(中条省平のマンガ時評)「ガロ」以降も先鋭的、林静一の軌跡

 1968年は、フランスで五月革命、日本で東大闘争が起こるなど、世界中で学生や若者があらゆる政治的・社会的制度に反逆をおこなった年です。日本のマンガ界にも革命的な変化が起こりました。雑誌「ガロ」に依拠したつげ義春、佐々木マキ、林静一が、その「革命」の主要な担い手でした。

 なかでも林は、代表作『赤色エレジー』から歌が作られてヒットしたため、その後の「神田川」などいわゆる「四畳半フォーク」や、マンガ『同棲(どうせい)時代』の先駆という位置づけが与えられてしまい、マンガの技法の過激な実験的側面がかすんでしまいました。

 私はそのことがつねづね残念でならず、四方田犬彦(いぬひこ)氏と一緒に編んだ『1968[3]漫画』や、『現代マンガ選集 表現の冒険』といったアンソロジーに、「ガロ」に載った林のマンガを再録して、賞揚(しょうよう)しました。

 しかし、そうした評価の仕方ももはや古い紋切り型ではないかと感じさせる、鮮烈な林静一復権の書物が現れました。『林静一漫画術』です。

 これは、亜蘭(あらん)トーチカと川勝徳重という若い先鋭的なマンガ家が、林に長時間の濃密なインタビューをして、彼のマンガ人生を跡づけた大著です。

 そして、林のマンガの独創性は「ガロ」の時代にとどまらず、むしろ「ガロ」以後の72年から21世紀初めにかけて先鋭化した、という野心的な主張をくり広げています。

 この本には、いまでは容易に読めなくなった林の傑作が6作収録されていて、とりわけ、オールカラーの「花に棲(す)む」「M光影」「光あれ」、そしてモノクロの「鱗粉(りんぷん)」の4作を見れば、彼の唯一無二の個性を実感することができます。

 「花に棲む」と「鱗粉」は、精神の平衡を崩した母親と林の生活を題材にした私マンガ的な作品です。母と息子という人間関係の最も秘(ひそ)かな底に踏みこみながら、その呪縛のなかで、マンガというメディアの方法的可能性を冷徹に探る作家の異能を発揮しており、驚嘆のほかありません。

 林がマンガ家以前にアニメーターであり、92年に最初期のフル・デジタル作画のマンガ(『夢枕』)を発表するなど、テクノロジーの革新を創造の原動力にしたことも、本書の重要な論点です。資料も充実していて、未来の林静一論の確かな基礎となるでしょう。(学習院大学名誉教授)

 ●『林静一漫画術』 林静一、川勝徳重、亜蘭トーチカ著 全1巻(セミ書房)

 ◇毎月第2木曜日に掲載します。

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連載中条省平のマンガ時評

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