第18話 信頼
先生は、深々と頭を下げて1分以上、そのままの状態を続ける。
俺は正直に言って申し訳ない気分になった。
「先生、頭を上げてください。俺だって、相談しなかったわけだし。そもそも、こんなに早く問題に気づいてくれただけでも、すごいというか……」
俺が慌てて、声をかけると、ようやく「ありがとう」と先生は頭を上げた。そして、こちらを誠実そうな目で見つめる。
「青野。辛いことがあったというのはだいたいわかっている。昨日、今井からも断片的に話しを聞くことができたからな。だから、お前の気持ちが整理できてからでもいい。少しずつでもいい。俺に話を聞かせてくれないか?」
普通に考えて、自分の失恋話を教師に聞かれてるのは嫌だ。さらに、俺は信じていた幼馴染の彼女に「ストーカーDV男」とまでののしられて別れ話を突きつけられたんだ。誰にも話したくなんかない。
それが原因で、クラスメイトや部活のメンバーから絶縁された上に、嫌がらせまでされた。自分で思い出しても、情けなさすぎる。
でも、先生になら話してもいいかもしれない。
あと、ほんの一歩の勇気があれば……
さらに、怖いのは、俺が先生に相談したことで、なにかしらの対応をしなくてはいけなくなることだ。俺に嫌がらせをしていた連中は「教師にチクった」と逆恨みされて、さらに嫌がらせがひどくなるかもしれない。
俺が苦しそうにしているのがわかったからだろう。
「すまない。青野。俺が急ぎ過ぎているよな? 無理はしなくていいんだ。今日無理に話す必要はないからな。心の整理だって必要だろ」
「……すいません」
「謝ることじゃない。喉が渇かないか? 本当はダメなんだが、今日は特別だ。缶ジュースくらい奢ってやるよ。飲みたいものあるか?」
先生は俺に寄り添うように優しく言ってくれる。
「じゃあ、コーラで」
「わかった。ちょっと待っていてくれ」
「でも、先生。1限目の授業とか大丈夫なんですか。もうすぐ時間じゃ?」
「そうだな。そこは、大人間でうまく調整しているんだよ。1限目の世界史の授業は、教頭先生が代わりにやってくれているんだ。教頭先生って、もともと地歴の先生だったからな。今の学校の最優先事項は、一番つらいはずの青野に寄り添うことだからさ」
どうやら、教師陣も俺のためにいろいろ配慮してくれているみたいだ。さっきの岩井先生の件もそうだし。ありがたくて、きちんと話せない自分がどうしようもなく情けない。
「ありがとうございます」
思わず言葉が飛び出していた。
「おいおい、まだコーラも買ってきてないぞ。お礼はその時にしてくれよ」
少しだけいつもの軽口で返してくれるのが嬉しかった。
※
「ほら、飲んでくれ」
高柳先生は、自販機で買ったばかりの冷たいコーラを持って帰って来た。
彼は両手に2本の赤い缶を持っている。
「ありがとうございます」
「あまりに暑すぎるから、俺も糖質制限破って飲んでやる」
そう笑いながら、コーラを開封する先生は、教師というよりも親戚のお兄さんという振る舞いだ。
「先生は、どうして俺を信じてくれるんですか? 他の奴らは、俺のいい分すら、誰も聞いてくれないのに」
「そうだな。2つ理由がある」
「2つ?」
「そう。1つ目は、今生徒の大部分は無責任な噂に
「はい」
まさに、俺の立場だ。
「でも、その炎上の火元がよくわからないことも多いんだよ。そういう時に噂にのっかって、安易に他人を傷つけると、自分もすべてを失うかもしれない。それすらわからなくなってしまう。お前への嫌がらせに加担している奴らはまさにそれだ」
「……でも、俺が噂通りの奴だったらどうするんですか?」
「その可能性もゼロではないな。それには、2つ目の理由が関連しているんだ。お前がいくらトラブルに巻き込まれたとしても、誰かに暴力を振るうようには見えないんだよ。青野って何か悪いことが起きた時、他人を責めるタイプじゃなくて、自分を責めるタイプに見えていたからさ。少なくとも、あんな陰湿な嫌がらせを受けるべき生徒には見えないんだよな。悪い言葉を言えば、教師の勘ってやつだ」
ごまかすようにコーラを口に流し込む先生。
俺は、高柳先生がとても頭の回転が速い人だと知っている。だから、"教師の勘"っていうのは少しオブラートに包んだ言い方だと思った。
たぶん、俺のためにあえてそういう言い方をしてくれているんだと思う。普通の先生なら「お前を信用している」と言ってくると思う。でも、今の立場が弱い俺にそう言われると、圧を感じさせてしまう。「だから、早く教えてくれ」というニュアンスが含まれるから。今回は、とぼけるように少し遠回しに俺への信頼感を伝えてくれているんだと思った。
そこまでしてくれている先生なら、俺も……
覚悟は固まった。
先生の目をまっすぐに見る。俺の覚悟が伝わったのか、先生は優しく首を縦に振った。
「高柳先生。聞いていただきたい相談があります」
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