第79話 高柳と天田
―保健室・高柳視点―
2限に授業が入っていなかったので、俺は三井先生と一緒に保健室で、天田が目を覚ますのを待っていた。
かなり顔色が悪い。ろくに食事も睡眠もとれていない様子だな。
それはきっと罪悪感から来るものだろう。
1学期までの天田と青野は本当に仲が良かった。それがここまでこじれてしまったのは、二人を見てきたものとしてとても悲しかった。
「ここは……」
10分ほどで天田は目を覚ました。
まだ、調子が悪そうだ。
「保健室だよ。全校集会で貧血で倒れたんだ。だいじょうぶか、体調は?」
俺の言葉をうまく理解できていない様子で、顔色はさらに白くなる。
「英治は? 英治を止めなくちゃ。死んじゃう。わたしのせいで」
明らかに錯乱した顔で、ベッドから飛び降りようとした彼女の身体は、ふらついていた。あわてて、三井先生と一緒にベッドに戻す。
「落ちつけ。青野なら今は校長先生と一緒だ」
そう言うと何が起きたのかわからないような顔をして、泣き出してしまった。情緒が不安定すぎて、危険だな。無理に情報を聞き出すことはできないかもしれない。
「そっか。そっか。そっか。夢か」
まるで壊れたおもちゃのように語る天田が痛々しかった。
「大丈夫か」
「はい……」
彼女は明に俺の顔を見て動揺した。
なにか覚悟を決めるような仕草でしたを向いて、ぶつぶつと言葉が途切れて話す。
「天田。ここで聞くべきではないかもしれないが、俺に言うべきとはないか?」
さきほどの最後通告の件もある。あのタイミングで倒れたということは、もうそういうことだろう。
「あり、ます」
彼女は崩れ落ちそうになりながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「私は、近藤先輩と浮気しました……英治をうらぎり、ました。英治にばれた時、全部失うのが怖くなって、先輩の言うとおりに……彼が私に暴力を振るったとでっちあげることに協力して……しまいました。彼は私の肩にさわったくらいだったのに。そして、英治を孤立させて自殺寸前まで追い込みました。全部、全部、私のせいです」
青野が自殺を考えていた。その衝撃的な告白に思わず絶句してしまう。
そして、天田ほどの優等生が教師にまで嘘をついて保身に走っていたことへの失望も自覚する。いや、これは自分勝手な考えかもしれない。もちろん、彼女が嘘をついていたことなんて、理解していた。だが、実際に本人の口からそれを告げられるのは衝撃が大きい。
「そうか……やはり、あの時も嘘をついていたんだな?」
「は……い」
天田はゆっくりと頷く。
「天田。どうして、そんなことを……青野が死んでいたら、取り返しのつかないことになっていたんだぞ。いや、今の状態でも取り返しはつかない。たとえ、天田が罪を認めて謝罪したとしても、それを信じない人間がいるかもしれない。青野の傷ついた評判はなかなか消えない。下手をすれば一生、背負わせてしまう傷になる。お前は、軽い気持ちだったのかもしれない。だけどな、それは人間が一番やってはいけないことの一つなんだ」
もう擁護はできない。
「今回の件で、いろいろ調べた。えん罪のでっち上げはまごうことなき犯罪だ。仮に学校側がお前たちの言い分を信じたら青野が退学処分になっていた可能性だってある。わかるよな?」
俺も法律の専門家でない。しかし、いくつかの事例やニュースを調べた。例えば、芸能人のフェイクニュースを流して誹謗中傷した犯人が、名誉棄損などで警察に逮捕されている。天田もそうなる可能性が高い。
「わかります」
「こんなことをすれば、最悪警察に逮捕される可能性だってあるんだぞ。どうして、一生を棒に振る選択をしたんだ……」
教え子を救ってやれなかった後悔と裏切られた怒り。それを彼女に向ける。できることは、彼女が直接警察に逮捕されることを防ぐくらいだ。親御さんや友達の眼前などで逮捕されるのはショッキングすぎるから。それを幾分か和らげることができるくらい。
「私、このあとどうなるんですか……」
彼女は弱々しい声でこちらに聞く。明確な犯罪を起こしてしまえば、停学か退学という厳しい処分になるだろう。それも今回は無実の青野を貶めて、いじめまで引き起こしている。
「かなり厳しい処分になると思う」
それだけしか伝えることはできない。仮に、このまま学校に残っても、彼女はつらいだろうな。だって、級友たちからは責められる。どうして、自分たちをだましたのかって。そもそも、悪質な暴言を吐いたり、いじめを助長した生徒たちには首謀者ほどではないが、それ相応の処罰をする方針で動いている。SNSのログはできる限り青野に保存させているから。処罰を受けた生徒は、大学への推薦入学の道などを失うことになるだろう。噂に踊らされて、青野に実害を与えてしまった者たちは最悪退学になる。
そして、一番の被害者の青野には一生消えない心の傷を与えてしまった。
そんなことをして許されるわけがない。近藤と天田は、多くの人間の人生をゆがめてしまったんだ。
「いやあああぁぁぁぁぁあああああ」
断末魔のような激しい悲鳴が聞こえる。
あとは、三井先生に任せるしかない。
俺は保健室を後にしようと廊下に向かう。
「あの時、あの時、彼女が私に先輩を紹介しなければこうはならなかったのぃ」
あとから思えば何か勘のようなものに突き動かされたんだと思う。
この言葉が黒幕に迫る手掛かりとなったのだから。
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