第33話 原稿と通報
「どうして、これを一条さんが……」
思わず抱きかかえるように原稿が入った封筒に力を込める。
「ちょっとだけ、頑張ったんですよ」
「頑張ったって……そもそも、文芸部所属って言ったことないよな?」
どうして、知っているんだ。
「ああ、この前、おうちにお邪魔した時に休憩室にたくさん小説があったので、あと文芸部の部誌も」
「それだけじゃ、わからないだろ」
あまりにもヒントが弱すぎる。俺がただの小説好きで、文芸部の部誌もその延長線上で手に入れただけの可能性だって十分ある。
「そうですね。探偵小説ならここから犯人なんてわかりませんが、私は現実を生きています。だから、裏を取ったんですよ。私のクラスに林さんっていう文芸部の女の子がいるんです。その子に確認すればすぐにわかります」
林という後輩は、正直ほとんど話したことはない。眼鏡とおさげといういかにも文芸部らしい物静かな女の子だったはず。
「じゃあ、軽蔑してただろ、林さんは」
あんな噂を流されたんだから、女子から嫌悪されているはずだ。正直、一条さんが人間として出来過ぎている。後輩のはずなのにな。
「そうですね。彼女は、先輩たちが噂しているのを聞いていたようです」
「だよな。だから、やっぱり……」
「でも、彼女は、あなたを疑いきれてはいなかった。夏休みの前に、センパイ、林さんに優しくワードソフトの使い方教えてあげたでしょ。彼女はそれをおぼえていて、優しいあなたがあんなことをするなんてどうしても信じられなかったって言っていました」
「……」
たしかに、彼女はパソコンが苦手だったから、夏休み前にワードの使い方を教えたことがある。たしか、ルビの振り方とか単語登録の方法とか。簡単なものだけだったけど。
「彼女と話したことで、知りました。センパイ、文芸部の人たちからも嫌がらせをされていたんですね」
「……うん」
「文芸部の部長は、部室に残されたあなたの私物を勝手に処分していたみたいです。だから、私は林さんに頼んだんです。少しでもいいから、センパイの私物を守って欲しいって……」
「……」
まったく本当にこいつは……
「でも、林さんも引っ込み思案で、先輩に逆らうなんてことできなかったんですね。彼女は泣きそうな目で、首を横に振りました。だから、代わりに私が……これしか回収できなかったんですけどね」
「忍び込んだのか。部室に……」
「はい。センパイとカフェでお茶をした後に。下校時間ギリギリの学校に戻って」
本当に無茶するな、このお嬢様は。
「だいたい部室にどうやって入ったんだ。カギ閉まってだろ?」
「嘘ついちゃいました。林さんに忘れ物を回収するように頼まれたと」
少しだけ心苦しい表情を見せる彼女に俺は思わずため息をつく。
「どうして、そこまでしてくれるんだよ」
「だって、嫌じゃないですか。大好きな人の努力の結晶を、他人の悪意で台無しにされちゃうのなんて」
彼女は少し罪悪感を含んだ表情で、こちらを見つめる。
「こんな駄作のために、ありがとうな」
あの日の記憶がよみがえる。いつも親しくしていたはずの部長に、この原稿は徹底的にけなされた。
「駄作? 何を言っているんですか?」
後輩は少しだけ語気を強める。
「もしかして、読んだのか?」
今日の後輩はコロコロ表情を変える。困り顔で頭を下げてきた。
「ごめんなさい。どうしても、気になってしまって。昨日の夜に夢中で読んじゃいました。だから、少し寝不足なんです」
言われてみれば、たしかに目の下にほんのりクマができていた。
「どうだった?」
思わず感想を聞いてしまった。さっきまで、自信を失っていたこともあって、少し食い気味に。
「最高でした。本当におもしろかったです。センパイ、才能ありますよ!」
笑いながらそう断言してくれる彼女を見つめながら、また失った物が手元に戻ってきたように感じられる。
「ありがとう。そう言ってもらえると少し自信が出たよ」
そして、俺たちはまた歩き始める。一緒に一歩ずつ。
※
―都内某所―
「もしもし、警察ですか。実は、ちょっと高校生のようなカップルがホテルに泊まっているようなんですが、これってまずくないですかね? はい、場所は……」
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