「PANIC」そして「yes/no」
小川絵美子 2025年9月3日から7日までの5日間にわたり、2025年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルが開催されます。昨年のテーマは「HOPE」でしたが、今年は一転して「PANIC yes/no」という言葉を掲げています。エネルギー価格の高騰、戦争、気候危機、テクノロジーの急速な進展......。それらを踏まえた社会の空気感を「PANIC」という言葉に反映しました。また「yes」か「no」かを観客に委ねることで、受け身の鑑賞者ではなく、当事者としてフェスティバルに引き込もうという、そんな意図もあります。
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プリ・アルスエレクトロニカは、大きく3つのカテゴリー、そしてu19(19歳以下)のカテゴリーを設けています。毎年変わりますが、今年は「New Animation Art」カテゴリーと、2年ごとに開催している「Digital Musics & Sound Art」カテゴリー、そして「Artificial Life & Intelligence」カテゴリーです。
このほかに、欧州委員会がサポートする「S+T+ARTS Prize」があり、特に産業や社会のイノベーションを触発するアートを表彰しています。わたしたちはそれらを「政治家に見せるアート」と呼んでいるんです。例えば、これから法律をつくるような人たちにもぜひ知ってもらいたいような最先端テクノロジーについて、その優れた面も危険な面も、アーティストならではの提示の仕方で伝えているような作品が選ばれています。
そして最後に、こちらも欧州委員会がサポートする「European Union Prize for Citizen Science」があります。これは市民科学や市民参加を促す取り組みを支援する賞で、賞金総額が100,000ユーロ(約1,700万円)とずば抜けて高く設定されているんです。欧州委員会がどれだけ市民科学や市民参加に本気で取り組もうとしているか、底力を感じますよね。
まず、今年の受賞作から見えてくる傾向を端的に言えば、「巨大な歴史やシステムを、ローカルレベルからもう一度つかみ直そうとしている」だと思います。量子や人工知能(AI)、戦争といった大きなトピックに目を向けつつ、作品の核に丁寧な歴史のひもときがあるんです。そして、人類の未来やテクノロジーのあり方を再定義するような象徴として、ロボットが度々登場します。
この部門のゴールデン・ニカ(最優秀賞)は「Requiem for an Exit」です。高さ約4mという巨大な顔のロボットが、プロジェクションで表情を変えながら、10分間にわたってモノローグを語ります。古代カルタゴからホロコーストまで、人類史に刻まれた残虐の系譜を「わたしたち(Our/Us)」という一人称で鑑賞者に突きつけてくるんですよ。
音声はAIが生成したもので、まるでエイリアンのような異質な存在が発する「わたしたち」という言葉に独特の怖さを覚えます。人間の歴史を映し出す媒介者としてのロボットが、改めて「人類(わたしたち)をどう位置づけるのか」を深く問いかけてくる作品です。
本部門のゴールデン・ニカは「Guanaquerx」です。竹で組まれたラマ型の探査ローバーが、伝統織物の旗を掲げ、数十人のアーティスト、科学者、地元の住民、そしてロバたちと共にアンデスを横断する長期プロジェクトになります。映像も美しく、必見です。19世紀の独立戦争における「アンデス山脈越え」という史実を参照しながら、テクノロジー(ロボット/AI)を搾取の道具ではなく、惑星規模で「共に戦う同士」として再定義しているんです。
SF作家アイザック・アシモフによる「ロボット三原則」は、人間とロボットの主従関係を前提にしていますよね。しかし本作では、ロボットが惑星のために働く「プルリバーサル(多元的)」な三原則を掲げ、最先端の科学者や地元の工芸者たちとコラボレーションを重ねながら愛されるロボットをつくり、旅をしていく。こうした協働・市民参加が、土着性と先端テクノロジーの交わるところで同時多発的に起きていくことこそが「プルリバーサル」なのだろうと思います。
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それから、個人的に推したい1作として、この部門のAward of Distinction(優秀賞)を受賞した「XXX Machina」があります。
アーティスト自身の画像をもとに、AIが無限にポルノ映像を生成していく作品です。人類の欲望のゆくえと、意図せず生成されるデジタルツインとどう向き合うのかを問う内容です。人類にとって受けとめがたい現実を提示するとともに、それを受けとめるレジリエンスを呼び起こしているように感じます。
