第20話 後輩とクラスメイト
センパイと別れて、私は教室に向かう。昨日、人知れずクラスを抜け出して、学校をさぼった件で、クラスメイトの視線は戸惑ったものになっていた。念のため、担任には調子が悪いので休むと伝えていたから、早退扱いになっているはず。
「一条さん、体調悪いって聞いたけど、大丈夫?」
クラスの委員長が心配そうに聞いてくれる。三つ編み眼鏡のいかにも優等生みたいな姿は、安心感すら覚える。
「ええ。昨日ゆっくりしたら治ったわ。少し暑さに酔ってしまったみたいね」
私はいつものように気さくに対応する。
「そうなんだ、まだ暑いもんね。無理だけはしないでね」
「うん。心配ありがとう」
これがクラスにおける私の仮面ね。皆に優しくして、それでいて少しだけ距離をとる。そうすれば、孤立もしないし誰かを勘違いさせる不安も無くなる。
容姿の良さというものは、学校のような閉鎖空間では
本当に自分はめんどくさい女だと思う。本当は誰かに頼りたいのに、頼れない。だから、昨日みたいに自分を追い詰めすぎてしまう。
矛盾に苦しんでいる自分が情けなかった。それでいて、学校では求められている一条愛を演じなくてはいけない。本当の私がどういう人間なのか、誰も見てくれる人はいなかった。教師も友達も使用人たちも……
そして、自分の親でさえも。
だから、私の人生の特異点は、昨日出会ったばかりで親友になったあの先輩だ。
彼には、私の一番恥ずかしいところも、本当の私も、そして自分さえも知らなかった本当の自分もさらけ出すことができた。
「本当の自分は、こんな風に笑ったりするのね。自分でも知らなかった」
おかしなことに、彼と一緒に歩いている時は、苦しくない。彼は、私が皆から先輩を守るために、盾になっていると思っているはず。彼は優しくて、私がずるいから。
むしろ、私の心を守ってくれたのは、センパイなんだと思う。だから、私は大事な人と少しでも長く同じ時間を過ごしたくなっているんだと思う。
女の子ってきっとこういう風に恋に落ちていくんだなと思う。私はきっと特殊な方だと思うけど……
「ねぇ、一条さん。ごめんなさい。もうひとつだけいい?」
委員長がまた私に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「あのさ、ごめんね。私、見ちゃったんだ」
「見ちゃった? 何を?」
わかっているけど、一応確認する。こんな話になるのは予想できていた。だから、別に動揺するまでもない。
「あの、朝、一条さんと話題になっている先輩が一緒に登校しているところ」
やっぱりね。
「ああ、青野先輩のこと?」
あえて、彼の名前を強く口に出す。皆に聞かれるように。
案の定、その名前を聞いたクラスメイト達はざわつきはじめた。
※
「なんで、一条さんが……」
「青野って、あの暴力沙汰を起こした先輩のことだよね」
「ありえないだろ。きっと何かの間違いだ」
※
「うん」
委員長は、少しだけバツが悪そうにしている。きっと内緒で聞こうとしてくれていたんだ。私の立場を悪くしないように。だから、こんな大事になってしまって少なからず動揺しているように見える。
「ええ、私から先輩の家に行って一緒に登校したんだよ」
さらに、クラス全体に波紋を広げるように言い放つ。こうすれば、抑止力になるはず。
「家から、一緒に!? 一条さんって、あの先輩とそんなに仲がいいの??」
「ええ。センパイのお母さんからご飯に誘われるくらいには、ね」
今まで男子生徒とそういう噂が流れたことがなかった私から浮いた話が始まったことで、同級生たちが激しく動揺している。
ある意味、親公認みたいに言ってしまったのは、きっと自分の独占欲みたいなものね。嘘は言ってないけどね。
「なぁ、青野って先輩の噂知っているのか!? だって、あの人、良いうわさ聞かないんだけど!!」
近くにいたサッカー部の前平君が急に話に加わって来た。彼は比較的にちゃらちゃらしている今どきの男子生徒だから、思わず話に入ってしまったんだろう。
「うん、知っているよ」
それをあっさりと認めてしまう。
「じゃあ、なんで……そんなことする人、一条さんにふさわしくない……」
普段なら人の言葉を
「ねぇ、前平君? 青野先輩と直接話したことはあるの?」
「ないけど」
「じゃあ、噂の現場を直接見たの?」
「……いや」
私は、追い詰めるように問いかけた。私の怒りを察してか、さっきまで無責任なうわさ話をしていた周囲の生徒も黙ってお通夜のような雰囲気になっていた。
「センパイは、噂みたいなことする人じゃないよ。それはね、親友の私が一番よく知っているから。彼は、私の恩人なんだ。だから、無責任なこと言わないで欲しいな」
あまり、追い詰めては逆効果になるはず。だから、優しい口調に変わって
「うん、よく知らないのに無責任なこと言ってごめん」
意外と素直に謝ってくれてよかった。チャラチャラしているけど、根は悪い人じゃないのは知っているから、私も安心する。
「ううん、こちらこそ、ちょっときつい言い方してごめんね」
私は、よそ行きの笑顔でその場を収めた。
「ごめんね、私が変なこと言ったせいで」と委員長も謝ってくれた。
「大丈夫だよ、別に変に隠すことでもないし」
むしろ、私の
先輩が誹謗中傷の被害にあったことで、仮に無罪だとわかっても、なかなか悪評を消すことはできない。噂が負の遺産になって、将来にわたって先輩を苦しめる姿を見たくはなかった。
だから、少しでも悪い噂をポジティブな噂に上書きしたかった。
先輩のためにできることならなんでもする。私はそう決意を固めた。
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