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『そこにある不在』@Turn the Page

 前回に引き続き、展示のことを書いていく。今回は鎌倉長谷にあるTurn the Pageでの個展『そこにある不在』について。

 flotsam booksに来てくれたひとに「鎌倉でも展示やってるんです」とチラシを渡すと、高確率で「なんでここでやることになったの?」と聞かれた。私は去年の夏に鎌倉でハイキングをした際に店の看板を見つけたこと、入ってみるとこじんまりした古本屋ながらそのラインナップの奥行きが素晴らしく、そして一見朗らかな女性店主こと東雲さんの正体が実は川端康成の研究者であり、そんなこんなですっかりファンになって通い詰めているうちに移転するという話を聞きつけ「なにかやりたいです!」と乗り出したことを話した。みんな目を丸くして話を聞いていたが、でもいちばん驚いていたのは私だったと思う。なんでこんなことになったんだろう。

 自分からやると言い出したくせに、最初は「なんか朗読、あと展示」くらいしか考えていなかった。Turn the Pageは展覧会をやること自体が初めてのお店だったから、私がノープランだとバレたら不安にさせてしまうと思い、初めはとにかく“構想はできてる感”を醸し出すことに注力した。語彙力を最大限に駆使して文学的かつどこまでも曖昧なイメージを紡ぎ、「なんかすごいこと考えてる」と思われるような文面をインスタのDM画面に一生懸命に作り上げた。川端康成の研究者相手になんて無謀なことを、と思うが、そうして無理矢理にでもイメージを紡いでいるうちに、ぼんやりと展示の輪郭が見えてきた。

 結果的には、300〜500字程度のショートエッセイ8編(うち7編をzineに収録)と、2500字あまりの掌編小説を、ひと月足らずの怒涛の勢いで書き上げた。まず最初に取り掛かったのは朗読もした掌編小説で、後々展示と同じタイトルに変更したけれど、当初は『眠れる故郷』というタイトルをつけていた。それはこの展示、というか鎌倉という場所についてを考えていると、こんなふうに思えてきたからだった。

…鎌倉に初めて来たそのときから、私はここが懐かしかった。縁もゆかりも、思い出もないのに、それでもここを知っていると思った。それはもしかしたら、遠い昔にこの土地で生きていたひとたちの記憶が流れ込んでくるからなのかもしれない。たとえそうだとしても、私が感じ取れるのはノスタルジーと呼べるものですらない、失った記憶が思い出せないままにくすぐられるような、ぼんやりとした寂しさだけだ。なにを失ったのかすらわからない、ただそこにある不在の、かすかなぬくもりだけ。

『そこにある不在』はじめに より抜粋


 私には、どうしても由比ヶ浜の海が見たくて仕方がなくなるときがある。拠り所のないぽつんとした心になったとき、目を瞑ってあの眺めや波の音を思い出すと、あの眺めを前にしていたときほど満たされていた瞬間はなかった、と泣きたくなるような思いがする。でも、いざその眺めを前にすると、幻滅とまではいかないが「ああ、こんなものか」とけっこうあっさりした気持ちになってさっさと気が済んでしまう。それなのにまたしばらく経つと、「由比ヶ浜に帰りたい」と胸がつぶれるくらいに思う。

 それは故郷を思う気持ちと似ている気がした。私は生まれも育ちも東京なので、故郷という感覚がいまいちピンとこないのだけれど、たぶんそれは言葉の持つ響きほどうつくしくはなくて、むしろ遠い場所にあるからこそ拠り所にできるような、私にとっての由比ヶ浜みたいなものなのだろう、と。初めその感覚をかたちにするならと考えてみたものの、ノスタルジーをテーマにするのはありきたりだし、実際には故郷ではないのだから思い出の場所を巡ることもできない。それならいっそ、それらが“ない”ことにフォーカスするのはどうか、とやがてひらめいた。懐かしいのに、知ってるような気がするのに、そこに自分の影がないことを見つめてみるのは。そんなふうに思いながら過ごしていると次第に、そこにあるのはいったいだれの影なのだろう、という疑問も生まれてきた。ここを懐かしいと感じる心は、いったいだれの心なのだろう。

