[さいごのかぎ]Townmemoryの研究ノート

創作物から得た着想を書き留めておくノートです。現在はTYPE-MOONを集中的に取り上げています。以前はうみねこのなく頃にを研究していました。

FGO:第二部終章エンディング読解(あれは何なの?)

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[FGO終章(第二部終章)ネタバレ注意]

 FGO第二部終章の直後に「ふせったー」で投稿した文章が、思いのほか好評だったので、こちらのブログにも転記しておきます。ついでにいくらか追記と増補もしておきます。

 ネタバレを気にする方は、この先を読まないようご注意下さい。


FGO:第二部終章エンディング読解(あれは何なの?)
 筆者-Townmemory 初稿-2025年12月28日
[第二部終章直後までの情報を元にしています]

 初出のURLがこちら。 

fusetter.com

 

 そして以下に示すのが本文です。

     ☆

初めてふせったー使う。エンディングの大半で映し出される映像はあれは英霊の座のビジュアル表現だという理解で、そこにマシュ・キリエライトが今回の大功労者として登録されましたという意味に見えました。で、
#FGO

 英霊の座っていうのは人類の歴史の記録、人類の記憶だという言い換えが可能だと思うので、FGOの旅の記録のすべては英霊の座に記憶され、英霊の座にいるマシュはその全ての記憶を持っている。
 通常、英霊は、死後になって座に登録されるはずですが、今回、時間の巻き戻りが発生しましたので、「マシュは現在生存している」と「マシュは英霊として座にいる」が両立するレアケースが起きた。

 英霊は、サーヴァントとして明確な形で召喚されることはなくとも、見えないかたちで人々にそっと助力をすることがある、みたいなことがどっかに書いてあった記憶があるのですが、そのような作用によって、座にいるマシュが今を生きる人類としてのマシュに助力し、なにがしかの啓示をそっと伝えたのだ……といったことがあってもいいなと思いました。

 全部の記憶を、フルサイズでマシュに強制ダウンロードしたら気が変になりそうなので、「ぐだちゃんという人物がいて、あなたはこの人に出会わねばならず、決して手を離してはならない」くらいの小さな導きでもいい。そのくらいの導きによって、二人はふたたび出会うことができた。ぐだはマシュのことをほとんど知らなくて、突然コンタクトしてきたこの人何だろうくらいに思っているが、マシュは「この人に会わないと私の人生は始まらないのです」と思ってスーツケース引っ張って会いに来た、くらいのイメージ。

 また、FGOの旅を見ていた座の英霊たちの総意として、「ぐだとマシュが今後二度と会うことがない、などということはあってはならん!」みたいなプレッシャーを人理くんにかけまくった、なんてことでもいい。そんな感じのことがあったと思うと、私の心は満ちます。ご静聴ありがとうございました。

     ☆


■英霊の座とマシュ・キリエライト

 言いたいことは上記につきるのですが、もう少しかみ砕いておきます。

 第二部終章のエンディングムービーは、まず、サーヴァント姿のマシュが、後ろ姿を見せながら振り返っているという絵で始まります。

 ついで、カメオのようなものが円形に連なって、ゆっくり回転しているというイメージが現れます。このカメオには、ここまで登場した英霊の姿が浮き彫りになっており、どうやら全サーヴァントが映像に映っているもようです。

 そして、カメオの連なりが歯車状になり、時計の内部構造のように噛み合いながら回転する、その全体像が映し出されます。その様子は胎蔵界曼荼羅を思わせるものです。

 その曼荼羅の中央の位置に、マシュが位置する……という状態が示されて、この曼荼羅パートは終わります。

 このパートを見た瞬間、ああこれは、英霊の座が目に見えるものだったとしたら、このようなビジュアルだろうなと思いました。

 胎蔵界曼荼羅に似ているのは、英霊の座が「アラヤ(霊長の抑止力)」に属するものだからでしょう。TYPE-MOON世界観におけるアラヤとは人類の集合的無意識で、その語源となったアラヤ識は人間の無意識領域を表す仏教用語。なので、アラヤをビジュアル化するなら仏教的表現がふさわしいという連想がはたらいたものと推定します。

 暗闇の中に、こちらを振り返りながら去って行くマシュ・キリエライトが描かれ、続いて英霊の座が描かれ、最後に、座の中央にマシュがいるという画面になる。
 そういう意味だと解釈できましたので、「マシュ・キリエライトは英霊の座に登録された」という理解となりました。

 英霊の座にいる英霊は、原則的に、自分の事績を全部覚えています。ですから、座のマシュ・キリエライトは、FGO第一部と第二部で行われた物語をすべて記憶している。
 英霊の座は、人類の集合的無意識の一部ですから、FGOの物語は人類の集合的無意識に刻み込まれた。今を生きる人類に意識されることはなくとも、その物語の全ては、人類が滅亡するまで保存され続ける。


