第95話 幼馴染の帰路

―美雪視点―


 逃げ出すように学校から帰る。いつもなら放課後のおしゃべりを楽しむはずなのに、友達はもういなくなった。当たり前だ。自分の嘘のせいで、皆に迷惑のレベルを超えた実害を与えてしまったんだから。


 さっきからSNSの通知が鳴りやまない。さっきおそるおそる確認したら、誰かの捨てアカウントで、罵詈雑言が書かれていた。


「嘘つき女」

「保身のために幼馴染を捨てた最低の浮気女」

「ビッチ」


 そんな言葉が書き連ねていた。当たり前だよね。全部本当のことだもん。

 高柳先生には、すべて話した。どういう経緯で、私が近藤さんと知り合ったのか。どういう流れであの暴力事件が起きたのか。そして、私はなんであんな陰謀みたいなことに加担してしまったのか。彼とはどんな話をしていたのか。近藤さんと警察に補導された話も。


 私のせいで英治が自殺しようとしていたことを知ったことも。

 全部、きちんと伝えた。本当なら、1週間前のいじめが発生した初日に伝えるべきだったのに、私はそれができなかった。本当に自分は最低だと思う。


 英治は、何も罪のない状態で、こんなに苦しい時間を過ごしていたのかと思うと、本当に申し訳なくなるし、泣きたくなる。私は自分のせいで、こうなっているから仕方ない。でも、彼はえん罪のせいで、周囲が全員敵になっていた。どこを歩いていても、敵意と嘲笑に囲まれているように感じてしまう。生き地獄。そんな場所に、彼を追い落としてしまった。


 謝っても許されることじゃない。

 同じ環境になって、それが本当によくわかった。


 あの日。私は英治に暴言を吐いた。彼は優しくていつも私を一番に考えてくれていたのに、暴力を振るうストーカーだと言ってしまった。それを思い出しただけでも、死にたくなるくらい悲しい。


 あの時の自分は、精神状態がおかしかった。

 てんびんにかけるべきは、英治と過ごした10年以上の期間をかけて築き上げた大事な思い出と、自分のちっぽけな虚栄心。どちらを取るべきかなんて、今ならすぐにわかる。英治は、優しい。だから、あんなひどいことを言ってしまった自分に対しても、幼馴染として築いた大切な思い出を傷つけたくないと言ってくれた。


 本当に、なにからなにまで自分は劣っている。

 人間性も、周囲からの人望も……うわべだけの優等生だった自分と、本当に何から何まで全然違う。必要な時に、周囲の人は英治を助けるために奔走していた。私は、誰にも助けを求めず、英治の助けになろうとしなかったから、もう誰も味方はいなくなった。


「英治は、ずっと人のために動いていたもんね。当たり前だよね」

 この街に引っ越してきたとき、最初にできた友達は彼だった。お父さんが、私たちを置いて出ていった。お母さんは、子育てがしやすいこの街を新天地に選んだ。泣いてばかりいる自分に、最初に外の世界の楽しさに気づかせてくれたのはやっぱり、英治だった。


 人のために一生懸命になれる彼が報われるのは、当たり前。自分は、埋められない心のすき間を無理に埋めようとしすぎたんだと思う。英治は優しいから、私のことを大事にしてくれていた。


 私は急ぎ過ぎたんだ。


 ありえたはずの未来と、大事に築いてきた思い出。そのふたつの幻想が、今後の人生の永遠の重荷に変わっていくのを自覚しながら、すべてを失った帰路に就いた。深い後悔だけを残して。


 ※


―○○テレビの動画配信チャンネル―


「次の特ダネです。我々は、とある市議会議員の男性が、子供の暴力行為を隠ぺいするために、子供の通っている高校と被害者家族を脅迫する音声データを手に入れました。市議は、息子の犯罪行為をもみ消すために、広範囲に圧力をかけていた模様です。音声は、過激な発言が出ます。ご注意ください。また、個人情報保護のため、一部音声に加工をほどこしております。では、お聞きください」


 ※


テロップ:市議会議員と思われる声


「息子は、大学進学を控えた大事な時期です。スポーツ推薦も考えておりますし、先方の大学も良い返事をしてくれています。たかが、子供の喧嘩です。その程度の些細なことで、お互いに大きな不利益を受けることは避けた方がいいのではないかと」


「穏便に済ませてくれませんか。こんなトラブルが表になれば、先生方の評価や今後の入試の受験者数だって、悪化します」


「○○先生、これはビジネスの話だと考えてください。あなたたちが、黙っていてくれれば、今後、私はあなたたちにも便宜をはかります。それとも、私を敵に回して、ずっと冷や飯を食いたいのかな?」


テロップ:対応する教職員と思われる声


「たかが、子供の喧嘩だとっ!? 恥を知れ、恥をっ!! あんたの息子さんのせいで、一人の高校生の未来がメチャクチャになるところだったんだぞ」


 ※


テロップ:市議会議員と思われる声(被害者家族に向けて)


「△△さん。私は、市議と××業を営んでおります。できれば、物事を穏便に済ませておきたいのですよ。これはひとりごとです。このお店は、亡くなった旦那さんが残した大切なお店ですよね。だから、大ごとにしない方がいいですよ。私が本気をだせば、こんな店、どうすることだってできるんですから」


 ※


「これはひどいですね。今どき、ここまで勘違いした市議会議員の人がまだいるんですか。驚きです。この前のニュースで若い高校生たちが、人命救助を頑張っていたのに。失礼しました、思わず同じ子を持つ親として、不適切な言葉が出てしまいました。このニュースの詳細は、明日の朝の報道番組で詳しく取り上げる予定です」

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