 そして『そこにある不在』というタイトルを思いつき、それからはとにかく“不在”を探す日々だった。flotsamのほうの準備も並行してやっていたので、「そこにある不在不在ふざい……あ、ちがうこれは見つめ合わない」みたいな、ぜんぜん誰とも共有できない不思議世界を生きていた。目に入るものすべてを「そこにある不在」か「見つめ合わない」に結びつけるなぞの修行僧であった。最初の頃はけっこう印象が似ている気がして、ふたつのイメージの境界線が混ざり合っていたのだが、修行を積むうちにきっぱりと別れていき、風景のなかでそこだけ浮いているみたいにそれぞれの姿がはっきり見えるようになった。

 東雲さんに「なぜ“ここ”ではなく“そこ”なのか」と聞かれたとき、私もなぜだかわからなかったが、今になって思うと、先ほど書いた故郷に対する印象が反映されていたのだろう。その場に行くと消えてしまう、ある一定の距離感を持って存在する懐かしさを、“そこ”という語で表したのだと思う。

  “不在”に関しても、いろんなことを聞かれた。なかでも印象的だったのは、Turn the Pageと同じビルにあるBooks&Gallery海と本の店主・鎌田さんが展示を見にきてくれたときの、その場の数人で“不在感”談義をして盛り上がったあの時間。

 「不在っていうのは普段から感じてるんですか?」と鎌田さんに聞かれた私は、初めなにを聞かれているのかわからなかった。「なんかここ懐かしいなって思うことはあると思うんですけど、そこに不在って感じないと思って」と言われてようやくわかって、同時に自分が普段から不在を感じていることも知った。それから「友だちの結婚式で自分の知らない交友関係を目の当たりにしたときに寂しくなるか」とか、「夜にマンションの一室の明かりを見て、そこに自分は決して入れないのだと思ったりするか」とか、さらには「無機物や虫に対してその存在であり得たかもしれない自分を想像するか」などを話し合った。人によってここはわかる、ここはわからないという線引きがかなりはっきりしていて、なんだか高速道路を走っているときにナビが「神奈川に入りました」「東京に入りました」と繰り返すようなやり取りだった。あの時間のこと、私はしぬまで思い返してしみじみすると思う。幸せなひとときだった。

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うつくしく透けるチラシと映り込む東雲さんと青木さん
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全貌。初日は写真落ちまくってかなり躍動感のある展示だった
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まさかこんなにちゃんと読んでもらえるなんて、と感動したおふたりの後ろ姿 📸 by 青木さん
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ほんとうに綺麗なzine。Turn the Pageの店舗&オンラインで絶賛販売中!
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朗読1日目。緊張したぁ
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記憶っぽさも表現したつもり
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窓の向こうに山が揺れ、鎌倉らしいサイコーの眺め
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みんなのめくる姿がうつくしかった
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最終日のトーク&朗読。1日目よりさらに緊張した
📸 by chikashi suzuki
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日を追うごとに丸まってくのもまたよかった
📸 by chikashi suzuki

 私が書いた小説を、東雲さんは「夏目漱石みたい」と言ってくれた。そして私が「漱石読んだことないです」と恥ずかしげもなく返したら、とても驚いていた。私が恥知らずだったからではなく、「狙わずに漱石風をかけるなんてすごい!」とのことだった。そう言われてまんざらでもない気分であったが、しかし夏目漱石に影響を受けないなんて日本人である以上不可能といえるし、むしろ読んだことのない者にまで影響を及ぼせる漱石こそがとてつもなくすごいのだと思い直した。

 そしてそれは、漱石のような有名人に限った話ではないのではないか、と私には思えた。遠い昔のどこか知らない場所で、べつに歴史に名前が残るわけでもなく、炊事洗濯で人生に幕を下ろしたひとからも、私は同じくらい影響を受けている気がした。これは「人生に意味はあるのか」という大きな問いへの、ひとつの答えになるかもしれない。たしかに私はいつか死ぬ。姿形あるものはもれなくぜんぶ滅びてしまう。それでも、そのものが存在した事実は、そのものが消えたあとも永久に残り続ける。私たちの人生が、たとえ本や映画や歴史の一部にならなくても、ありきたりでくだらない一生でも、それがあったことはきっといつまでも残るのだ。遠い時代を生きるだれかの心をふいにふるわせる、そこにある不在として。

2024.9.12

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