■世界線の打ち切りは死と判定される

 英霊は、極めて少ない例外を除いて(いや、例外なくかな?)、死後になって初めて英霊の座に登録されます。

 マシュがFGOの第一部と第二部を完走した世界線は打ち切りとなり断絶しました。この世界線のマシュは、それ以後存在しなくなりました。

「存在しないという状態は、死と同じ」
 ということが、FGOの各所で示されています。

 例えば第一部第七章バビロニア。人理焼却が起こっても時間の外側で生きていて、今後もずっと生き続ける予定である(つまり生者である)マーリンが、死後にしかなれないサーヴァントとして出現してきたのはおかしい、という話がありました。だって、彼はまだ生きているのだから、英霊の座に登録されているはずがないというわけです。

 それについての説明はこうでした。まずマーリンは、死後、英霊となることが確定している。次に古代バビロニアは、マーリンが生まれる前の時代である。つまりこの時代において、マーリンは不存在である。不存在であることは死と同義である。
 これらをつなぎ合わせると、「古代バビロニアは、マーリンの死後の時代として判定される」
 死後、英霊となる者が、死後の時代にサーヴァントとして出現しても、まったくおかしくはない。そういうトリッキーなことが行われているとのことでした。

 

(マーリン)
この特異点は私が地球に発生する前の時代だ。
つまり、ここでは私の体は存在していない。
 
ない、という事は、その世界において
私は死んでいると仮定できる。
 
それを利用してサーヴァント化させてもらった。
強い召喚者によって呼ばれた、というのもあるがね

『Fate/Grand Order』第一部第七章 絶対魔獣戦線バビロニア 2節


(偽典ソロモンや妖精騎士たちをみるに、「サーヴァントは座から出張ってきているとは限らない」という話もあるので、マーリンの出所も座ではないかもしれないが、それはさておき)


 これと同様のことが、マシュに起こったと考えます。

 FGO第二部までの物語を完走したマシュは、世界線の打ち切りによって不存在となりました。
 不存在、ということは、死んでいると判定できるので、死後にしかなることのできない英霊になることができます。座に登録されることができます。


■世界の巻き戻し

 世界の巻き戻しについて、私の理解を簡単に述べておきます。
 ぐだとマシュが物語を完走したことにより、FGOの物語の世界線は打ち切りとなり、それ以後は存在しないことになりました。

 そのかわり、2004年を分岐点とする、別の世界線が枝分かれしました。エンディングムービー終盤の場面は、この「枝分かれした別の世界線」の話だと認識できます。
 マシュの誕生日は1999年7月30日なので、この巻き戻しによってマシュが生まれなくなるということはありません。
 1999年から2004年までの5年間は、FGOの物語とまったく同様に生誕、成長するが、その後はマリスビリーが死んで歴史の展開が変わるので、別の育ち方をすることになります。

 

・EDの後のマシュ
マシュはホムンクルスじゃなくてデザインベビー。
ひとりの人間として2004年より前に生まれているので、
2004年以降からの人生が変わった、という事。。
『FGO』では南極カルデア基地で調整されていたけど、
ED後の歴史では誕生後はアニムスフィア縁の土地で育ち、
地球の頭脳波長を計測する学生として育ちます。
いつもの心のどこかで、
「行ったことはないのに南極に思いを馳せる」
というマシュ本人も言語化できない特徴がありますが

『竹箒日記』2026/1/1 : あけましておめでとうございます2026(きのこ)


 この竹箒日記の記述からは、マシュの生誕地が南極なのか、そうでないのかがはっきりしません。が、ともあれ、物心つくころには彼女はすでに南極以外の場所にいて、地球の魂を観測する研究を学び始めているという感じです。
 マリスビリーが死亡しているので、セラフィックスで128人のマスター適性者を人身御供にするようなことはなく、もっと穏当に、地球と対話できたらいいのにねという方向性の研究だと思います。オルガマリーが後ろ盾になっているのかな。

 巻き戻しに付随して想定される「あれはどうなったんだ」という事項がいろいろありますが、ここでは取り上げません。

 重要なのは、「マシュが英霊の座にいる」と「マシュが今を生きる人類として生存している」が両立する、きわめて稀なケースが発生したという点です。


■英霊からの助力

 エンディングムービーの結びで、東京駅にてぐだとマシュが出会う(再会とは言えないかな)場面が描かれます。2004年から枝分かれした新たな世界線の、2016年か2017年だと推定できます。

 そしてこの世界線には、「今を生きる人類としてのマシュ」がいて、「英霊として座にいるマシュ」がいます。

 2004年から枝分かれした(この)世界線は、FGO本編の物語と平行に走っている隣の線路なのですが、「FGOの世界線が2017年に打ち切りにならないかぎり発生しない」世界線なので、概念的には「FGO本編の未来の世界」でもあるといえます。

