中国の若者がギャルゲーに求める「報われる世界」
東京大学が主導し日中の46大学が参加したビジュアルノベル研究の合同誌がコミケC107で発表されました。中国はTOP校から地方大学まで、国境を越え結集した学生たちがテーマとして取り扱うのは「ギャルゲー」です。
【コミケ50周年特別企画】
— 東京大学ビジュアルノベル同好会UT-ViNos(2日目 東6 東 イ 31b) (@ut_vinos) December 12, 2025
C107にてビジュアルノベル大学サークル合同本を頒布します! 総ページ数は676ページ!!
参加数は日中合計46団体、テーマは「各サークルの活動史」と「ビジュアルノベルのこれから」です。
ビジュアルノベルに対する大学生の生の声を、どうかお見逃しなく! (続く)#C107 pic.twitter.com/papXxuZE1O
これは中国側で行われた告知です。
【抜粋】
東京大学が主導し、日中の計46大学が今回の刊行物の初回限定版制作に参加しました。日本の大学が9校、中国国内の大学は37校に達します。北京大学(PKU)のような最高峰の大学が名を連ねるとともに、各地の有力校が内容の幅広さを支えています。本誌を通じて、日中の高等教育を受ける層が抱くギャルゲーへの異なる見解や文化的な差異を体感できるだけでなく、各大学におけるコミュニティの生態や発展の歴史を把握することも可能です。
なぜ中国で、ここまでギャルゲーが人気なのか。今回は中国のギャルゲー人気の実態を紹介します。
地下ではなく「表」から始まった歴史
今、中国でギャルゲーが爆発的な人気となっている背景には、日本とは真逆の発展があります。この「入口の違い」が、両国におけるギャルゲー文化の根本的な違いとなっています。
日本では「ギャルゲー=18禁」という印象を持つ方が多いと思います。実際、日本でギャルゲーは主に18禁の同人・商業作品として誕生し、地下文化から徐々に発展してきました。その後、コンシューマーへの移植やメディアミックスを通じ全年齢化が進みましたが、ジャンルには常に「R-18」という陰がつきまといました。
対照的に、中国でギャルゲーが本格的に普及し始めたのは2010年代後半、Steamを通じた全年齢版の配信からでした。一部のコアなファンを除く中国のプレイヤーにとって、ギャルゲーとの最初の出会いは全年齢版であり、R-18要素はあくまで「嗜好に応じ後から追加するパッチ」という位置づけだったのです。
露骨な性的表現はない
この違いが生んだ最も重要な差異は、中国のギャルゲーは主に「表の文化」として流通しているという点です。
「後ろめたさ」から解放された環境
かつての中国においてもギャルゲーは長年「人に言えない趣味」でした。ギャルゲームの当て字である旮旯给木(gā lā gěi mù)の「旮旯」が「隅っこ」を意味することが、以前のギャルゲー愛好者の立場を象徴しています。
大半が成人向けコンテンツを含むため、「低俗」「下品」というイメージで、ニッチなジャンルとして認識されてきました。
この流れを変えたのが、2015年に中国市場へ本格進出したSteamです。日本のギャルゲーメーカーにとって、Steamは中国市場への「正規の入口」を提供しました。
従来、中国語版ギャルゲーは非公式翻訳や海賊版が主流でしたが、Steamを通じた公式配信により、全年齢版を合法的に、かつ広範囲に届けることが可能になったのです。
そして2016年にはbilibiliの動画配信機能が充実し、視覚的な情報共有も可能となりました。ギャルゲーのメーカーや配信者たちは、全年齢版であることを盾に、堂々と広告・実況を行うことができました。
選択肢の読み上げ、キャラクターへのコメント、ストーリー展開への反応、こうしたインタラクティブな配信が、視聴者との間に強い共感を生み出したのです。
さらに2017年には、モバイル決済の普及率がほぼ100%に達しました。日本では18禁ゲームの購入にクレジットカードや専門店での現金購入が必要で、これ自体が心理的・物理的ハードルとなっていました。
しかし中国では、Steamでの購入がモバイル決済で完結し、購入履歴が家族に見られる心配もありません。この「買いやすさ」は、ギャルゲー市場の急速な拡大を支える重要な要因となりました。
