だめだめな日
この頃ずっと気怠い。いくらでも眠れる。仕事も読書も進まない。頭痛もする。ぼんやりしているだけで1日が終わる。すべて気圧のせいにしている。
しかし私がぼんやりしてる間もキビキビと働いているひとはたくさんいて、そのことを思うと自分はなんてダメなんだという気持ちが湧いてくる。こんなことではダメだ。こんなことでは、なにも成し遂げられない。でも、私はなにを成し遂げたかったのだろう。年始に書いた今年の目標を見直してみても、まったく他人事のように感じる。向上心が死んでいる。
いっそ開き直ってみる。私はひどく怠け者だ。月の半分はごろごろ過ごしたい。毎日10時間寝たい。毎朝ホットケーキを焼いてメープルシロップかけて食べたい。猫と遊んで昼寝したい。ギター弾いて歌ってレモンスカッシュ飲みたい。2日に1回マニキュア塗り直したい。眠れない夜中にドライブして地方のバカでかいスーパー銭湯行って、高速道路で朝日を見たい。映画館に丸一日引きこもりたい。皇居の庭で寝転がって読書したい。時間を忘れて牧場物語DS版に熱中したい。日本全国放浪した末に沖縄に流れついてのんびり暮らしたい。ワンピース全巻読み返したい。
こうやって欲望を書き出してみると、少しはやる気が湧いてくる。しかし驚くべきことに、これらのほとんどを、私はもうやったことがある。私はすでに欲望の限りを尽くしている。では、これ以上なにを求めたらよいのだろう。また振り出しに戻ってしまった。やっぱり日本全国放浪し、沖縄に流れつくしかないのか。海ぶどう食べたい。
感性が瀕死なので、近頃は本を読んでもちっとも感動しないというか、できない。読んでいるというより、文字列の上を目ん玉が滑ってるという感じである。こんなふうに書けるってすごいよなぁとか思って、嫉妬してしまう。しかしそんなときでも、自分の書いたものを読むと、素直に心が動くのはなんでだろう。陳腐な話だが、結局どんなにダメな人間になっても、私だけは私を見捨てないということか。この世になんにもおもしろいものがない、なんにも希望が見つからない、全部つまんないとなにもかもを投げ出したがる、だめだめになったときの私のために、私はものを書くのだろうか。
2025.4.28



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