川崎憲次郎
日本のプロ野球選手、指導者、解説者
川崎 憲次郎(かわさき けんじろう、1971年1月8日 - )は、大分県佐伯市[1]出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者、野球指導者。妻は堀恵子。長女はモデルの川崎琴之[2]。
|
2012年10月15日 | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 大分県佐伯市 |
| 生年月日 | 1971年1月8日(54歳) |
| 身長 体重 |
182 cm 87 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1988年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 1989年5月9日 |
| 最終出場 | 2004年10月3日(引退試合) |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
|
選手歴 | |
| |
|
コーチ歴 | |
| |
1988年度のドラフト会議でヤクルトスワローズから1位指名を受けて入団し、1989年 - 2000年はヤクルトで[3]、2001年 - 2004年は同じセ・リーグの中日ドラゴンズでプレーした。ヤクルト時代は主力投手として活躍し[3]、通算12年間(実働11年間)で234試合に登板して88勝を挙げたが[4]、うち対読売ジャイアンツ(巨人)戦で挙げた勝利数が29に上っていたことから「巨人キラー」と呼ばれた[3]。1998年にはシーズン17勝を挙げてセ・リーグの最多勝投手になり、沢村栄治賞も獲得している[5]。2000年オフにフリーエージェント (FA) で中日に移籍してからも活躍を期待されたが[3]、中日時代は怪我に悩まされて1勝もできず、2004年限りで現役を引退した。