Steam、bilibili、モバイル決済。これら3つの技術的条件が2015年から2017年にかけて揃ったことで、中国には「買いやすく・遊びやすく・共有しやすい」ギャルゲー環境が出現しました。これが現在のブームの下地となっています。
ミーム文化による拡散
ギャルゲーが中国で爆発的に流行した背景には、若者特有の「ミーム文化」が欠かせません。その象徴が「Ciallo~(∠・ω< )⌒☆」です。
この言葉は、ゆずソフトの『サノバウィッチ』という作品に起源を持ちます。ヒロインが使う挨拶として登場し、イタリア語の「Ciao」と英語の「Hello」を融合させた造語に、日本式顔文字を組み合わせた表現です。
以下は中国の愛国主義的な文化批判という形をしながら、このミームを拡散しているという皮肉なコンテンツです。
Ciallo~(∠・ω< )⌒☆—日本文化植民地化の見えない刃
【前言の抜粋】
李老師は最近、懸念する現象に気づいた。中国のbilibili、抖音(TikTok)、青少年コミュニティにおいて「Ciallo~(∠・ω< )⌒☆」という顔文字の挨拶が急速に流行している。この一見可愛く無害に見える記号は、実際には日本のビジュアルノベルゲーム文化、ゆずソフトが開発したギャルゲームでよく見られる可愛らしいスタイルの表現に由来している。これはイタリア語の「Ciao」の変形と日本式顔文字を組み合わせたもので、茶目っ気のある萌え化されたインタラクション方式を象徴している。
しかし、日本文化の背後にある幾重もの霧を払いのけると、「Ciallo~(∠・ω< )⌒☆」は単なる娯楽記号などではなく、萌え化という偽装を纏った文化的弾丸であり、中国の主権的文化空間への浸透と挑戦であることが分かる。
これは危機を煽っているのではなく、文化植民地化の真実の演習なのだ。今日、李老師は5つの側面から、「Ciallo~(∠・ω< )⌒☆」の文化的属性、イデオロギー的論理、そして中国の青年への潜在的腐食作用を深く分析し、警鐘を鳴らす!
この種の「批判を装った宣伝」は、中国ネット文化における高度な皮肉表現の一つです。逆に若者の好奇心を刺激し、ギャルゲー文化への関心を高めているのです。
結果として「Ciallo~(∠・ω< )⌒☆」はミームとして多くの文脈で広く使われることになり、これもギャルゲーへの「入り口」となっています。
「努力が必ず報われる世界」への渇望
「表の文化」として流通する環境が生まれたとしても、爆発的ブームの説明としては不十分です。なぜ中国の若者たちは、これほどまでにギャルゲーに惹かれたのか。その背景には、中国社会が抱える構造的問題があります。
コントロール不能な現実
2025年10月、抖音(TikTok)の投稿者「鳄鱼花椒」が投稿した「ギャルゲーはこんなじゃない(嘎啦game里不是这样的)」という一連の動画はネットミームとなり、ギャルゲーを多くの人に認知させるキッカケとなりました。
どうして私に直接告白するのですか。ギャルゲームでは、そうではありません。あなたはもっと私と会話を重ね、好感度を高めるべきです。時々プレゼントを贈り、特別な祝日に特別な交流を持つのです。最終的に、私の内面に関わる神秘的なイベントで告白し、私が同意して一緒に過ごし、そこで私はようやく特別なCGを見せるのです。どうして直接告白してくるのですか。ギャルゲームでは全くそのようにはなっていません。私は受け入れません。
このような「ギャルゲーの論理で現実を解釈する」ミームは他にも様々な形で表れています。
私には理解できない。
成熟した、自信に満ち、成功した男性が、どうしてギャルゲーをプレイしないことがあり得るのか。ギャルゲーをプレイすることは、すでに俗世の美色への煩わしさから脱却し、より高次元のプラトン式の愛情、ユートピア的な美学を追求していることを示している。もし一人の男性がギャルゲーをプレイしないなら、その人は審美能力がなく、美への憧憬と追求がないということを示しているに過ぎない。(授業中ギャルゲーをプレイしていて隣の女子クラスメートに感情が芽生える)
グルチャのお前らは全員男だろ!ネット上ではギャルゲーの中はみんな美少女だって言ってないか?全部男だなんて何事だ!ギャルゲームはこんなんじゃない!ギャルゲームは...ギャルゲームは俺以外は全員攻略可能な美少女であるべきだろ......何だよ俺に特殊CGがあるって?
