日本人患者後回しの懸念 大半が富裕層の中国人「医療ツーリズム」 経営難病院の頼みの綱

医療ツーリズムによる利用を想定して開設された徳洲会の人間ドック施設「TIMC OSAKA」=大阪市北区(川村寧撮影)
医療ツーリズムによる利用を想定して開設された徳洲会の人間ドック施設「TIMC OSAKA」=大阪市北区(川村寧撮影)

外国人が日本の医療技術に魅力を感じて訪日し、治療や検診を受ける「医療ツーリズム(医療インバウンド)」の動きが進む。「客層」の中心は中国人富裕層で、観光との組み合わせも検討され、経営難に苦しむ病院の収益改善に期待がかかる。ただ、医師らには「日本人患者が後回しにされる」との懸念も根強く、病院経営とどう両立させるかの模索が続いている。

徳洲会は令和6年8月、JR大阪駅直結の複合ビル11階に、人間ドック施設「TIMC OSAKA」を新設した。人工知能(AI)を搭載したMRIなど最高水準の検査機器を用意。検査室の壁面に好きな映像や音楽を流せる演出もあり、担当者は「よりリラックスした環境で検査が受けられる」と話す。

「TIMC OSAKA」の検体検査室
「TIMC OSAKA」の検体検査室

開設から1年間の7年8月までで約570人が受診、5割強が中国人客だ。100%個人負担となる自由診療のため、受診料は中心価格帯で50万~80万円。すべての検査項目を網羅した100万円を超すプランを希望する人も少なくない。

こうした医療施設を観光と組み合わせる取り組みが進む。ある大阪市内の旅行会社は6年11月、中国人客4、5人を対象に医療ツーリズムの実証事業を実施した。「TIMC OSAKA」で検査を受けてもらい帝国ホテル大阪(同市北区)に宿泊。1人80万~100万円ほどのプランだ。

同社は現在、TIMCに加え国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)など計8施設と医療ツーリズムで提携。「糖尿や高血圧が気になるのでちょっと診察してほしいという人も結構多い」という。

中国は高市早苗首相の台湾有事に関する国会答弁に反発して中国人の日本への渡航自粛を呼びかけているが、医療ツーリズムは個人での受け入れが一般的で、大阪観光局は「大きな影響は出ていない」と話した。

医療ツーリズムは一般に、海外の患者が治療・健診目的、または医療サービスと組み合わせた観光目的で渡航することを指す。国は平成22年に決定した「新成長戦略」で「国際医療交流の推進」をうたい、翌年に「医療滞在ビザ」を創設。経済産業省は「最先端医療技術向上による日本医療の発展、富裕層呼び込みによる外貨獲得、日本のブランド価値向上、医療機関の経営力向上」を目的として掲げる。

特に人口減少や国による医療費の抑制方針などで病院経営が厳しくなっていることが、医療ツーリズムの魅力を浮き上がらせている。日本病院会など4団体が出した令和7年度の「病院経営定期調査」(同年11月)によると、有効回答のあった1498病院のうち、医業損益が赤字だった割合は5年度の70・8%から6年度は74・6%に増加した。

日本生命病院(大阪市西区)では一般の医療として年間約3千人の外国人を受け入れ、こちらもほとんどが中国人。前田俊哉事務局長は「(医療ツーリズムとして)まずは人間ドックで受け入れ、収益を上げたい。今後の病院経営は自由診療を収入源にしないとしんどい」と漏らす。

がん治療で高度な設備を備える大阪重粒子線センター(同市中央区)でも、外国人が長い場合で治療に20日程度、ホテルに滞在しながら週4日ほどの治療を受ける。料金は一律528万円。前山芳輝常務理事は「海外からの患者が増えれば安定的な収入源になる」と話す。

受け入れ促進へ求められる「調整役」

経済産業省の有識者会議「医療インバウンドの適切な推進の在り方に関する検討会」が7年6月に出した中間とりまとめによると、日本への医療目的での渡航者数は年間約2万~3万人と考えられる。

医療ツーリズムの市場規模は全世界で約10兆円の市場とも推計される。タイでは約300万人、シンガポールで約50万人、韓国で約60万人(いずれも2023年)を受け入れており、日本の立ち遅れが著しい。

原因として、海外への発信不足のほか、訪日手続きの複雑さ、多言語対応の遅れなどが指摘されている。どの医療機関が受け入れの余裕があるのかの調整役を担い、通訳やビザの取得、ホテルの確保、航空券の入手なども代行する「医療コーディネーター」の役割が求められている。

そうした業務を手掛けるJTBジャパン・メディカル&ヘルスツーリズムセンターの松嶋孝典センター長は「日本の高度医療を受けることによってQOL(生活の質)を向上させ、海外へ帰っていただく。自由診療でビジネスとして成り立つのであれば、日本のプレゼンスも上がる」と指摘する。

医療のビジネス化、医師から疑念の声

医療ツーリズムに対して、医師側からは懸念の声も上がる。医療ツーリズムの海外事例を長年にわたり研究してきた京都民医連中央病院の吉中丈志名誉院長は「医療ツーリズムで地域の医療がよくなったということは一例も聞いていない」と批判的だ。

「どうしても医師はもうかる方に流れてしまう。それはあるべき姿なのか。原則は患者ファースト、命を救わなければならないということを忘れてはならない」

日本医師会は「医療機関が外国人患者に対して自由価格を設定して収益を上げれば、保険診療で受診している多くの日本人患者が後回しにされる可能性がある」と懸念を示してきた。

関西国際空港の対岸に位置し、外国人医療で先進的な取り組みを進めるりんくう総合医療センター(大阪府泉佐野市)の南谷かおり国際医療広報センター長は「医療ツーリズムはこれまで何度か検討したことがあったが、受け入れていない。現場の医師や看護師が疲弊するだけだ」と話す。

こうした声に、自治体や国からの外国人患者受け入れについての相談を受けているメディフォン(東京)の友久甲子CEO室長は「高品質な医療提供に対して適切な対価をいただくことは、今の病院の経営環境を考えると、地域医療にもいい影響を与える可能性もあるのではないか」と指摘する。(田村慶子、入沢亮輔、江森梓)

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