2026-01-09

嵐の中で

 色々と差しさわりがあるので可能な限りぼかして書くつもりのこの先の文章について。

 なんのことやらさっぱりという人はどうか何も触れず放っておいてほしいし、あのことだなとピンときた人もどうか何も言わずそっとしておいてほしい――――というのを前置きとして。


 自分と同じ属性内の大多数の人には年の初めに、ひょっとしたら人によっては年末に、突然の大嵐がやってきた。

 多分、知った時の思いはさまざまだと思う。どうしても信じられない人、なんとなくそうなのかもと思った人、一方の話だけでは判断できないと思った人…他にももっともっと色々な感情が、人の数だけ渦巻いていると思う。

 そして「この属性所属する身」としてこの先どうするか、それも人それぞれになるのだと思う。公私は別と完全に割り切るとか、もう無理とか、変わらず応援するとか、これから応援はするが今までどおりとはいかないとか、今はまだ何も考えられないとか、考えたくないとか。同じ仲間、友達同士でも見解はたぶん分かれると思う。

 それはきっと、当たり前のことだろう。

 だって我々は「同じものが好きというだけの他人の寄せ集め」でしかない。年齢も住んでいるところも、成育歴もリアル生活環境も、積んできた経験も培ってきた感覚も、誰ひとりとして同じ人はいない。物事の捉え方が似ていれば親しくなりやすいけれど、あることについては意見が一致しても別のことでは意見割れる、そんなことはどれだけ近しい人でもよくある話だ。

 誰がどんな判断をしても、あるいは判断できなくても、自分と同じ結論にならなくても。心は人間の中で最も自由で同時に最もままならないものでもあるので、「こうするのが当たり前だ」などと他者ジャッジなどできない。誰かの判断が受け入れられないならとりあえず距離を置いておけばいいし、なにかを強要する人がいたら同様に距離を取ればいい。外野から面白おかしくはやし立てたり石を投げたりする人がもしいるなら、無視するなりそれなりの対応をするなりすればいい。

 そもそも自分はこの件についてどう思っているか/どうするか」をオープンにする義務なんて、誰にもないのだから


あなた方は騙されているんだよ」的な物言いさらに嫌な気分になったり傷ついたりしている人も多いと思う。自分の正直な気持ちとして、そういう言い方はずるいなあと思う。多分書いた人はその人の立場として本気でそう思っているとしても。

 でも。長い人で二十数年という時間の中で、見てきたもの・感じたもの・触れたもの・受け取ったもの、それは絶対「嘘」ではない。我々は騙されていたわけではない。だからこそ苦しい人もたぶんいるのだろうけど。

 自分別になにかご高説を垂れたいわけではない、別にこの文章結論もない。

 ただ、誰がどんな風に感じたとしてもどんな判断をしたとしても、自分と同じでも違っても、その思いは尊重されてほしいと願っているだけだ。今すぐ結論を出す必要もないと思っている。

 

 蛇足で付け加えるなら。過剰な否定も過剰な擁護も、表立ってするのは今は毒にしかならないと思っている。黙っていろという意味ではなく、さらに余計な波風が立って嫌な思いをする人がいないよう願っている。

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