イスラエルとパレスチナ(ガザ地区)の国境から3Kmの地点にある村落のナハル・オズ。2年前の10月7日にハマスの一斉攻撃で最初に襲われた場所です。
100名を超えるハマスのテロリストが侵入し、数十人が殺害・拉致されました。
建物の外壁は破壊され、中は蜂の巣のような大量の銃痕が今も生々しく残っています。
村で実際に襲撃を受け、生き延びた方にお話を伺いました。
村に住む多くの子ども、女性、若者が殺され、イスラエル軍到着までは退役軍人などの村人が武器を持って応戦したそうです。
事件直後は双方の死体があちこちに散乱していたそうです。
今回のイスラエル滞在中に、ここ以外にも、300名以上が殺された音楽祭の会場、ガザ地区に最も近く武力攻撃で一時占領されたイスラエル軍基地を訪れ、生き延びた方々から当時の話を伺いました。
これらも含め、襲撃の当日には、ハマスによってイスラエル人1,200人余りが命を奪われました。
滞在中、イスラエルでお会いする方々からは、ハマスのテロ行為、そして、その根底にあるとされるナチスのホロコーストから続くユダヤ人に対する攻撃への恐怖と、その裏返しでもある激しい怒りと憎悪の念を感じます。
襲撃当日の映像をイスラエル国防軍から見せてもらいました。
多くの無辜の人々が次々に虐殺される様子が鮮明に映っており、正視に耐えない内容でした。
もしこれが日本や自分の家族だったらと思うと、やり返さずにはいられない気持ちになるのも無理はないと感じました。
一方で、イスラエル側だけでなく、今も続くガザの惨状にも思いを馳せずにはいられません。
その後のイスラエル軍の報復攻撃では、パレスチナ側の死傷者数は7万人を超えるとも言われています。
現在もガザ地区では約200万人の住民が、移動や物資流入を厳しく制限された状況下で、深刻な食料不足と人道危機に直面しています。
イスラエル側はパレスチナの死傷者数は誇張されたものであり、犠牲者の多くはハマスが民間人を隠れ蓑にする「人間の盾」が原因であると主張しています。
民間人を気にしなければイスラエル軍は2週間もあればハマスを撲滅できると言います。
民間人を巻き込まないために時間がかかっており、それが故のガザの人道危機であり、他に打ち手がない中で最小限の被害に留めているというのがイスラエル側の主張です。
数字の正確さは定かではありません。
しかし、7万人の死者というのは、7万回の殺人が起きたということを意味します。
当人、そして家族や大切な人たちは、7万回の耐え難い苦痛と悲しみを受けたということです。
私は政治家になる前、これまでも国連職員やJICA職員として、アフガンやスーダンなど、様々な紛争現場で働いてきました。
子どもを殺された親は人生をかけて復讐を考えます。親を殺された子も同じです。
ここでも暴力の連鎖は止まる兆しが見えません。
昨日はネタニヤフ首相とヘルツォグ大統領をはじめ、政府の要人にお会いしました。
政府の方針からも、人々の感情からも、残念ながら、現在の停戦協定が永続するとはとても思えません。
現場に立つと、あまりの痛ましさに、これ以上、犠牲者が出ないで欲しいという思いで胸がいっぱいになります。
保守だとか、リベラルだとか、そんなことは何の関係もありません。
私だけでなく、誰もが現場の事実を知れば、一人の人間として、同じ思いに駆られると思います。
どんなに難しくても、外交や国際協力で解決できるなら、粘り強く力の限りを尽くさなければなりません。
解決策のない問題の解決策を創り出していくことは、政治の背負っている重たい役割です。
今回のイスラエルへのミッションは本当に得難い経験をいくつもさせていただきました。関係者の皆様に心から感謝を申し上げます。
政治家を目指した時の初心を改めて思い出しました。
本当に微力ではありますが、この現実を正面から受け止め、これからも自分のできることをやり続けます。