声なき抵抗の力――チェコスロバキアのろうそくデモが語りかけるもの
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こんにちわこんばんわ。
全ての増税に反対し、全ての減税に賛成する自由人、七篠ひとり(ななしのひとり)です。
今日はこちらの画像から。
こちらは、1988年にチェコスロバキア(現在のスロバキア)のブラチスラバで起こった「ろうそくデモ」の記念碑です。
1988年3月25日、当時のチェコスロバキア社会主義共和国で、ひとつの奇妙な集会が行われました。
人々はプラカードも掲げず、スローガンも叫ばず、ただろうそくを手に、沈黙したまま広場に立ち続けました。
これが、後に「ろうそくデモ」と呼ばれる出来事です。
この行動は、共産党による一党支配体制のもとで行われた、数千人規模の平和的抗議でした。
要求内容は決して過激なものではなく、信教の自由の尊重と、基本的人権の保障という、ごく当たり前のものでした。
しかし当時の体制下では、それすらも許されなかったのです。
■自由が管理される社会
当時のチェコスロバキアは共産主義政権下にあり、言論や集会の自由は厳しく制限されていました。
宗教活動も例外ではなく、国家の厳格な管理下に置かれていました。
特にカトリック教会は強い統制を受け、聖職者の任命や活動内容にまで政府が介入していました。
信仰は個人の内面の問題ではなく、「管理されるべき対象」とされていたのです。
そのため、「信教の自由を求める」という行為は、単なる信仰上の主張ではありませんでした。
独裁政権の側から見れば、それは明確な「反政府運動」と受け取られていたのです。
■なぜ独裁国家は宗教を弾圧するのか
独裁国家、特に共産党体制が宗教を警戒し、弾圧する理由は明確です。
共産党体制では、党が国家の頂点に立ち、「何が正しいか」「何が善か」を最終的に決定する存在でなければなりません。
しかし宗教は、国家とは別の価値基準を人々に与えます。
神、良心、信仰といった概念は、「国家の命令よりも上位の判断基準が存在する」という発想を人々に与えるからです。
これは、権威を一元化しようとする独裁体制にとって、構造的に受け入れられないものです。
さらに宗教は、国家を介さずに人々を結びつける組織力を持っています。
日常的な集会、国境を越えるネットワーク、精神的な結束。
独裁政権が恐れるのは、まさにこうした「党のコントロール外で人々が組織されること」でした。
■沈黙による抵抗
ろうそくデモは、こうした状況に対する市民の静かな抵抗でした。
事前に当局は集会を禁止していましたが、それでも人々は広場に集まりました。
暴力を使わず、言葉も発さず、ただ立ち続けるという形で。
ろうそくは武器ではありません。
スローガンでもありません。
誰が見ても、「危険」とは言いがたい存在です。
それでも当局は、この沈黙を脅威として認識しました。
■国家の過剰反応
警察は放水車を投入し、参加者を強制的に排除しました。
また、多くの人が拘束されました。
しかしこの対応は、結果として社会の流れを変えることになります。
ろうそくを手に黙って立つ市民を、国家権力が暴力で排除する光景が、国内外に報じられたからです。
この弾圧は国際的な注目を集め、共産党政権の正当性を大きく傷つけました。
それは、人々の沈黙とろうそくの光が、体制の異常さを世界に向けて語った瞬間でした。
■恐怖は共有されれば弱まる
ろうそくデモは、単発の抗議行動で終わりませんでした。
この日、人々はある重要な事実に気づいてしまったのです。
「声を上げなくても、武器を持たなくても、政府への抗議はできる」
翌1989年、チェコスロバキアでは大規模な市民運動が広がり、流血を伴わない形で共産党政権が崩壊しました。
これが、いわゆる「ビロード革命」です。
人々が手にしたろうそくで静かに政府と向き合ったこの「ろうそくデモ」は、多くの研究や回顧録において、この革命の先駆けとなった重要な出来事と位置づけられています。
■言葉を奪われた社会の、もうひとつの言論
ろうそくデモが今なお語られる理由は、それが単なる歴史的事件ではなく、言葉を奪われた社会が生み出した「もうひとつの言論の形」だったからです。
語らず、暴れず、叫ばず、それでも意思は伝わる。
ろうそくの火は、小さな存在です。
ひとつひとつは、簡単に消えてしまう弱いものでもあります。
しかし、その火が多く集まれば、暗い社会を照らす光になります。
当時のチェコスロバキアでは、実際にその光が共産党政権を倒しました。
■現代の「ろうそくの火」
SNSでの「いいね」や「リポスト」も、現代におけるろうそくの火だと言えるでしょう。
ネット上で批判が集中することを「炎上」と呼ぶのも、それが「火」に例えられているからなのだと思います。
私たちはスマホひとつで、意思を示すことができます。
それは小さく、取るに足らない行為に見えるかもしれません。
しかし、意思表示は常に政治的な意味を持ちます。
反対の意思を示し、賛同し、共有すること。
それら一つひとつが積み重なったとき、社会は確実に動きます。
私たちにはその力があるのですから、今年もみなさんと一緒に、増税に反対していければと思います。
ということで、今日はここまで。
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