これらの投稿が示しているのは、理想化した恋愛と現実とのギャップです。現実が予測不可能で、努力が報われる保証がなく、一度の失敗が取り返しのつかない結果をもたらすという、若者なら誰もが感じている不安です。
様々な形で拡散している
そして中国の若者たちにとって、この不安は恋愛に限定されたものではありません。彼らが直面しているのは、人生のあらゆる局面において「コントロール不能」を強いられる社会です。
競争社会
中国は学歴社会のうえ、社会においても猛烈な競争に晒されます。
高考 … 熾烈な受験勉強
996 … 朝9時から夜9時まで、週6日勤務
内巻 … デフレにおける無意味で熾烈な競争
この結果、恋愛どころか自分の時間すら持てない若者が大量に存在します。
男女比の不均衡と高騰する結婚費用
一人っ子政策の影響で、中国では男性が女性より3,000万人以上多いとされています。そのうえ結婚の前提条件となる都市部での住宅購入費用は平均年収の20〜30倍に達します。「結婚=経済的困難」という認識はごく当たり前の感覚となっています。
ギャルゲーが提供する「確実性」
こうした現実に対し、ギャルゲーは極めて明快な「解決策」を提示します。
「好感度システム」:努力の可視化
ギャルゲーでは、プレイヤーの選択肢が好感度という数値に変換され、一定の閾値を超えれば必ずイベントが発生します。
「セーブ&ロード」:失敗のリスク回避
現実では、一度の失敗が関係の終わりを意味することがあります。しかしギャルゲーでは、気に入らない展開になればセーブポイントに戻り、別の選択肢を試すことができます。
「複数ルート」:選択の自由
現実の恋愛市場では、男女比の不均衡や経済的制約により、選択肢そのものが限定されています。しかしギャルゲーでは、複数のヒロインが用意され、プレイヤーは自由に攻略対象を選べます。
ギャルゲーに対する要求の違い
このように、日本と中国でギャルゲーに求めるものが質的に異なる点があります。
日本のプレイヤーにとって、ギャルゲーは主に「萌え」「癒し」「理想の恋愛体験」を提供するエンターテインメントです。日常からの逃避ではありますが、それはより良い体験を求めるポジティブな動機が中心です。
対して中国のプレイヤーにとって、ギャルゲーはこれらと同時に、構造的に不利な現実からの「救済」という側面があります。
時間がない、男女比で不利、経済力が足りない。こうした現実に苦しむ若者にとって、ギャルゲーは単なる娯楽ではなく「努力が報われる」「選択の自由がある」「失敗してもやり直せる」という、現実では得られない基本的権利を体験できる場という側面があります。
文化は国境を越えて何になるのか
自国で日陰の趣味だったものが、海外で「表の文化」として花開くことに複雑な思いを持つ方もいるかもしれません。しかし確かなのは、文化は国境を越えた瞬間に元の意味を離れ、新たな文脈で生まれ変わるという事実です。
日中の大学サークルが手を取り合い、このジャンルを考察しようとする試みは単なる趣味の共有を超えた、互いの社会を理解するための橋となる可能性を秘めていると思います。
1月6日追記:
冒頭で紹介した冊子の再販を検討されているそうです。興味がある方はご検討ください
C107にて頒布いたしましたこちらの合同本ですが、現在多くの方から再販希望の声を頂いております。
— 東京大学ビジュアルノベル同好会UT-ViNos(2日目 東6 東 イ 31b) (@ut_vinos) January 6, 2026
それを受け現在、再販を検討しておりそれに向けた準備を進めております。詳細が決まり次第本アカウントより情報発信しますので、暫くお待ちください! https://t.co/puoZ2WUPLN
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チップのご検討をいただき、ありがとうございます。
いただいたチップは全て記事を書くための費用として使わせていただきます。


中国で生まれ育った者です。日本のギャルゲーも意外と最初は中国で知りました。 感覚としては、ギャルゲーは00年代~10年代初頭も割と人気あったんじゃないでしょうか。結構大規模なギャルゲー専門の掲示板とか、あと雑誌もありましたね、出版されてるやつ。まあみんなはだいたい海賊版でプレイしてた…
コメントありがとうございました。実際に経験されていないと分からない事を多く教えていただき感謝します。いつか頂いた内容を記事に反映したいと思います。
はじめまして。 これゆずソフトのゲームですよね。 あの国はギャルゲーも勝手にパクるのが当たり前、 という認識でよろしいでしょうか
はじめまして。文章中にも書いていますが、Steamで配信されている正規版です。
とても興味深い記事でした。ありがとうございます🙏 >中国のプレイヤーにとって、ギャルゲーはこれらと同時に、構造的に不利な現実からの「救済」という側面 とても腑に落ちる表現だと思いました。また、ギャルゲーと同様にBLや乙女ゲームも重なる部分があるように感じてます
お読みいただきありがとうございました。BLは過去記事で書いていますので、よければご覧ください。乙女ゲームはいつか取り上げてみたいと思います
しかし正に、日本でギャルゲーが発展した時期というのが、今の中国と同じデフレ下での将来不安・現実コントロール不可能性に晒された時期だったので、現在の中国の世相が平成の日本と近くなってしまった結果という側面もありそう。
たしかに仰られる通りで、その内容で最後をまとめようと最後まで悩みました。今の中国の若者心理が本当に当時の日本の若者と同じなのか、もう少し考えてみたいと思います