ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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12-7 君たちに『勇気』を問おう

 イサミがフィンの方を向き、切羽詰まった口調で意見具申する。

 

「フィン、撤退を進言します! 今なら、全員生きて地上に戻れる!」

「24階層で脱出に使ったというあれかい?」

「ええ。あれなら・・・」

 

 振り向いたフィンの視線に、イサミは言葉を失った。

 怒りでもなく、叱責でもなく、ただ静かに見つめられる視線に、自然と言葉が途切れる。

 

「なるほど・・・君がLv.1で登録しているのは正直詐称だと思っていたが・・・本当だったんだな」

「え?」

「はぁ? Lv.1ぃ!? 嘘だろおい!」

「・・・・」

 

 絶体絶命の状況も忘れて周囲がざわつく。

 

 それはそうだ。

 第一級冒険者ですら到達困難なこの59階層にやすやすと進出し、下手をすればリヴェリア以上の圧倒的な魔力を見せつけ、しかもLv.5の面々までもが倒れ伏す中、フィンやガレスと並んで二本の脚で立っている。

 

 Lv.2程度の敏捷度しかないと見えるのはレフィーヤと同じ、あるいは更に極端な魔力特化タイプだからであって、魔導と神秘アビリティを併せ持つのなら最低レベル3、恐らくは5か6に達しているのではないのかと、みな何とはなしに思っていたのだ。

 

 彼らの驚きをよそにフィンの言葉は続く。

 静かな視線に捕らえられ、イサミは言葉を紡げない。

 

「今、確信した。()()()()()()()()()()()()()()

「・・・」

 

 無言のままイサミはうつむく。

 フィンの指摘は、はからずもイサミがこれまで考えつつも向き合ってこなかった問題の本質を突いていた。

 

 物心ついて以来、イサミは自分より強い敵を打ち破った経験がない。

 与えられた加護故に、周囲に自分より優れた存在はいなかった。敵は常に自分より弱い存在だった。

 

 そして自分より強い敵に自ら挑んだ経験もない。

 おそらくグラシアやロビラー相手でも、状況が許せば戦闘を回避したであろう。

 だからこそ、イサミはいまだにランクアップができない。

 

 それはベルが持つ勇気。

 イサミがこれまで持ち合わせてこなかった勇気。

 

 それ故にこそ、グラシアにとってベルは美しく――イサミは美しくない。

 

「・・・っ、ですが! この状況では撤退しか・・・!」

「ああ、そうだね。確かにこの状況なら撤退は選択肢のひとつだろう。

 止めはしないさ。君がいなくとも僕たちは勝てる。多少の犠牲は出るかも知れないが、それでも勝つ。

 なぜなら、僕たちはロキ・ファミリアなのだから」

 

 気圧される。

 圧倒的な数の修羅場をくぐり抜けてきた英雄の意気に、イサミは圧される。

 

「・・・けどね」

 

 そこで息を切り、フィンは笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()()()

「っ!」

 

 息が止まった。

 

「君が撤退するのは構わないさ。でもこのままだと、これから先、ずっと君は撤退し続ける。壁を越えられないまま」

 

 もはや反応も返せず凍り付くイサミに、フィンは訥々と語りかける。

 

「君の弟は間違いなく英雄の器だ。このぼくが、《勇者》が認めよう。だが君はどうだ?

 今は圧倒的に弟にまさっているだろう。

 しかし足踏みし続ける君をよそに君の弟は英雄への階段を登り続ける。

 そして彼が輝ける英雄となったときもまだ、君は同じ場所で腐っているだろう――それでいいのかい?」

 

 ぎり、とイサミの歯が鳴った。

 

「い――」

「うん? 何かな?」

「いいわけねえだろうがこのクソ小人族(パルゥム)! 俺はベルの兄貴だぞ!

 兄貴ってのはなあ、いつでも弟より強くて、賢くて、頼りになる存在じゃなきゃいけねえんだよ!

 たとえ本当はそうでなかったとしてもだ!」

 

 にやり、とフィンの笑みが変化する。

 乗せられたのはわかっているが、それでもこう答える以外の選択肢はなかった。

 何故なら、イサミ・クラネルはベル・クラネルの兄であるのだから。

 

 フィンはぺろり、と親指を舐めた。かつて無いほどに親指がうずく。

 ここが勝機であると、圧倒的な確信をフィンに伝えている。

 振り向き、他の面々に語りかける。

 

「君たちに『勇気』を問おう。その目には何が見えている?

 恐怖か、絶望か、破滅か?

