こちらの文章は以前投稿した内容(https://privatter.net/p/11764915)に加筆修正を行い、
読みやすくしたリライト版です。
■はじめに(必読)
1. 前提知識について、この文章は「遷移ノイズを超えた先にある、とある情報提供依頼」の内容を認知していることを前提に記述しています。 該当情報をご存じない方は、ネタバレや混乱を避けるため、閲覧をお控えください。
2. 作品の特性上、現実と虚構が入り混じる記述が含まれます。 あくまで一ファンによる「個人的な解釈(幻覚)」であり、公式とは一切の関係はございません。筆者独自のフィルターを通した主観的な文章であることを念頭に置き、許容できる方のみお進みください。 ※閲覧後の苦情等には対応いたしかねます。
■謝辞
こちらをまとめるにあたり、相互フォロワー様との会話や視点を一部参考にさせていただきました。 この場を借りてお礼申し上げます。
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■前述
遷移ノイズを感知した先で(おそらく)間違ってリンクしてしまった「あのページ」。
あのページを知ったことで一つの疑問が浮かび上がりました。
「では、なぜ『遷移圏見聞録』は、Vlogという形式をとっているのか?」
公式ではチャンネルの説明をこう記述しています。
───遷移圏で過ごしています。普段の生活の中で見つけたものなどを記録・不定期投稿していきます!
もしこの言葉通り、単に「遷移圏の記録」が目的であるならば、ノイズの先にあった『文様』や『彼』の情報は、このチャンネルにとって不純物(ノイズ)でしかありません。しかし、ここまで丁寧に構築された作品において、意味深なアイコンや隠し要素に意味はないとは考えずらいです。
「Vlogでなければならなかった理由」が、必ずあるはずです。そこでその理由について、いくつか可能性を整理してみました。
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■理由➀:課題の解消
まず、チャンネルアイコンがハヤシさんを指し示すものであったことを考えると、彼と彼らの存在が「物語の主軸にいる」と考えるのが妥当です。
わたしはその主軸の一つに「第一世代の捜索」があるのでは、と考えています。
その捜索を前提とすると、チャンネルを運営するにあたって2つの「課題」があるのではと思い、そしてそれを解消するのに、動画投稿が最適だったのではないか、と考えました。
◎課題(1):神性審判委員会による検閲
神性審判委員会は、神格存在に関わる事象を徹底的に排除し、内部の人間に対しても厳格な情報隔離を行っています。
ユガミ警報の冒頭のテロップで記述されている「検閲」や「動画の権利化」といった措置を見ても、彼らの徹底ぶりが窺えます。
このことから、遷移圏では「ユガミ(遊神)について調べること、知ることは禁止されている」という暗黙の、あるいは明文化されたルールが存在するのでは、と考えるのが妥当です。
さてここで「彼」を含めた第一世代がいなくなったタイミングはいつでしょうか。公式HPのナカムラさんの経歴の記録から考えてみます。
<経歴> 一部抜粋 ※()内はナカムラさんの年齢
2015年4月(10歳):第一世代と饗宴の夜櫻会に初参加
2019年8月(14歳):第一世代の紹介でカルバクトホールに初潜入
2020年8月(15歳):カルバクトホールに再潜入
2021年10月5日(16歳):基地の運営を友人と引き継ぐ「我らの基地」第二世代に
2019年と2020年の記録がいずれも「8月」であることから、彼は普段ドムシアット軸で生活し、夏休み期間を利用して遷移圏を訪れていた可能性があります。同様に2021年の8月にも遷移圏を訪れていた可能性が高いと考えられます。 そして、このタイミングを境に第一世代に関する記述が途絶えています。
過去のライブ配信の情報から、「遷移嵐」は夏に発生しやすいと言及されています。
となると、もしかしたら2021年の夏、第一世代と彼は、何らかの形で遷移嵐及びユガミの影響を受けたのではないでしょうか。
しかし、前述したとおり遷移嵐やユガミについては検閲対象となるため、公的な捜索や情報収集を行うことができません。
あの「情報提供依頼」も遷移ノイズの影響でつながったことを考えると、この届出は隠蔽されており、ノイズの影響で偶然繋がってしまった可能性もあります。
つまり、第一世代の消失には遷移嵐・ユガミなどの公言できない理由が含まれており、しかしそれが神審会の検閲に関わるのではないか、と考えました。
そして、ナカムラさんが動画内で彼らの存在を明確に語らず「知人」という曖昧な表現に留めているのも、この検閲を回避するためだと考えられます。
しかし、彼らは単に沈黙しているわけではないようの思えます。
動画内に私物や写真を映り込ませたり、あえて「知人」の話題を出したりすることで、「彼らの存在」を視聴者(あるいは世間)に対して示唆し続けています。
彼らはただ検閲を恐れて避けているのではなく、制約の中で狡猾に、そして静かに、遷移圏を統治する者たちへの「抵抗」と「挑戦」を試みているのかもしれません。
◎課題(2):活動資金と時間の確保
現実的な話。
捜索活動と拠点の維持には、どうしても「資金」が必要です。
彼らにとって「基地」は、現時点での「家」であり、いつか第一世代が帰ってくるべき場所でもあります。特にナカムラさんにとっては第二の故郷とも言える重要な場所でしょう。
この場所を手放すという選択肢はないはずです。
