第78話 英治と校長先生

 全校集会の後、俺は空き教室で校長先生の英語の授業を受けることになっていた。正直に言えば、今までは英語は苦手だった。発音がうまくできないし、国語ならスラスラ読めるはずの長文が、英語だとスピードが遅くなってしまってストレスが溜まるから。


 でも、校長先生の英語の授業はとてもおもしろい。先生は旅行が趣味で、長期休みにフィリピンやオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダなど英語圏に旅行に行くことを趣味にしているのもあって、使える英語をいっぱい教えてくれる。


 この前の補習の時はおもしろい話をしてくれた。


「自分はね、アメリカのウィスキーが好きなんだよね。知っているかい? ウィスキーの本場はイギリスのスコットランドで、スコッチウィスキーって呼ばれているけど、スコッチウィスキーとかアメリカのウィスキーでは綴りが違うんだよ。WHISKYとWHISKEYってね。これはアメリカのウィスキー製造者がアイルランド系移民が多かったのが理由となっていて、アイルランド人は世界で最初にウィスキーを作ったという自負もあって、スコッチウィスキーとは違う綴りを使っているんだ。日本の場合は、スコットランドのウィスキーをお手本に作ったから、スコットランド式の綴りを使うんだよ。おもしろいだろう? こういう風に、同じ言語でも使う場所で、単語のとらえ方は違うんだよ。そこには、歴史が根差しているんだ。そういう裏のテーマまで理解すると英語は上達が早いんだよ」

 学校教育とは別のレベルで、先生は英語を理解していた。英語なんて日本にいる分には使わないなんて悪態をついていた自分には価値観が変わるくらいの衝撃を受けた。


 それ以来、英語の勉強が面白くなっている自分に気づく。母さんが契約しているサブスクで英語のドラマを見たりして、リスニングの練習をするのが日課になっていた。


 そして、校長先生が教室に入ってくる。


「青野君。授業を始める前に少しだけ雑談してもいいかな?」

 先生はいつもの笑顔で授業を始める。


「はい」


「まずは、土曜日の件だ。さきほども話したけど、本当に誇らしい。キミには我々がいたらないせいで辛い思いをさせてしまった。にもかかわらず、キミは腐らなかった。辛い現実と戦うことを選んだ。それだけでも、素晴らしいことだと思う。だが、キミは大人の想像を超えるほど素晴らしい人格者だ。人が苦しんでいる姿をみたら、迷わずに手を差し伸べることができた。自分が辛い状況にもかかわらず、それができる。きみのような立派な生徒はなかなかいないだろう。教育者としてこれ以上、嬉しいことはないよ。僕は、来年定年だけど、キミのような生徒と最後に出会うことができたのは幸せだと思う。ありがとう」

 校長先生は深々と頭を下げる。


「いや、俺だけの力じゃないですよ。戦えるのは友達や先生たちが支えてくれるからで。それにあの場所には、救急車を呼んでくれたおじさんや看護師の人が助けてくれたからできたんです。それにAEDを持ってきてくれた一条さんも」


「本当にキミたちは……さきほど、一条さんにも同じことを言われたよ。お互いに相手のいいところを挙げて、自分のことは謙虚に受け止める。仲睦まじいな」

 そう言われると少しだけ恥ずかしいけど、好きな人とお似合いと言ってもらえて嬉しくならないわけがない。


 顔を少し赤くすると、先生は微笑んだ。


「消防は今日の放課後に学校に来てくれるそうだ。それまで勉強をがんばろう」

 楽しい英語の時間が始まった。

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