知性を過信している

私が生まれる4年前、人間は自らの存在意義の揺らぎを目の当たりにしたような気がする。

1997年は特別な年である。5月にはチェスにおいて世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ氏が、8月にはオセロにおいて同じく世界チャンピオンの村上健氏が、立て続けにコンピュータに敗れた。人間が自らの能力で特別信じて疑わなかったであろう「知性」は、コンピュータに及ばなかった。

それから四半世紀の時が流れ、一人の大学生が世界最強のオセロAIを作って、さらに人力でもオセロを楽しんでいる。


1997年8月の主役との対面

2022年7月、私は1997年の主役の一人である村上健氏の主催するオセロ大会に出場した。私は敗北に敗北を重ね、ついに出場者の中で暫定最下位となってしまった。たまたまその大会では出場者数が奇数人だったために、私は不戦勝をいただいた。対局は持ち時間20分/プレイヤーであったので、40分の暇が生まれたというわけだ。

連敗に精神をすり減らしていたものの、この絶好の機会に私は村上さんに話しかけずにはいられなかった。「1997年のLogistello(対戦相手のコンピュータ名)戦について伺いたいです。」村上さんは快諾してくださった。

「対局前、いっぱい取材が来たんですよ。でもね、私は言ったんです。絶対に負けます。と。でもどこのメディアもそうは書かなかったんですよね。そして6戦全敗して帰国したらパタッと、本当にパタッと、取材がなくなったんですよ。」

3ヶ月前にチェスにおいて絶対的王者がコンピュータに惜敗(2勝1敗3分)しているという事実は、オセロでその敵を取ってくれるのではないかという淡い期待を民衆に抱かせていたのかもしれない。そして何よりも、多くの人間は自らの知性を過信していたのだろう。

しかし、村上氏はLogistello戦の前にすでに、人間の勝てる相手ではないことを知っていた。当時、コンピュータオセロの大会が開かれていたらしく、その対局の棋譜を貰い受けて並べていて感じたという。

対局の結果は村上氏の予想通り、村上氏の6戦全敗という結果であった。オセロには「覚えるのは1分、極めるのには一生」という格言があるが、村上氏は「私が生きている間、努力を続けても追い付かない」と話したという。

「raison d'etreって言ってわかります?存在意義、みたいな意味なんですけど。」

いきなりフランス語を話されて私は驚いてしまった(村上さんは麻布学園の英語教師である)。細かいやりとりは忘れてしまったが、振り返ってみるとこれは、人間の存在意義を考えると同時に、オセロの存在意義についても思考を巡らす発言だったのかもしれない。

それから、私はオセロAIが人力オセロを終わらせてしまうのかという不安について問うた。私はオセロAI開発者であると同時に、何よりも、オセロプレイヤーである。自らの技術で自らの趣味を終わらせることは避けたい。

「例えば100m走で人間がロボットに敵わないなんて当然じゃないですか。でも人間はオリンピックで100mを走りますよね。それと同じだと思うんです。」

「それはオセロが近い未来に完全解析(初手から真に最善手を打ち続けた結果を求めること)されたとしてもですか?」

「完全解析されたとしても、何も変わらないと思います。」

村上さんにこう言っていただけると幾分安心する。最後に、私自身がオセロの完全解析を目指しているという話をしたら、応援の言葉をかけてくださった。


知性の高さへの過信

人間が他の生物に比べて顕著なところと言えば、その巨大な脳、そしてその脳から生まれる知性であろう。だからこそ、人間が知性において人間以外に敗れることの衝撃は大きかったはずである。

しかしよく考えてみれば、陸上を移動する生物で一番速いのがチーターであるように、地球上で一番知性がある(と思っている)のが人間なだけである。

チーターのスピードは110km/h程度であるのに対し、例えばF1のスピードは250km/hを超越している。人間の知性をコンピュータが抜いたところで、驚くことは何もないはずである。

しかし、人間はチェスとオセロ、さらに2010年代には将棋と囲碁においてコンピュータに敗北することに多大なる衝撃を受けた。これは、純粋に技術力の高さに驚いただけではないだろう。人間の知性が敗れるという事実に驚いたのである。

人間は自らの知性の高さを過信していたのではないか?


