第100話 部長の絶望と幸せな約束
その小説をスクロールしながら読んでいく。
少し前に読んだだけだから、詳細は覚えていないけど、ストーリーはまさに、英治君の小説と同じだ。つまり、この小説は彼の作品ということ。
投稿からほとんど時間が経ってないはずなのに、恐ろしいほどの勢いで数字が伸びている。彼の才能が表に出てしまった瞬間だった。この小説は面白い。最初に読んだ時にすぐに分かってしまった。これを後輩が書いたという衝撃と嫉妬は、今でも残っているし、この結果を見て、それはさらに燃え上がってしまう。
違う、違う、違う。こんなのって。どうして、彼をつぶすために、動いたのに。どうして、皆が彼を誉めるの?
一通り読んで、小説好きとして、すなおにこの作品の面白さを認めてしまう自分に自己嫌悪すらおぼえる。小説家という才能で完敗したことを自分で認めることになる。それも年下の後輩に負ける。今までずっと同世代で一番を取っていたはずの自分よりも、はるか先に行ってしまった。置いていかれてしまった。
見たくはない。でも、他の人が彼をどう評価しているのか。どうしても、気になってしまう。
※
「これが初投稿作品ってマジですか!? 大物ルーキー降臨だ」
「いや、この完成度はきっとプロの別名義だろう」
「高評価不可避」
「マイナー分野でこの閲覧数と感想欄。これは祭りだ」
※
ほとんどが英治君への賛美で埋め尽くされていた。
世間は彼のことを正しく評価している。この結果なら、出版社が動く可能性だってある。
作者のペンネームは、シンプルに「えいじ」だった。
認めたくない。認められない。こんな現実、誰が認めるもんですか。
すぐに、小説のデータフォルダを漁って、最近書いた自信作を同じ投稿サイトにアップロードする。
こうなったら、この作品で英治君の小説を超える評価を獲得する。
そうしなければ、もう自尊心が崩壊する。
悲痛な気持ちで、自分の今までの人生をかけてがんばってきたものをすべて賭ける。
これが自分の破滅への入口だとも知らずに。
※
―エイジ視点―
遅くなってしまったので、一条さんを送っていくことになった。
あの後は、もうみんな笑顔に包まれて、幸せな時間だった。俺のいじめ問題で、かなり精神的に疲れていたんだと思う。みんな、安心してるんだよな、きっと。
「ありがとうございます、先輩。送ってもらって」
「いいよ。一条さんのおかげで、小説もうまくいったんだし」
「なにもしてませんよ。全部、先輩の実力です。私の目にくるいはなかったですね」
そう言って、彼女は笑いだした。
「本当にありがとう。たぶん、原稿を救いだしてくれなかったら、俺書くことやめてたと思う」
「そうですか。少しでも、恩を返せたならよかったかな?」
「今度しっかりお礼をさせてくれ。ケーキでも食べに行こう」
そういうと、後輩は少しいたずら好きな笑顔で言う。
「デートのお誘いですか。嬉しいな。なら、オシャレしていきますね」
ストレートにからかわれたせいで、体温が急激に上がる。何も言い返せない俺に対して、彼女は満足そうにうなずいて続けた。
「夕食会楽しかったです。あんな温かい世界に、自分が戻って来れるなんて思いもしませんでした。本当に、先輩のおかげです。小説を取り返してきたくらいじゃ、足りませんよ。でも、ひとつだけワガママ言ってもいいですか?」
その言葉の節々に、一条さんの孤独がにじみ出ているように感じられた。
先輩としてできることは、それに力強く答えるだけだ。
「もちろん」と。
「これからも、今日みたいな素敵な思い出をたくさん作ってくださいね、一緒に」
彼女はほんのり目に涙を浮かべていた。
「うん、約束する」
考えるまでもない。すぐに返事が口から出ていく。
「ありがとうございます。これからも楽しみにしています、約束ですよ?」
指切りをして、微笑み返す。この幸せな瞬間が永遠に続けばいいのに。お互いに同じ気持ちを抱えながら、心地よい余韻も共有し、俺たちはゆっくりと歩いていく。
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