第17話 優しさ
俺たちは、やはり多くの生徒の視線を集めていた。もうすぐ、学校ということもあって、この異色コンビは注目の的になっている。
片や、学園一の美少女であり、才女と評判の一条愛。
片や、交際している幼馴染に暴力を振るった最低男、青野英治。
周囲は、俺のことを白眼視しつつも、隣にいる一条の存在感に圧倒されて何も言い出せない。下手に陰口や嫌がらせをすれば、学校のアイドルにも聞かれてしまうから。もし、そんなことをすれば、この学校から自分の居場所がなくなってしまうかもしれないという保身もあるんだろう。
そして、そもそも隣の一条さんが楽しそうなんだ。自分の意思で、俺と一緒に登校している。おしゃべりを楽しんでいるのが周囲に伝わるほど、彼女は嬉しそうな表情を浮かべてくれている。
男ならだれでも目を奪われるくらいの笑顔。そんな楽しそうな彼女を邪魔することなんて誰もできない。
「あーあ。もうすぐ学校ですね。先輩、今日も一緒に帰ってくれますよね?」
それは、彼女なりの優しさなんだろう。俺が嫌がらせを受けないようにするお守りの役割を引き受けてくれる。特に、「今日も」という言葉を強調していた。昨日も一緒に帰ったということを周囲に暗に伝えるようにしているのがわかる。
「いいのか?」
「何を言っているんですか? 私の方から頼んでいるんですよ!!」
あえて、多くの人に聞こえるように、声のトーンまで大きくしてくれた。彼女にここまでされてしまったら断れる男はいないだろう。いや、むしろこういう関係になりたくて、多くの生徒が斬り捨てられていた。
「お願いします」
「ふふ、じゃあカキフライ奢って下さいね! なんちゃって!!」
下駄箱で、俺たちは別れる。放課後にここでまた会う約束をして。
※
ここからは、ひとりだけの戦いになる。
覚悟を固めて、下駄箱に向かった。上履きがなくなっているかもしれない。画びょうやごみが詰められているかもしれない。最悪の状況を想像する。
しかし、俺の下駄箱は昨日の綺麗なままの状態を保っていた。
特に荒らされた形跡もない。
周囲を見渡すと、学年主任の岩井先生が不自然に昇降口の付近をうろうろしていたのが見えた。
「そういうことか」
どうやら、俺の所持品に嫌がらせをされることを防ぐために、朝早くから監視してくれていたようだ。さすがに、学年主任の目の前で悪さをする強者はいないだろう。
「おう、青野。おはよう。今井から聞いてるよな?」
「はい。聞いています」
学年主任は朗らかに「そうか、そうか」と笑う。
「なら、先に職員室で、高柳先生に会ってやってくれ。昨日から、ずっと心配していたんだぞ」
学校を抜け出したことを何かとがめられるかも思ったが、そんな気配は一切なかった。
「はい」
ほとんど会話もできなかったが、先生は満足そうに笑ってくれた。
※
俺は1階の職員室に向かう。正直、こんな状況で職員室に入るのは嫌だ。絶対に注目されるし、俺を疑っている先生だっているから、冷たい目で見られるかもしれない。
「おはよう、青野」
そんな心配をしていると、担任の高柳先生は職員室前の廊下で待っていてくれた。
「おはようございます。どうして、外に」
「あっ、ああ。こういう状況だからな。さすがに、職員室の中に一人で入るのは心細いだろと思ってここで待ってた」
いつものようにゆっくりとした口調だが、かなり俺に配慮してくれているのがわかってありがたかった。
「ありがとうございます」
「最低限の配慮だ。お礼を言わなくてもいいよ。とりあえず、話を聞かせてくれ。廊下や職員室では、さすがにあれだからな。向こうの会議室使おう」
えっ、こういう時って生徒指導室を使うんじゃないのか。そんな素朴な疑問が浮かんだが、先生はそれを察していたようだ。
「生徒指導室のほうがいいか? あそこはどうしても場の雰囲気的に教師が上位になってしまうからな。今回、俺は青野に対等な目線で話をして欲しいから、あそこは使わないつもりなんだが……」
俺はすぐに首を横に振った。あんな重苦しい場所で、話なんかしたくない。
「だよな」
そう言って、俺たちは会議室に入った。
「青野は、俺の横の席に座ってくれ。対面よりも話しやすいだろ?」
先生は、苦笑いしながら、俺の緊張を解こうとしてくれているのがわかった。
「話を聞くよりも先に、まずは言っておかなければいけないことがある」
先生は急に真面目な口調になって改まる。
俺の緊張感も最大限に高まった。
「青野、本当に申し訳なかった。昨日の青野の異変に、気づくことができずに、お前に苦しい思いをさせてしまった。夏休みの前に、なにかしらの相談ができる環境を作っておきさえすれば、青野の苦しみを和らげることができたのかもしれない。今回の件は、俺の方にも責任がある。本当に申し訳なかった」
先生は深々と頭を下げた。
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