BOOWYにまつわる噂のエトセトラ Vol.3 ~ 氷室氏のソロ曲を布袋氏が「3日で作れる」とdisったという噂 ~
氷室京介氏の「SUMMER GAME」を布袋寅泰氏が「あんな曲ならば3日で作れる」とdisったという噂
よく言われる氷室氏と布袋氏の不仲説の根拠の一つ。
これ、Wikipediaにはっきりと(Wikiでは「あんな曲ならばいくらでも作れる」だが)書かれてしまってるんですよねぇ…。
でも、どこで言ったかなどのソースは書かれてない。同じく不仲説の根拠として併せて書かれている「氷室氏がCOMPLEXを指して『あれが布袋の本当にやりたいことなのかなと思う。』と言った」という出典は掲載されてるのに。
結論から言う。
この噂には根拠がない。
私の調査資料は「活字として残されているもの」が主なので、布袋氏が映像化もされていないライブのMCなどで言ったというのであれば、もちろん私が知る由もない。
ただこれと勘違いされてるという疑いが極めて高いインタビュー(※1)が存在するのだ。
それがこれ。しかも氷室氏のインタビューだというね。
宝島 1989年12月号
< (子供が生まれたことで守りにはいってしまうことってありません?という問いに対して)
「子供が出来てそれを守る為に守りに入ったら、それは子供に胸はれない事になるんじゃない!?逆に。それが俺の美意識だから。そうじゃなければこんなアルバム作んないとおもわない!?(笑)もっとキャッチーなアルバム作るよ。そんなアルバム、三日で出来るよ俺、本当に。キャッチーなやつだったらね。だって「サマー・ゲーム」なんか、すぐ出来た曲だよ。あんなの三日でできるもん(笑)。そういうのでやりたくないっていうので今回のアルバムを作ったから。」
- それをやっちゃうと今までの自分を否定することになるから!?
「っていうかさ、BOOWYで、もうそれはある程度極めたと思うのね。それを今やったってしょうがないっていう。」 >
実は、この噂と対になる氷室氏のCOMPLEXへの懐疑的発言も同じインタビュー記事の中にあるのだ。
こちらも抜粋してみよう。
< - 例えばCOMPLEXとかどう思います?
「どう思います?って好きですか?って質問?」
- ええ、それもあるし聴いてどう思ったのかなって。
「あんな事がやりてぇのかなと思うよ」
- それは2人に対して?
「いや2人というか…あれが布袋の本当にやりたいことなのかなと思って」
- 彼の持っている音楽的ベースの部分を知ってるから?
「そう。というかソロアルバムを出したじゃん。
『GUITRHYTHM』を発表したのは分る。
で、あえてバンド組んでああいう事をやる必要性っていうか、分らないよね。」
- 音楽的にとか?
「いいじゃねぇかそんなこと。あいつらが好きでやっていることだから。」 >
非常によく知られている噂であるわりには、布袋氏のものとされる発言のソースが曖昧。
しかも対とされてる氷室氏の発言が同じ記事内にあると言う事実を考え合わせると、氷室氏の発言と布袋氏の発言が混同されている可能性が高いと思うのだ。
ところで、このCOMPLEXに対する氷室氏の発言について、後日、COMPLEXのお二人はこんな反応(※2)を示している。
PATi-PATi 1990年4月号
< -これは不快だったらやめますが、氷室さんが、他の雑誌で「コンプレックスは布袋がホントにやりたいことなのか」って言ってたのを読んだのですが。
吉川 「インタビュー、読んだよね」
布袋 「でも、ここで言うと、ニュアンスが変わるからなぁ。」
-そうですね。
布袋 「ま、そう言われて喜ぶ人はいないでしょう。」 >
ちなみに、上記の発言は、COMPLEXが絶賛活動中の発言である。
これが、COMPLEXが活動休止になった後の布袋氏の発言(※3)がどうなったかと言うと
ROCK'N'ROLL 1991年10月号
< 氷室がかつてあるインタヴューで「COMPLEXが本当に布袋がやりたいこととは思えない」と語ったことがある。それについて、布袋はこう言った。「ヒムロックがそう言うのは当然だと思うよ。だって俺、BOOWYをやめてからは海外進出を目指すからって、ヒムロックと約束したんだから。"GUITARHYTHMⅠ"がそれだったんだけど、COMPLEXはそうじゃないからね。いわば約束を破ったんだから。」 >
