AIなら3秒で作れる「絶景」を撮るために、私がわざわざ重いカメラを持って出かける理由。
2025年になって、画像生成AIの進化は本当に止まりません。
「夕暮れの海辺、センチメンタルな雰囲気で、フィルムカメラ風に」
そうAIに指示を出せば、ほんの数秒で、息を呑むような美しい画像が出来上がります。
構図も完璧、光の加減も絶妙。正直、私の腕前なんかよりずっと上手いです。
普段、このnoteで「AIで仕事を効率化しよう!」「無駄な作業は全部丸投げしよう!」と書いている私なら、写真もAIに任せればいいはずですよね。
重い機材を担いで、歩き回って、結局いい写真が撮れずに帰ってくるなんて、非効率の極みですから。
でも、私は週末になると、やっぱりカメラを持って出かけます。
今日は、そんな「あえて非効率を選ぶ理由」について書いてみます。
「綺麗な画像」と「記憶の栞」は違う
AIが作る画像は、間違いなく「正解」です。
ノイズもないし、誰もが美しいと感じる黄金比で作られています。
でも、それはあくまで「データ」なんですよね。
私がカメラで撮りたいのは、ただの綺麗な景色ではありません。
ファインダーを覗いた瞬間の、あの「空気」です。
• シャッターを切るまでの、指先のかじかむような寒さ。
• なかなか雲が晴れなくて待っていた時の、缶コーヒーの温かさ。
• 「あ、今だ」と思ってシャッターを切った時の、心地よい機械音。
あとで見返した時に、写真そのものの美しさよりも、「その時、自分がどう感じていたか」が蘇ってくる。
私にとって写真は、綺麗な画を残すためではなく、「自分の人生の時間の栞(しおり)」を残すために撮っているのだと思います。
こればかりは、どんなに優秀なAIエージェントでも代行できません。
私の人生を体験できるのは、私だけだからです。
AIは「隙間」を作るために使う
私は、仕事や面倒な作業にはAIをフル活用します。
それは、「こういう時間を確保するため」です。
事務作業や調べ物は、AIに秒速で終わらせてもらう。
そうして生まれた「隙間時間」で、ゆっくりとカメラの手入れをしたり、あてもなく散歩に出かけたりする。
「どうでもいいこと」はAIに任せて、「どうでもよくないこと」に時間を費やす。
これが、私がAIを追っかけている本当の目的であり、2025年の最も贅沢な遊び方なんじゃないかな、と思っています。
最後に
もしこれを読んでいるあなたにも、カメラや手芸、楽器など、「AIで代わりがきくけど、辞められない趣味」があったら、ぜひ大切にしてください。
AIが賢くなればなるほど、私たちが汗をかいたり、悩んだりして生み出した「非効率なもの」の価値は、きっと上がっていくはずですから。
さ、明日はどこに撮りに行こうかな。
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