 僕の目に見えるのは倒すべき敵、そして勝機だけだ」

「・・・・!」

 

 一同の視線がフィンに集まる。

 

「退路などもとより不要だ。道は、この槍をもって切り開く」

 

 誰かの拳が、ぎゅっと握られた。

 

女神(フィアナ)の名に誓って、君たちに勝利を約束しよう――

 それとも、ベル・クラネルの真似は君たちには荷が重いか?」

 

 やはりフィン・ディムナは人の心を震わせる英雄であり――

 そして、人を焚きつける天才でもあった。

 

 全身全霊を賭して異形のミノタウロスと渡り合った少年。

 その姿が、見ていた全員の脳裏にフラッシュバックする。

 

 激闘の余韻が、熱が、臓腑を焼く。

 何よりも熱く、白く、尊いあの姿、あの戦い、あの闘志。

 

「――ざけんな。雑魚に負けてられっかッ!」

 

 ベートが吠え。

 

「上等じゃない」

 

 ティオネが前髪をかきあげ。

 

「あたし達も、『冒険』しなくっちゃね」

 

 ティオナが笑った。

 

「―――!」

 

 アイズの瞳にあのまなざしが蘇った。

 完全に折れた心が、真っ白な灰になっていた闘志が、再び炎となって燃え上がるあの瞬間を。

 

 そしてその戦いを直接は見てはいなかったレフィーヤの心にも、その名前は火を付けた。

 アイズが助けた少年。アイズを泣かせた少年。言語道断にもアイズに膝枕をさせた少年。

 他ファミリアであるにもかかわらず一対一でアイズに戦闘の手ほどきをして貰っていた少年。

 アイズが、アイズを、アイズに、アイズの・・・

 

(あなたなんかに・・・あなたなんかに・・・)

 

「アイズさんを渡すものかァーっ!」

 

 自分が叫んでいたことにレフィーヤは気づいていない。

 かろうじて「堕ちた精霊に」という意味だと周囲が解釈してくれたのが救いであった。

 

 

 

「さて、イサミ・クラネル。何か策は」

「んなもんある訳無いじゃないですか。

 ただ・・・堕ちた精霊の魔法は止められるでしょう」

「随分自信たっぷりだね。相手の呪文相殺とやらを破る手立てはあるのかい」

「『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』ですよ、フィン」

 

 イサミの顔に浮かぶ笑みを見て、フィンが頷く。

 

「聞いたな! 魔法はイサミ・クラネルが止めてくれる! 

 何としてでもあいつに食らいつけ!」

 

 おおっ!と雄叫びが返って来る。

 

『させるか・・・虫の息の下等種族どもが!

 "流星雨(メテオ・スウォーム)"・・・"流星雨(メテオ・スウォーム)"!』

 

 再び流れる炎の流星雨。

 だがその直前。

 

「"我願う・・・我らが傷を癒したまえ!"」

 

 イサミが疑似呪文能力の"願い(ウィッシュ)"を発動させた。

 強力な魔法のエネルギーが因果をねじ曲げ、現実を改変する。

 

 潰されたレーテーの足、椿の腕がふくらみ、砕けた骨が結合し、断裂した筋肉と神経繊維が再生する。

 シャーナ、ラウル、ナルヴィ、クルス、アリシアが目を開き、立ち上がる。

 むろんその他の冒険者達の傷も、その全てが癒えている。

 

 爆炎が炸裂するも、その状態でただの"流星雨《|メテオ・スウォーム》"を受けたところで、都市最強の冒険者達には何ら痛手ではない。

 蹂躙と組み合わさればこその脅威であって、単体では多少痛い程度の嫌がらせだ。

 

 一瞬、僅かに驚いた表情を見せたグラシアだったが、すぐにくすくすと笑い出す。

 

「あら、切り札をそんなところで使っちゃっていいのかしらぁ? それとも、まさか私に勝てる気?」

「んなもん知った事か。俺は俺の仕事をやるだけだ。そうすりゃ前衛が何とかする。

 俺の支援を受けてどうにもならないなら、そりゃあいつらが不甲斐ないからだ、俺のせいじゃねえ!」

 

 イサミの啖呵?に、責任を押しつけられた前衛達があるいは笑い、あるいは怒る。

 

「ざっけんな、虎野郎! 待ってろ、こいつぶちのめしたら次はテメェだ! またボコボコにしてやる!」

「そこまで言うからには、ちゃんと仕事はしてよ!」

 

 ベートが噛みつき、ティオネと椿は不敵にくちびるを吊り上げる。

 フィンとガレスは無言で笑い、アイズはちょっと困った顔をした。

 ティオナとレーテーは「がんばるぞ、おー!」と気勢を上げ、シャーナは破顔一笑。

 

(パーティってのがどんなものか、ちったぁわかってきたみてぇじゃねえか!)

 

 最初にパーティを組んだときにイサミの股間を握りつつ教えたこと。

 どうにかこうにかそれが形になってきていると知り、くちびるが笑みの形にゆがむのを止められない。

 

 思えば、ずっと危なっかしい奴だった。

 自分やレーテーとパーティを組んでからも、何もかも自分一人で片付けるつもりでいるのがありありと見えた。

 

(まあ、それだけの実力はあったわけだが)

 

 だとしても、一人でダンジョンは攻略できない。

 自分のできる事はきっちりやって、他のことはパーティメンバーに押しつける。

 それくらいでいいのだと先輩冒険者(シャーナ)は笑う。

 

(一皮むけたな、イサミ!)

 

 なら自分は自分の仕事をしようと、シャーナは走る速度を上げた。

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