かーなーりニュアンスが変わってきましたね(苦笑)
なお、吉川氏の証言によると、吉川氏のアルバム「GLAMOROUS JUMP」制作時、すなわち解散前にはBOOWY解散後に2人が組んで活動する密約が交わされていたとのこと。
布袋氏の信者の中には、上記の布袋氏の発言をBOOWY解散前にCOMPLEX結成の構想はなかった証拠と主張する方もいらっしゃるが、吉川氏、或いは別の布袋氏の発言から察するに、少なくとも解散前にCOMPLEX結成の構想はあったと見るべきであろう。
布袋氏も松井氏も高橋氏も、表現は様々だが、皆、布袋氏が海外進出を理由に解散を持ちかけたことを認めている。
そして、高橋氏の自伝「スネア」(※4)には、布袋氏の解散の望み(正確にはBOOWYを辞めたいという要求)が氷室氏にとって不本意であったかような描写があるほか、氷室氏自身も「当時俺は何が何でもBOOWYを解散させたかったわけでない(が、今は解散して大正解だと思っている)。」と話していたことがある。
また、ここ25年ばかり布袋氏の名前を出すこともなくなった氷室氏だが、ソロ初期には布袋氏に関する発言も散見され、その中には布袋氏の海外での活躍を願っているような発言もある。
この布袋氏の発言は、布袋氏が自身の海外進出を盾にして氷室氏に解散への承諾を迫ったことを伺わせて中々興味深い。
少なくともBOOWY時代は、氷室氏は布袋氏の才能を誰よりも評価していた一人だと感じるのだ。そんな人物が自身のステップアップのために海外へ行きたいから辞めさせてくれというのは、中々反対しにくい理由ではないかと。バンドのためにお前の将来を犠牲にしろとは言えないよなぁ。
元々BOOWYは、「自分の本当にやりたい音楽をやるため」に氷室氏が作ったバンドだった。だからこそ、布袋氏が「海外進出したい」「自分の本当にやりたい音楽はBOOWYではできない」と解散を強く望んだのであれば、認めざるを得なかった。そうすることで当時の氷室氏の「この4人でもっと色んなことにトライしたい」という夢を諦める結果となっても。
勿論、それ以外にも氷室氏なりの理由はあったと思う。
実際のところ、布袋氏はBOOWY解散(又は自身の脱退)をメンバーに切り出した後、解散匂わせ発言を各所でやったり、松井氏と高橋氏を当時の妻である山下久美子氏のツアーに連れて行こうと画策するなど、バンドのメンバーとしては「おいおい、そりゃないだろ」的な言動・行動を多くしていた。そんな布袋氏に当時の氷室氏は傷つき苦しめられたとも思っている。これ以上布袋氏の好き勝手を許せば、自分の目指す「格好いいバンド」像から外れてしまうという想いもあったろう。そうしてバンドの本質が歪んでしまう前に、バンドを愛しているからこそ、終止符を打つ決断をした。
でも、それは布袋氏の海外進出の夢を氷室氏が信じていたからでもあるのではないか。というか、そこまでやるほど布袋氏が「BOOWYではやれないことをやりたい」と願っているのだと自身を納得させた。(布袋氏の言動・行動を赦す赦さないとは全く別の問題として。)
だからこそ、あれだけのことを布袋氏からされても、氷室氏は布袋氏のやらかしの数々を暴露したりもしなかったし、布袋氏に対して一言も恨み言を言わなかった。解散はあくまでも「4人でできなかった音楽を追求するため」であり、ステップアップのために4人で決断したことだという立場を貫いた。
なのに、BOOWYのラスギグから僅か半年後に吉川氏と組んでCOMPLEXやりますとなったら、どうして?となるのは当たり前。「BOOWYでできないことをやりたいから解散を望んだのではなかったのか?」「COMPLEXがおまえの本当にやりたかったことなの?」と。
だから、布袋氏も後になってではあるが、「ヒムロックがそう言うのは当然」と話したのだろう。
結局のところ、布袋氏の「そう言われて喜ぶ人はいない」発言は、氷室氏を結果的に騙して解散を承諾させたという後ろめたさがありながらも、「元仲間なんだからそんなこと言わなくていいじゃないか!」という氷室氏への布袋氏の甘えによる言葉だったのではないか。
