第24話 高柳vs元カノ

 さて、次の面談だ。

 お目当ての生徒が、生徒指導室に入って来た。

 天田美雪。青野の幼馴染であり、近藤以外にすべての秘密を知っている生徒だ。


 彼女の生活態度は、非常に優等生で、前期の学級副委員長も務めてもらった。青野とは去年の冬から恋人になっていたはず。正直、美人で異性からの人気は高い。浮気をするような生徒には見えなかったが、恋愛は人間を狂わせる麻薬のようなものだ。


 有史以来、多くの若者を破滅に導いた禁断の果実。歴史の教師である俺は、恋愛がらみの大事件をいくつも思い浮かべることができる。


 日本史なら薬子の変や道鏡。

 中国史なら玄宗皇帝と楊貴妃。

 イギリス史なら、ヘンリ8世の離婚問題や王冠をかけた恋。


 国の最高権力者クラスですら、恋愛に人生を狂わされていることを考えれば、思春期の優等生なんて、もろいものだろう。


 まぁ、こういう時に歴史ネタで思考を整理するオタクだから、俺は結婚できないのかもしれないが。いくら、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶとはいえ、考え物だよな。


「悪いな、天田。呼び出してしまって」


「いえ、エイジの件ですよね」


「ああ、そうだ」

 天田は思ったよりは動揺していなかった。ただ、目のクマは隠しきれていないし、顔色も悪い。


「今回の件は……私は何も関与してません!!」

 彼女は、ややヒステリックな口調でそう強く断言した。


「ん?」


「だって、先生は、私が怪しいからここに呼んだんでしょ!! たしかに、私とエイジは別れ話でトラブルになってしまって……そんな時に相談に乗ってくれた近藤先輩と一緒に歩いているところを見て、エイジは勘違いしたんです」

 さっきまでの落ち着いた雰囲気はすぐに崩壊する。早口で聞いてもいないことをまくしたてて話している彼女の様子は、俺が知っている1学期のころの副委員長とはかけ離れていた。


「それで、青野に腕をつかまれたのか?」


「そうです。エイジは、動揺して、私とセンパイを引き離そうと強く腕を引っ張ったんです!! 少し前から別れ話をしていたから……それで……」

 

「青野が言ってた話とはずいぶん違うな?」


「それは……きっと、誤魔化しているんです!!」

 ふむ。とりあえず、主張を最後まで聞こう。


「では、青野が天田に暴行したというSNSの投稿が出回ったことについて何か知らないか?」

 彼女の表情に、怪しい光が灯った。これは想定問答通りなのだろう。


「きっと、近藤先輩が私を心配して、誰かに相談したのが漏れてしまったんだと思います。彼は面白半分で噂をするような人じゃありません。それに、強く引っ張られたから少しだけ跡がついたのは本当なんです」

 その瞬間だけは、いつもの優等生に戻っていた。


「ひとつだけ、疑問を聞いてもいいか?」


「はい」

 一瞬だけ言いよどんで、優等生は答える。このタイミングで質問されるとは思わなかったような顔だ。


「悪いが事実確認のために、問題となっているSNSの投稿を確認させてもらった。もし、本当に青野が天田に暴力を振るったということなら、学校は青野を処罰しなくてはいけないからな。その事実確認だけはさせてくれ。SNSの通り、キミは青野に暴力を振るわれたのか?」

 これはひとつの作戦でもある。青野の処罰に言及し、彼女の良心に訴えかける。さっきまでの動揺の仕方や先の2人の怪しい証言から考えると、青野はほぼ間違いなく被害者だろう。これはブラフだ。最後の切り札として温存しているが、青野には天田とのSNSのメッセージログを保存しておくようにも伝えている。どうやら、まだログは残っているらしい。生徒のプライバシーの問題もあるので、できれば避けたいが、青野に頼んでそれを見せてもらえば、おそらくどちらが嘘をついているかすぐにわかるだろう。


 まぁ、青野が素直にスマホのスクショ機能を使って、ログを保存していたのを脇で見ているから、どっちが嘘をついているかはもうわかっている。自分の不利益になるかもしれないログをすぐに撮影し保存するほどのお人好しはいないだろう。


 天田のどこかには、浮気をして、青野にえん罪をかけてしまったという罪悪感が必ずあるはずだ。だからこそ、揺さぶりをかける。


「そ、それは……」

 彼女は下を向いて、言いよどんでしまう。

 

「大事なことだ」

 ひとりの若者の人生を決めてしまうほどの。そのニュアンスをしっかりと口調に込めて、彼女の目を見る。


「わ……かりません。私も動揺してたから」

 なるほどな。


「わかった。とりあえず、今日はここまでにしよう。また、話を聞くかもしれないし、何か思い出したら遠慮なくすぐに言ってくれ。もし、言い残したことがあれば、この場で話してくれ」


「……ありません」

 天田は、少しだけ考えて、自分から道を踏み外した。


「そうか。ありがとう。教室に戻ってくれ」

 正直、残念な気持ちでいっぱいだ。ここで、すべて真実を話してくれれば、他の道もあったはずなんだが。


 だが、仕方ない。こうなってしまえば、徹底的に調べ上げて、彼女の矛盾点を突いて黒幕に迫る。


 それしか方法はない。天田も処分しなくてはいけなくなるがな。


 青野のSNSのログともう一つの切り札を使えば……もう逃げ道はなくなるだろう。だが、まだ黒幕を追い詰める決定打が欠けている。もうしばらく、彼女も泳がせておこう。


 本当に残念だよ、天田。

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