高度な知性の功罪

生物にとって、体が大きいということは表裏一体である。体が大きければ必然的に力も強くなり、そのために天敵が減るという利点がある。しかし、大きな体を維持するには大量の食料が必要である。気候変動などで食料が調達できなくなれば、たちまち絶滅の危機に瀕するであろう。

では、高度な知性も表裏一体なのではなかろうか。

知性は疑う余地なく、我々人間の繁栄に強く寄与してきた。しかし、脳も何かしらの爆弾を抱えているはずだと感じる。すぐに思いつくところであれば、脳のエネルギー消費量の膨大さであろう。しかし、これだけではないような気がする。

原子爆弾は知性の塊ではないだろうか。原子力という莫大なエネルギーを生み出せる高度な技術を、爆弾として使ってしまったのである。その結果、広島と長崎で多くの民間人が死傷する惨事が起こってしまい、さらに現代でも核の脅威として常に人間を脅かしている。


広島と長崎を訪れた話

2022年6月に広島を、7月に長崎を訪れた。それぞれ全く別件で、原爆が投下された場所を訪れることとなったのは全くの偶然である。

広島平和記念資料館と長崎原爆資料館の両方を訪問した。興味深かったのは、このいずれにおいても原爆開発の発端の展示がされていたことである。これらの展示を見て気づいたのは、原子力開発を行っていた科学者が、「莫大なエネルギーを取り出せること」に純粋な興味を持っていたことで、つまり、最初から爆弾にすることを念頭に開発していたわけではなさそうなのである。

しかし、本当に原子力を純粋なエネルギー開発としてのみ研究していたのだろうか。

ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルについて、私が知る限りでは2つの逸話がある。

一つはそもそもダイナマイトは土木工事に貢献するために開発されたもので、戦争に使われるのは想定外だったという話、もう一つはたとえ軍事利用されたとしても抑止力として作用し、実際に使われることはないだろうと考えていたという話である。

しかしダイナマイトは結局このどちらでもなく、土木工事で使われたのは当然ながら、戦争を激化させることにも使われてしまった。

原子力の研究をする段階で、爆弾として使われる脅威は、特に科学者の間でどの程度認知されていたのだろうか。推測ではあるが、ダイナマイトと全く同じような考えをしていたのではないかと考える。


知性を過信している

人間は2つの意味で自らの知性を過信していると感じる。一つ目は人間の知性があらゆる生物やコンピュータが持つ知性よりも優れていると考えていることが多い点、もう一つは知性は繁栄をもたらしてくれこそすれ、破滅はもたらさないだろうと考えていることが多い点である。

しかし、前者の過信はコンピュータという存在によって次第に揺らいでいくのではなろうか。実際、25年前の出来事を知れば知るほど、現代の人間は知性に対する過信が幾分和らいでいるような気がする。

そして、前者の過信が揺らげば後者の過信も薄れていくのではないだろうか。人間の知性は絶対でないという認識が広まれば、知性が破滅をもたらす可能性も必然的に多くの人が考えるのではないか。

いささか楽観的かもしれないが、今の私はこう考えている。こう信じている。



参考資料

この記事の執筆にあたって以下の文章を大いに参考にした。この記事と併せてぜひ読んでいただきたい。

[1] 村上氏へのねとらぼによる取材記事

[2] Logistelloの作者Michael Buro氏による1997年の村上戦の話(英語)

https://skatgame.net/mburo/ps/match-report.pdf

[3] 村上氏による1997年のLogistello戦の話を含む文章(英語)

[4] オセロにおけるコンピュータとの戦いを解説した記事

[5] 巨大類人猿ギガントピテクスの絶滅について



この記事を書くにあたって様々な資料を読み返していたら、村上氏とLogistelloの対局は1997年8月4日、まさにちょうど25年前に開始したということに気づいた。25年前に思いを馳せながら、最初の対局が開始した9:30にこの記事を公開する。


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