 なので、座にいるマシュ視点では、「自分が死んだ後の世界に、生きている自分がいる」という不思議な状況になっています。

 そして、英霊は、サーヴァントとして明確な形で召喚されずとも、見えないかたちで人々にそっと助力をすることがある、ということが語られています。

 

(三蔵)
サーヴァントシステムっていうのもそう。
本来、英霊っていうのはこんなふうには現れない。
 
現世の人間が英霊を召喚した場合、
それは“その英霊にちなんだ現象”を借りるだけ。
 
あたしだったら“三蔵召喚! 頭が良くなった!”
みたいなね。

『Fate/Grand Order』第一部第六章 神聖円卓領域キャメロット 11節


 英霊というのは、本来サーヴァントとして召喚されるものではなく、現世の人間に、そっと助力を与えるものである。
 例えば、人類にとって重要な発見をする可能性がある人物に、ちょっとしたヒントを与えるとかです。ニュートンは万有引力を発見するときに、英霊アルキメデスからちょっとした啓示を受けたかもしれない。そしてアインシュタインは、英霊ニュートンから助力を受けたかもしれない。

 そういうことがあるのだとしたら、英霊マシュが、現世の人間であるマシュに、助力として、ちょっとした啓示を与えてもいいのかな、というのが私の想像です。

 英霊マシュが、現世のマシュに啓示を与えるとしたら、その内容はこうであるべきです。
「あなたは藤丸立香に会うべきだ」

 なぜなら英霊マシュは、藤丸立香に会うことで、人生が始まったからです。

 この啓示は、言語的なものとはかぎらない。断片的なイメージや、ふとした雰囲気程度のものかもしれない。

 そんな啓示を受けた今を生きる人類のマシュ。藤丸立香なんて人物の存在を初めて知った。でも、いるかどうかもわからないその人のことを思うと、なつかしくて泣きそうになる。どうしてだろう。

 ともかく、マシュは藤丸立香の実在を確認するところから始める。ネットで調べて見つけ出せるとは思えないので、オルガマリー経由で時計塔、時計塔から国連へ、といった照会が行われたかもですね。

 実在が確認できたところで、例えばマシュはメールを送る。「突然ですが私はマシュ・キリエライトです。飛行機でそちらに向かいますので、会っていただけないでしょうか。説明はうまくできないのですが」

 突然そんなコンタクトを受けた藤丸立香。「はて?」とか「なんだなんだ?」とかいった想念がひとしきり脳内をぐるぐるする。メールをやりとりしてみると、悪い人ではなさそうだ。ということで東京駅で待ち合わせ。

 藤丸立香は東京駅に向かうあいだも、「いきなり知らん人からメール来たけど何だろうこれは」くらいに首をかしげている。
 一方でマシュはスーツケースを引っ張りながら、
「理由は自分でもわからないのですが、この人に会わないと、私の人生は始まらないのです」

 と、そんなことがあったのだ……という物語が、FGOのエンディングを見て、私の頭の中にブワーと展開されました。


■英霊たちの総意

 でも、英霊一個人が、自分の私欲によって、現世に干渉してもいいのか? という疑問もあります。

 英霊は、聖杯に願ってでも叶えたい願いを往々にして抱えている人々なので(人間なのであたりまえですね)、現世への干渉がほいほい許されるのなら、ほいほい干渉して現世を好みの状況へ導き、収拾がつかなくなりかねない。原則そういうことはできないというルールがありそうだ。

 でも、
「藤丸立香とマシュ・キリエライトが今後二度と会うことがない、などということは決してあってはならない」
 という意思を、座にある有力な英霊たちが一斉に示したら話は別かもしれない。

(なにしろ、「ルーラー霊基で再召喚されることを人理くんに強要したメリュジーヌ」の例もあることですし……)

 エンディングムービーの曼荼羅シーンは、その合意を示すものかもしれない。竹箒日記によれば、あのエンディングには、これまでFGOに出てきた全てのサーヴァントがいた模様です。
 逆に言うと、英霊の座には、あれ以外にもあまたの英霊がいるはずですが、それらは一切出てこない。それはなぜか。「藤丸立香とマシュ・キリエライトを再び会わせる」という意思に合意した者たちが、現世に向かって力を放つ、まさにその場面があの曼荼羅だからだ、あの映像は、FGOの事件を体験したすべての英霊が、ささやかな現実干渉のために、心をひとつにした瞬間だからだ……。

 なんてことを思ったら、私の心は満ちました。元のポストについて、X(旧Twitter)でいいね、リポストを下さった方にお礼申し上げます。

 


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