そして、Digital Musics & Sound Art部門のゴールデン・ニカは「Organism: Excitable Chaos」です。カナダのモントリオールで解体寸前だった100年前のパイプオルガンを解体し、各パイプにロボティックセンサーと空気が入る機構を取り付けています。そこにはカオスを象徴する「3連振り子」が設置されていて、コンピューター制御でありながら、動きは予測不能というインスタレーション/パフォーマンスになっています。
もともとパイプオルガンは、教会という「権威の象徴」で、決められた音を出す楽器です。そこでアーティストは、それぞれのパイプを風圧に繊細に反応するように再構築し、その風圧の制御を、3連振り子というカオスに明け渡したのです。作曲したアーティスト自身も音を予測できないエキサイティングなカオス──それを受け入れるという体験を、観客にもたらしています。
「予測できないこと」を扱う作品はほかにもあります。S+T+ARTS PrizeのGrand Prize(最優秀賞)には、Innovative Collaborationという枠組みがあるのですが、そこで量子をテーマとしたアート財団のプロジェクト「Sensing Quantum」が受賞しました。
この財団は、量子物理学の研究者とアーティストをインキュベートしながら、目に見えないもの、非直感的で予測できないものを、いかに作品や体験へと落とし込めるかに挑んでいます。作品づくりにとどまらず、市民とのディスカッションの場を設けたり、全年齢向けのワークショップを実施したり、そうした地道で継続的なアプローチが高く評価されました。
そしてもう1つのGrand Prize、Artistic Exprolationという枠組みでは、「AI War Cloud Database」という作品が受賞しています。残念ながらいまも戦争は起きていて、そこにAIも使われています。この作品は、そうした軍事利用されるAIシステムが、いかにわたしたちの日常生活につながっているのかを、マッピングで示しているのです。
例えばお掃除ロボットの肝はマッピング技術ですが、その企業が軍事ロボットも製造しており、同技術が戦場で使われるケースもあるわけです。ロボット掃除機を使うことで、知らないうちに戦場のロボットを賢くすることに手を貸しているのかもしれない──。公になっているデータから、そうした事実を丁寧に整理し、作品として可視化しています。
でもあくまで、アーティストは「可視化しているだけ」です。判断はわたしたちに委ねられています。作品を通して状況を知ったうえで、未来をどう選び取っていくのか。これは法律や政策を決定する人々に限らず、わたしたち一人ひとりに求められる態度なのだと思います。
ユースのカテゴリーのゴールデン・ニカは「ヤギの視点から見たヤギチーズづくり」という作品です。ブレインロット(オンラインコンテンツを過剰に消費することで脳が“腐る”ような感覚)させるような現代のメディア環境への反抗を、アイロニカルかつ美的に表現した14分の映像になっています。
日本の大学で講義をした際に、本映像を学生たちに見せたことがあるのですが、もちろん賛否両論あるなかで、「わかる」と共感する声が多くありました。若い世代ならではの鋭い主張と、テクノロジーに対する強烈な批判精神を感じます。
こうした若い世代も含め、未来に対してわたしたちが果たすべき責任、そしてそのためにできるアクションは何かと考えたときに、やっぱり市民参加だと思うんですよね。
今回、市民参加を評価する賞でGrand Prizeを受賞したのは「HEROINES: Heritage of Emancipation」です。差別に晒されてきたロマの女性たちがネットワークを築き、連帯とエンパワーメントを育む取り組みです。こうした「地域の未来をわたしたちがつくる」という態度、ボトムアップの市民参加こそが、責任ある行動を起こすための基盤であることを示しています。
例えば政治家が「地域に根ざしたプロジェクトを増やすべきだ!」と訴えるとき、トップダウンで始めるのではなく、すでに草の根で活動している実践者をどう支えるか、というヒントを与えてくれるプロジェクトだと思います。
わからないことを受け入れる
あらゆる事象が複雑に絡み合うなかで、いま、「わからないことを積極的に受け入れる」という姿勢が必要だと教えてくれる示唆深いプロジェクトがいくつもあり、その多くが何年もかけて練り上げられてきたものだったので、大きなパッションとパワーを感じました。
世界がいまどっちを見ていて、何を必要としているのか......。ぜひアルス・エレクトロニカ・フェスティバル2025でそれを体感してほしいと思いますし、何より現地に集うアーティストたちと積極的に議論を深めていただきたいと思います。
(Edit by Erina Anscomb)
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