#ありがとう前橋ウィッチーズ 最終回
これは人生をより良く生きるための教科書作品
栄子はユイナたちの”無責任な応援”によって深い孤立と痛みを抱えてしまった。
去年9月に1話を見た時に魔法の歌で応援かぁ、素晴らしいなぁ思ったのだが、全ての人がこの応援で奮起した上で必ず成功出来るわけでもないことを1年近くの時を経て、まるで我が身のように痛感することになった。
1話での”無責任な応援”を謝った上でそれでも彼女たちはなお、栄子と話し合い、悲痛な想いを聞いた上で、栄子が選び取る道を再び応援することを望んだ。
ユイナたちの想いを受け取った栄子は親と正面から対話し、受験を続行…自分の選んだ道、自分に納得し、自分が嫌いにならないよう再び憧れにチャレンジする道を行く。
栄子が選ぶ道はのちの彼女の人生でどうなるかはわからないけれども、自分がやりたいならやるべきだし、それでもやらない後悔よりやる後悔だと俺も思う。
そしてこの物語には一貫して言える大事なことがある。
それは対話だ。
空気を読むこと(ユイナが言い過ぎてるときはチョコちゃんが突っ込んでるけど)とか、察しろとかそういうことを抜きに、とにかくコミュニケーションを欠かさないこと。
それでも足りない、その時には魔法の歌を通して想いを伝える。
でも決して物事で魔法で解決することはしない。
変えるのは心の持ちようだけ。
それだけがこの物語にもたらされたファンタジーだった。
赤城ユイナは超がつくほどのポジティブで主人公然としているキャラだが、エスカレートしがちなコミュニケーションで数多くの失敗をしてきたことを悔いている。でもその自分を変えることをしない。それが自分だから。
しかしその失敗は新里アズのようなズバズバ言ってくれる人間がいればお互いに気付けることはあるはず。
言い過ぎはよくないんだけど、言わなきゃ気付けないこともある。
人はニュータイプじゃないんだから。
だから伝えたいことはちゃんと伝えるべきだし、悪口だとか、八つ当たりと思っても根気よく聞いてあげることも大事だと改めて思わされた。
勿論間違ったら、素直に謝ることも大事だ。
歳を重ねるとこれが段々と素直になれなくなっていくけど。
そうしたら人はもっと楽しく、仲良くなれるはずだから。
これぐらいの思慮深さがあればもっと世界は平和かもしれないけど、同じクールでガンダムをやってることがとても皮肉でもある。
サンライズはやっぱり武器商人だね。
誰かの幸せを讃えることで自分の幸せも輝く
これはアニメジャパンの前橋ウィッチーズトークショーでケロッペ役の杉田智和氏が仰っていたことだが(元ネタあるのかな?)、ケント・M・キースの言葉に通ずることでもある。
何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
誤解されることがあろうが、それでも善き行いをすることで自分自身が良くあれる、幸せに生きられると込められたこの言葉。
ところどころに出てくるユイナの説教じみた言葉は人からみたら”偽善”だとも取れる。
行き過ぎたその言葉は本人も省みるように、7話では「ねえ、ウチ偉そうだった?」ともケロッペに吐露している。
それでもユイナは自分の信じる善を、明るさ全開で人に煙たがられたとしても押し通して突き進んできた。
後悔する日もあったが、それを曲げなかった。
それが赤城ユイナなので。
おそらくその生き方はおじいちゃんから学んだものなのかもと一人で納得したりもした。
高校1年生が、ここまで深く人の本質を捉えられることも中々ない。
彼女のその正直な生き方が、救われる人がいて、前橋ウィッチーズの5人をかけがえのないものにしたのは言うまでもない。
一つ一つを積み重ねて永遠にしよ!
ドーナツのことをおまんじゅうって言い続けるから一瞬なんのこっちゃ?と思ったユイナの夢の中での台詞。
なりたいものとかって、結局おまんじゅう(ドーナツ)の穴と一緒なの!
おまんじゅうの穴って、穴自体はないでしょ?
(おまんじゅうに穴はないが???)
おまんじゅうありきで穴があるっていうか?