初めからそう言っておけばいいではないかと思わないでもないのだが、これからCOMPLEXで活躍していくぜ!な時には、COMPLEX否定に繋がる発言はできないよね…。
そんなこと言ったら、吉川氏のファンが吉川氏の人気を利用しただけかと怒り狂うし、COMPLEXそのもののが好きになったファンも不快に思うことだろう。
COMPLEXが喧嘩別れ的に破綻して、布袋氏も吉川氏も色々ぶっちゃけていた時期だからこそ言えた言葉なんだと思う。
それに91年頃というのは、解散後、唯一氷室氏と布袋氏の交流エピソードがある時期なので、布袋氏もちょっと言い訳しておかないとマズイと思ったのかもしれない。笑
いずれにせよ、これをもって2人の不仲の根拠とするのはいかがなものか。
実際、決して仲は良くなかったと思う。
性格的にも合わないだろうし、趣味も違う。今となっては音楽的な嗜好も全く異なる。仲良しこよしのお友達という関係ではない。
しかし、憎み憎まれとかそういう関係でもなかったと思うのですよ。
よく、2人が不仲で解散したとか仰る方がいらっしゃるが、そもそもBOOWY結成当初から別に仲は良くなかった。氷室氏は、プロになったはいいが自分のやりたい音楽をやれない中で「他にギタリストの知り合いがいない」から、同郷の布袋氏に声を掛けた。布袋氏は、氷室氏が語る好きな音楽に共通項を見出し、「軽い気持ち」で応えたのがBOOWYのはじまり。そうやって仲が良いとか悪いとかは別次元で、お互いに「認められるところ」を見出して続けてきた。
何もかもが違う2人の人生が交差したほんの僅かな期間に生まれたのがBOOWYであって、それは素晴らしい輝きを放っていた。そんな奇跡の瞬間を喜ぶ、それだけでいいじゃないかと私は思う。
布袋氏が何か思わせぶりなことを言うたびに、再結成しないから、共演しないからといって、2人は不仲なんだとか氷室氏が布袋氏を嫌ってるとか囃し立てる人達がわらわら湧いてくるのが本当に嫌なのだ。
氷室氏の音楽をきちんと聴いていれば、そんな好きとか嫌いとかいうレベルの問題ではないことがわかると思うのだけどなあ。
昔、氷室氏がサポートギタリストについて「スティーブみたいなことをやらせたらスティーブが一番上手いけど、それ以外はDAITAがうまい」みたいなことを仰っていたが、それと同じではないかな。
「BOOWYみたいなことをやらせたら布袋が一番上手い」けど、氷室氏は別にBOOWYみたいなことをやりたいわけじゃない。音源を聴けばそれがよくわかるし、そもそもBOOWYみたいなことをやりたいのなら、解散しなければいいだけ。だったら何のために解散したのかという話になってしまう。
ライブでBOOWYの楽曲を演る時もあるが、それだって「演る理由」があって、その理由に布袋氏は絡んでこない。ただそれだけの話でしょうよ、と。
なので今の氷室氏が今の布袋氏に声をかけることはないし、布袋氏だって「(ヒムロックからオファーがあれば)断る理由はない!」で、結局のところ自分から氷室氏に直接オファーする気はさらさらないわけだから、再び2人の道が交差するとは考えにくい。
氷室氏に何か動きがあると必ず外野(と布袋氏)がうるさくなるけど、取りあえず今は、現在楽曲制作中という話の氷室氏の「約束の還暦アルバム」を待ちたいと思う。
それと、ソロデビュー32周年の本日、氷室氏のソロ楽曲全曲がサブスク解禁となった。当然CDは全部持っているけど、今まで氷室氏の楽曲を聴いたことのなかった人達が何かのきっかけで曲に触れる機会が増えたということが嬉しい。
シングルバージョンとアルバムバーションでは結構違う曲もあるので、これを機会にもう一度聞き比べても良いかも。
【出典・参考資料】
※1 宝島 1989年12月号「氷室京介ロングインタビュー 時代への義務感」
※2 PATi-PATi 1990年4月号
※3 ROCK'N'ROLL 1991年10月号
※4 高橋まこと著「スネア」



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