しかし、基地を維持し続けるには、相応のコストと労力がかかります。
そもそも基地は「緊急時の避難用として活用できるよう管理すること」を条件に武蔵自治領から譲り受けているものです。
そのため、いつ発生するか分からない遷移嵐に対応することは必須条件です。
それに加えて、彼らは捜索活動も行いたいはずです。
だから彼らは、時間拘束がある定職に就くことはかなり難しいと考えます(基本的に遷移圏では定職の概念がないらしいのですが…商店などは、時間拘束があるでしょう)
大学生ぐらいの年齢であろう彼らが、もともと大きな資金を持っているとは考えづらいです。
本来なら働いて資金を得るべきところですが、前述の通り、時間の制約がそれを阻みます。
さらに課題(1)(検閲)で触れた通り、遷移圏内では「神格存在に関わる情報に触れること」が制限されていると考えられます。
カンパを募ったり、スポンサーを探したりすることは極めてリスクが高い行為です。またSNS等の個人発信の情報ツールがないのでオンラインを通しての支援も難しいと考えます。
時間の制約はあれど資金を得る方法がほしい。
そこにうまく当てはまったのが、「別軸」へ向けた動画配信というツールだったのではないか、と考えました。
遷移圏の情報は別軸には伝わりずらいらしいという前提を考えれば「異世界」である遷移圏というコンテンツは、エンターテインメントとして消費されやすく、つまりは収益化が見込めます。
また、動画撮影であれば規則的な時間の制約を受けることがないため、基地の管理や捜索と並行することができます。
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■理由②:「第一世代」とのつながりであるから
と、書きながらも。
当初、第一世代、もとい「彼」がチャンネルを開設した動機に「金銭」という不純な動機はなかったはずです。
いや、もしかしたら「彼」には多少なりそういった目的があったかもしれませんが、少なくとも幼少期のナカムラさんについては「遷移圏という世界を記録したい、残したい」という純粋な好奇心だけだったはずだと考えています。
だから現在においても、そういった「課題の解消」といった実利的な目的だけではなく、彼らとの思い出という「情緒的な面」が大きく理由として存在してると考えています。
2014年10月になぜ計画が凍結したのかはわかりません。
それでも、かつて構想を一緒に練ってチャンネルを立ち上げた思い出があったからこそ。
2021年に「彼」が行方不明になったときに、記憶の奥底で眠っていたチャンネルのことを思い出したのかもしれません。
記憶をたぐりよせて思い出したIDとパスワードでログインすれば、かつて一緒に決めたチャンネル名がまだ残っていた。そんな場面があったなら。
そして、その頃からこのチャンネル名とアイコンが変わっておらず、この「文様」に意味があると、彼が身に着けていたものに意味があるのかもしれないと、何かを察してしまったのならば。
彼にとって、もしかしたらこのチャンネルを運営することは、
いなくなった彼らたちとの繋がりを保とうとする、そして無事であることを願おうとする、一種の「祈り」なのかもしれません。
■結論:Vlogは「彼」を追うための唯一の最適解である
彼らは、「神性審判委員会による検閲」という外的な圧力と、「資金の確保」という内的な課題、この二つの課題を同時に乗り越える必要がありました。
「異世界Vlog」というスタイルは、平和な日常の発信を装うことで監視の目を欺く巧妙な「カモフラージュ」であり、同時に捜索と基地維持を継続するための「実利的な手段」として機能しているのではと考えます。
そして何より、このチャンネルの根底に、失われた「彼」もとい第一世代との「記憶」が存在しています。かつての彼らとの記憶を単なる過去のものとせず、現在でもなお中心軸としているからこそ、この形式を選んでいるのではないでしょうか。
以上が、現時点での私の結論です。
■余談:次元を超える「支援」のメタ的構造について
②で触れた「資金調達」について、メタ的な視点から「現実」と「虚構」がリンクしているんではと考えました。
まず、我々ファンががチャンネルに対して行う投げ銭や物品購入などの金銭的支援を行った場合、以下の二つの側面を同時に満たしています。
現実(リアル)の側面: 動画投稿者としてのナカムラさんおよび運営チームの「活動費」「動画制作費」となり、コンテンツの存続を支える。
虚構(フィクション)の側面: 作中のナカムラさん及び第二世代への「資金援助」を行う
フィクション作品への対価は「制作側」へ渡るものであり、作中の登場人物の財布が潤うわけではありません。
しかし、この作品においてはモキュメンタリー(Vlog)という形式をとっており、また制作者自身が作中に登場するという、現実と虚構の境界があいまいな特殊性があるが故に「現実の制作費」と「作中の活動費」の意味が共有されているように感じました。
つまり、私たちが送る「お布施」は、現実のクリエイターを支援しているのと同時に、文字通り次元の壁を超えて、作中の彼らに手渡すことと同義といえるのです。
視聴者を単なる観客席に座らせておくのではなく、資金提供という形で「捜索活動(物語)」へ直接介入させる。
視聴者は、ある種の共犯関係となる。そういった構図を作ろうとしているのではないでしょうか。
私たちは今、現実と虚構の境界線が曖昧になる高度な「リアルタイム・コンテンツ」を体験しているのかもしれません。
追伸:このノートが神審会にBANされませんように。