第93話 高柳と遠藤

―遠藤視点―


 理科室で実験の準備をしていたところで、高柳先生がやって来た。

 このタイミングだ。青野君の化学の補習についての打ち合わせか。それとも、近藤関係の話か。どちらも考えられる。


 俺は、ある意味で罪を犯した。だから、罰を受ける覚悟はしている。高柳先生は、青野君のために奔走していた。彼に罰せられるなら本望だ。もし、バレているのであれば、言い訳はしないつもりだ。


「ええ、大丈夫ですよ。といっても今日は自分しかいないので、ここでいいですか?」


「ああ、もちろんだ」

 先生は優しく笑った。


「こういう時は、ビーカーでコーヒーでも淹れた方がいいですかね。理科の実験っぽくて」

 そんな冗談を言うと、先生は笑う。


「たしかに、ラノベとかではそういうシーン多いよな。でも、今日は缶コーヒー買ってきた。カフェオレでいいか?」

 その有効的な態度に少しだけ安心する。


「ありがとうございます。いいんですか、教師が生徒に?」

 そう言うと先生は笑う。


「黙っていればわからないよ。青野の件で、遠藤にはいろいろ協力してもらうからな。ちょっとしたお礼だ」


「俺、焼肉が食べたいですね」

 そう言って少し冗談を言うと、先生は「バカ言うな」と笑う。


 そして、俺は先生の反応からすべてバレていると悟った。神経が鋭敏になっているから、反応でわかってしまった。


「それで話って?」

 もう覚悟はできている。今井のおかげで、覚悟はできている。たとえ、ここで処分されたとしても、俺は前を向いて歩いていける。高校を退学になったとしても、勉強を頑張って、高卒認定試験を受けて、大学に進学する。近藤とエリの呪縛は、ここで断ち切る。


「いろいろとお礼を言いたくてな。そして、謝罪も」

 先生は思わぬ言葉を告げる。


「謝罪? どうして?」


「当たり前だろ。生徒が苦しんでいたのに、今まで気づくこともできなかった。遠藤。本当にすまなかった。たぶん、キミをかなり追い詰めてしまっていたと思う。もっと早く、気づくべきだったよ。本当に申し訳なかった。遠藤には、近藤やサッカー部の件でひとりで抱え込ませてしまった」

 思わず、感情が揺さぶられる。中学の時の担任ですら、ここまで真摯に接してくれなかった。


「どうして……どこまで気づいているんですか、先生は……」


「今回の件で、遠藤が裏で動いていると気づいたのはつい最近だよ。近藤たちの写真が学校に届けられた時、この撮影者は近藤に強い恨みを持っていると分かった。おそらく、サッカー部への揺さぶりにも動いていたんだろう。自分の人生を賭けてまで、青野のために動こうとしていた。写真が撮られた日に休んでいる生徒で、青野と近藤どちらにも接点がある生徒を調べたら、遠藤がでてきた。経歴の件もあるからな。たぶん、お前はバレることも考慮して動いていたんだろう。最悪の場合、自分を犠牲にしてでも、近藤を追い詰めようとして」

 さすがだと思う。近藤もしくはサッカー部が、俺のことを突き止めて報復に来るところまでが、俺の計画だった。実際に暴力事件を誘発させて、あいつらを言い訳もできない状況に追い込む。捨て身の作戦だ。あの自己顕示欲が強い近藤なら、絶対に復讐を考えるはず。


 もうすぐ最終段階というところで、学校は近藤たちの処分に踏み切った。このスピードは意外だった。


「遠藤の計画はうまくいっていたよ。実際に、日曜日に数人のサッカー部員が、学校側に自白した。いくつかの音声ファイルやSNSのメッセージ履歴と一緒に。遠藤が動いて、サッカー部を動揺させたからこそ、学校はこんなに早くサッカー部への処分ができたんだよ。ありがとうな、青野のために動いてくれて」


「違います。俺は、青野君のためじゃない。自分のためだけに動いた……それだけです」


「そんな風に自分をおとしめるな。もし、近藤に対して個人的な恨みだけで動いていたら、もっと早く動くこともできていたはずだ。だが、お前は青野のために動いたんだろう。だから、このタイミングで自分すら犠牲にしようとした。違うか? その言い訳だって、青野に負い目を作らないように言っているだけだろ」


「……」

 どこまでもこちらに寄り添おうとしてくれる先生に、どうしようもない気持ちになる。もっと早くきちんと話したかった。中学の時に、高柳先生と出会えていれば、俺の人生も変わっていたかもしれない。


「だから、これ以上は動くな。手を引いてくれよ、遠藤。大人を頼ってくれ。頼りないことはわかっている。でも、遠藤の未来を犠牲にしてまで、ひとりで抱え込まなくてもいいんだ。お前は今まで頑張って来たんだから」

 本当にこの先生は……


「ありがとうございます。先生に、こちらが集めていた資料も託したいと思います。どんな処分でも受け入れるつもりです」

 これで肩の荷は降りた。あとは、先生に引き継ごう。


「それはありがたいな。だが、処分って何のことだ?」


「えっ、だって……」


「たしかに、ずる休みしたことは褒められたことじゃないが……写真の件は、間違えて落としただけだろ。たまたま、サッカー部の部室の前にさ。落とし物をしただけの生徒に処分なんかできないだろ」

 その言葉を聞いて、思わず感情が爆発した。落ち着こうとして飲んだカフェオレは、甘くて苦かった。


 ※


―警察署―


「堂本さん。さっきの近藤っていう高校生の所持品どうしましょう。一応証拠になりますかね。暴行事件の件もあるし。それに、あいつのスマホ壊れていて、動かないんですよね」

 部下が相談してくる。


「なら、解析に回してくれ。警察が動いていると知ったら、誰かがメッセージ履歴を消去したりしてるかもしれないし、動かないのはむしろラッキーだったかもな。データ吸い出せば、隠ぺいされる前のデータが取り出せる」

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