どんなことも毎日の積み重ねで積み重なっていくというか。
エモエモマックスな写真もそう!
エモエモマックスだけを目指しちゃ駄目で、多分ふと思い返した時にあの時がエモエモマックスだ〜ってわかるんだろうな〜って…
小さな偶然を集めて育てたら奇跡になったとか、一瞬一瞬を重ねて一生になったとか、どこかで聞いた話のような気もするけど…
普遍的ではあるが、とても大切なことをユイナらしい言葉で最終回締めてくれたと思う。
毎日の積み重ねが…ユイナの部屋には写真が輪になって飾られてて、きっとそれ自体が宝物なんだと、最後の挿入歌”ユメミ誇レ!ユメ咲キ踊レ!”にも映し出された。
彼女たちが輪の中心。
このアニメが始まった時、散々外野から舞台が前橋である必要あるか?という必要のない必然性を求められることも多かったが、最後に前橋じゃないと繋がらない話であることを映像で見せられ、静かに涙した。
赤城ユイナを演じられた春日さくらさん
この人を去年の9月に先行上映会で見た時、「なんてヒロイン然とした人なんだ」と感じたことをはっきりと覚えている。
何かのインタビューで本作品の監督を務められた山元監督も同じようなことを答えられており、それに感嘆し思わずリミスタ(オンラインサイン会)でそのメッセージを彼女に送ったことも。
人を見る目があるとは到底思っていないが(仕事の立場上そうでなくてはならないんだけど)、ラブライブ!でもバンドリでもセンターだったりボーカルを務める人には何かしらのはっきりしたオーラがあるなと常々思う。
※MyGO!!!!! 高松燈役 羊宮妃那さんの個人的な話
そこにいるからではなく、その人の纏う空気感がキャラをはっきりと主人公として彩ってくれる納得感、それを春日さくらさんにははっきりと感じたことが第一印象だった。推しは咲川ひなのさんなんだけども。
本作、メインキャストの5人は新人声優なので音響監督のディレクションはあれど、やはり最初の話数では演技の波のようなものはあるなと感じる。
しかし話数を重ねていくとキャラとシンクロするのか、一定のところ境にグワッとベテラン声優をも越えうるであろう説得力を持った演技になることに、安西先生のように椅子から立ち上がる思いであった。
これは毎週のように行われているリリイベにも感じる。
春日さくら:どうしてこの子はこんなにも周りからうざいって言われたりもするのに、何にも気にしないで笑っていられるんだろうって、私は最初全然理解できなくて。「私だったら気にするし、自分の嫌なところだから隠したいのに」と思っていましたし、最初のユイナってちょっと人間味がないように見えると言いますか。中々うまくシンクロできなくて。
上の引用は以前の記事にも書いたが、主人公故の抱え込んでいる仄暗いパーソナリティに触れた時、その演技が輝いたと俺個人は感じている。
7話のあの一言でとてつもなく涙が出た、あの説得力はそういうことだと思っているし、そこに到達できるだけの才覚を持っている人なんだなと去年の9月から感じ取れていたとここで言うのもおこがましいが、たまたまでもそうであったことを早くから気付けていたのはちょっとした嬉しさもある。
彼女が赤城ユイナを演じてくれたから、本当に良かった。
春日さくらさんは赤城ユイナの重要なピースの一つだった。
春日さくらのオタクは本当に誇っていい。
彼女は本当に主人公だから。
最後に
約束していたnote毎週更新もここまでとなりますが…
自分が人生で見てきた、学んできた大事なことを詰め込んでいて、それを生まれ育った前橋を舞台に描いてくれたこと…こんな稀有な体験は2度とないと思います。
本当に小さい頃からここで暮らしていたんです。
中央通りも銀座通りもオリオン通りも、遊び場でした。
人の善と負の部分どちらからも目を逸らさず、かつ前向きに描く丁寧で素敵な物語だったと思います。
なんとなく先行上映会に足を運び、1話を見たときにここまでの作品であるなんて想像も出来ませんでした。
新しい前橋に出会えたことも含めて、関わってくれた人全てに改めて強い感謝をここで伝えたいと思います。
本当にありがとうございました。


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