点―
自分の破滅が迫っているのに、何もすることができない。支部長室に閉じこめられて、あとは社会的に殺されるのを待つだけ。
逃げることすら許されない。どうすることもできない。自分の無力さを痛感させられる。生殺与奪の権利をすべて他人に握られている弱者。今まで軽蔑していた弱者とは、自分だったことに気づいてしまう。
ただ、虎の威を借りる狐だったんだ。個人としての力はほとんどなかった。社会的な死を目前にして、無理やり自覚させられる。
無力感と焦燥感と絶望感。心が壊れてしまう。
心がぐちゃぐちゃになりすぎて、どこか他人事のように思う。なんだか、おかしくなってしまう。笑いが止まらない。一瞬、職員がドアを開いてすぐに閉じた。
「もう、俺は破滅だ。笑いたければ、笑えよ。このまま、すべて失うんだ。いやだ、いやだ、いやだ」
自分が自分ではなくなってしまった恐怖を感じながら、心と今まで積み上げたものが崩れ落ちていくのを自覚していく。
「こうなったら全部、暴露してやる。俺が知っている秘密を全部なぁ」
絶叫しながら、呼吸が苦しくなって、ソファーの倒れ込む。目がちかちかしているが、時間だけは無慈悲に過ぎ去っていく。処刑執行まで、あと1時間をきっていた。
※
―支部長視点―
近藤が泣き叫んでいる。本当にあの精神状態で会見ができるのか心配になってきた。そんな時、スマホが鳴った。
表示される名前を見て、全身に緊張が走る。
すぐに、通話に出る。
「こ、これはこれは、幹事長。どうされましたか?」
相手は、中央の超大物だ。政権与党のナンバー2。
「近藤市議の件で電話しました。総理やスポンサーたちもかなり気にしていますよ。大きなニュースになっていますからね。市議という立場上、党の方とは深く関連付けて報道されていないのが唯一の救いでしょう。しかし、今回の騒動は……長く続けばこちらに傷がつくかもしれません。あなたの責任で、すぐに、終わらせてください」
理知的ながら、容赦のない冷たい声。対応するこちらが泣きそうになる。
「その件は、ご指示の通りにさせていただきます。会見の場は、抑えました。準備は整っています。しかし、彼の精神状態が非常に……このままでは何を口走るかわかりません。大丈夫ですか?」
しかし、幹事長は声のトーンすら変えずに、冷たく言い放つ。
「別に構わないでしょう。しょせん、自分に力があると勘違いしたひとりの市議が暴走しただけです。途中で泣き叫んで、ネットのおもちゃにでもなってもらった方がこちらとしても都合がいいです。彼に議員の資格がなかったと多くの人がわかってくれますからね。私は、むしろそれを望んでいます。彼が自暴自棄になって、何か暴露したとしても、しょせんあの男の持つ情報のレベルは、たかが知れている。何もできませんよ。すでに、警察の方には手を回しております。これ以上、余計なことをされる前に、会見が終わったら、党を除名して、脅迫容疑で逮捕し留置場へご案内しましょう。できる限り早く動けば、世論もこちらに理解してくれるはずです。ネット上では、近藤市議は上級国民だから逮捕されないなどという言説もでているとか。だからこそ、スピード重視で対応した方がインパクトを与えられます」
「ひぃ」
あまりにも手際が良すぎる。背筋が冷たくなるのを感じた。
「不祥事を起こした政治家が入院するのはよくありますが、あの程度の男なら警察に逮捕させてしまったほうが確実です。それよりも、支部長。ずいぶん、ひどい人選をしてくれましたね。今回の件では、あなたにも腹を切ってもらわないといけなくなるかもしれません。その場合は、
失敗したら次はないぞ。そういう暗に脅されて、手が震えてしまう。
通話は終わっているのに、伸ばした背筋だけはなかなか戻すこともできなかった。
近藤の今後は、もう真っ黒だな。
奇声を発している隣の部屋の勘違いした男の末路が近いと考えると、やるせない気持ちになる。しかし、失敗は許されない。道化には、愉快に踊ってもらわなければ、自分に明日が来ない。
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