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そもそも、資本主義とサステナブルマネジメントは相性が良くない。

――それでも企業は「人を大事にしている」と言わなければならない。

▽事例詳細:優良企業のはずだった ――巨額投資の研究拠点で起きている「合理性なき300人異動」
https://note.com/glad_peony7803/n/n23ad9de0513a

今回の件を見ていて、来年の流行語大賞には「サステナブル偽装」あるいは「サステナブル破綻」が入るのではないか、そんな予感がしています。
言葉が悪いのではありません。問題なのは、運用がまったく伴っていないことです。

これほど大きな社会的課題に関わることができるのは、ライターとして光栄なことでもあります。しかし同時に、「被害者」と呼ばれる立場に置かれた人々が、現実に存在しているという事実に、胸の痛みを覚えずにはいられません。

書き手が無感情でいられないテーマだからこそ、書かなければならないことがある。心が痛むからこそ、逃げずに言葉を選び、記録として残す意味があると考えています。

いま、終わりに近づいている課長面談。


次から次へと向けられる言葉や判断の重みが、当事者の心身を過度にすり減らしてしまわないか。その点についても、ひとりの人間として、静かな懸念を抱いています。

確かに、私は有料記事という形で前半部分を書くこともあります。けれど、この点だけははっきりとお伝えしておきたいと思います。ここに記している内容は、商材としてではなく、共有されるべき情報として、意志をもって書いています。

私は、この社会と同じ時間を生きる一人の人間として、人の人生や生活に関わる出来事を、娯楽や勝敗の文脈で消費してはならないと考えています。

ゲームや格闘技とは異なり、人間の営みや人生そのものに、策略や駆け引きが前提として持ち込まれるべきではない。その思いを、日々の執筆の軸として、言葉を重ねています。

本記事は、特定の企業を糾弾するためのものではありません。また、感情論で企業を断罪する意図もありません。スタンスはただ一つ、「世の中をもう一段深く考えましょう」というものです。

テーマは非常に根深く、そして本来は教育現場でこそ扱われるべき問いです。今回のケースを、ぜひ一つの教材として丁寧に観察してみてください。

「資本主義とサステナブルマネジメントは、本質的に両立するのか?」


この問いを避けたままでは、どれだけ企業研究をしても、学生は“実際に起きること”を理解できません。

サステナブルマネジメントは、しばしば「理念」として語られます。しかし本来それは理念ではなく、「制約」を引き受ける経営です。持続可能性とは、短期的な効率や利益を、あえて抑える選択を含むものだからです。

一方で、資本主義はどうでしょうか。投資回収のスピード、株主への説明責任、数字で測れる成果。こうした要素を優先する仕組みの中では、人への配慮はどうしても後回しになりやすい。ここに、最初の構造的な矛盾があります。

現代の企業にとって、サステナビリティは掲げなければならない「看板」です。掲げていない企業は、採用でも投資でも不利になる。そのため多くの企業は、「人を大事にする」と言います。
――言うこと自体は、難しくありません。

しかし、言うことと、やることの優先順位が逆転する瞬間は必ず訪れます。大規模な配置転換、急な組織再編、想定外のコスト増といった局面です。そのとき企業は、理念ではなく、構造としての資本主義に引き戻されます。

サステナブルマネジメントが本当に機能しているかどうかは、順調なときには分かりません。

試されるのは、社員に負荷がかかる局面です。
どれだけ説明に時間をかけるのか、誰が説明責任を負うのか、家族や生活への影響をどこまで考慮するのか。ここで「合理性」「スピード」「前例」が優先されるなら、それはもはやサステナブル経営とは言えません。

形だけ残ったサステナブルは、学生にとって最も見抜きにくく、そして最も危険な企業像になります。

進路指導の現場で、ぜひ学生に伝えてほしい視点があります。
サステナブルを掲げている企業ほど、「それが破綻する場面」を見る必要がある、ということです。

実は、「サステナブル」という長いカタカナに惑わされるから、話が難しく見えるだけなのかもしれません。本質はとてもシンプルです。「令和流に、ちゃんとやる」。それだけの話です。

今回のケースは、言い換えれば「昭和流に、ちゃんとやった」案件でもあります。

令和流であるならば、希望を聞き、可否を双方で確認し、必要性を再検討し、最善策を模索し、それをすり合わせる。時間をかけて、丁寧に行う。それだけのことなのです。

企業研究とは、企業を信じる作業ではありません。企業が矛盾をどう処理する組織なのかを見る作業です。その矛盾を現場や中間管理職に押し付けるのか、それとも経営が自ら引き受けるのか。そこに、企業の本当の姿が現れます。

おわりに──「両立しない前提」から考え直すために。

資本主義とサステナブルマネジメントは、理念の上では共存しているように見えます。しかし構造をよく見れば、両者は常に緊張関係にあります。

資本主義はスピードと効率、成果の可視化を求める仕組みです。
一方でサステナブルマネジメントは、時間をかけること、立ち止まること、
そして「やらない」という選択を含みます。

この相反する性質を無視したまま、
「人を大事にしています」という言葉だけが先行するとき、現場では必ず歪みが生まれます。

それは誰かの努力不足でも、現場管理職の資質の問題でもありません。
構造上、無理が生じる設計のまま運用していること自体が問題なのです。

だからこそ、企業を一方的に糾弾することも、逆に理念を信じ切ることも、本質的な解決にはなりません。

必要なのは、
資本主義の中で、サステナブルが「いつ」「どこで」「どのように破綻するのか」その現実を直視することです。

企業研究とは、理想を読む作業ではありません。
矛盾が生じたとき、その企業が何を優先し、誰が責任を引き受けるのかを見る作業です。

この視点を持たない限り、
同じ言葉、同じ説明、同じ構図は何度でも繰り返されるでしょう。

こうした矛盾が実際の現場でどのように現れ、
どこに次の課題が生じるのかを、もう少し具体的に整理してみたいと思います。
▽こちらのページだと目次的に見えます。
https://note.com/glad_peony7803



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そもそも、資本主義とサステナブルマネジメントは相性が良くない。|白石 由紀
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