武田一浩
日本の元プロ野球選手
武田 一浩(たけだ かずひろ、1965年〈昭和40年〉6月22日 - )は、東京都世田谷区出身の元プロ野球選手(投手)[5]、実業家(社会起業家)[6]。
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 東京都世田谷区[1] |
| 生年月日 | 1965年6月22日(60歳) |
| 身長 体重 |
171 cm 80 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1987年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 1988年6月8日[2][3] |
| 最終出場 | 2002年10月10日[4] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 武田 一浩 | |
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| YouTube | |
| チャンネル | |
| 活動期間 | 2022年 - |
| ジャンル | 野球 |
| 登録者数 | 2.28万人 |
| 総再生回数 | 812.3万回 |
| チャンネル登録者数・総再生回数は 2025年7月26日時点。 | |
現役時代(1988年 - 2002年)は日本プロ野球 (NPB) の日本ハムファイターズ・福岡ダイエーホークス・中日ドラゴンズ・読売ジャイアンツの計4球団で15年間プレーし、通算89勝99敗31セーブの成績を残した[7]。
日本ハム時代の1991年には最優秀救援投手を獲得し[7]、ダイエー時代(1996年 - 1998年)は左のエース・工藤公康と並ぶ右のエース[注 1]として活躍[10]。1996年にはキャリアハイとなる15勝を挙げたほか、1998年には13勝を挙げてパシフィック・リーグ(パ・リーグ)最多勝を獲得した[7]。同年オフにFA権を行使して中日に移籍すると、中日でも右のエース[注 2]として1999年のセントラル・リーグ(セ・リーグ)優勝に貢献[12]。巨人に移籍した2002年にはNPB史上3人目の全球団勝利を達成し、同年限りで現役を引退した[13]。
2020年時点では日本放送協会 (NHK) の野球解説者として活動している[1]。また、2021年時点では省エネシステムの提案や商品の販売を手掛ける「株式会社グルーヴ」(東京都世田谷区)の代表取締役を務めている[14]。